第16話 強面先輩の密事に遭遇して修羅場
聞かれて、俺は一気に怖くなった。
今までのおちゃらけた雰囲気はどこへやら、深刻な空気感になる。
夢衣は胡坐をかきながら話した。
「なんか最近センパイが冷たくってさ。で、しかもお姉ちゃんとも全然話してないの。だから聞いたら、お前に関係ないだろってキレらたんだけど。ふつーにありえなくない?」
「そ、それで俺はそこに何か関係が?」
「うん。その時にあんたの事を聞かれたから」
「……なんと?」
嫌な予感しかしない。
学校では何の接触もなかったが、やはりまだ目を付けられていたのだ。
ビビり上がりながら聞くと、夢衣は微妙な表情を浮かべる。
「『最近アイツは綺季と仲良いのか?』ってさ。だから私はありのまま、最近は口すら効いてないみたいですけどって答えたんだけど」
「それで先輩は?」
「舌打ちしてどっか行ったよ。……あそこまでキレてるの初めて見たけど、大丈夫なん?」
「あばばばばばばば」
俺と綺季の関係性チェックからの舌打ち。
意味はよくわからないが、間違いなく土曜の件を根に持たれているのは確定した。
そして、あの先輩が黙って見逃してくれるとは思えない。
近いうちに接触してくると考えるのが妥当だろう。
終わった……。
いやいやしかし、物は考えようだ。
あの時の行動を後悔するのは違うからな。
俺が止めなかったら、あのままどうなっていたかわからない。
少なくとも、新藤先輩から綺季の事は守れたのだ。
じゃあもう、それでいいじゃないか。
後のことは諦めるしかない。
項垂れて絶望する俺。
そして不服そうに声を漏らす夢衣。
「ていうか、酷くない? お姉ちゃんが脈なしなのは元からわかってた癖に、ちょっと仲悪くなったからって私に当たるのヤバいっしょ」
「……」
「で、なんかあったの? あの人がわざわざあんたの事聞いてくるとか初めてで違和感しかないんだけど」
聞かれても困ったものだ。
土曜の件は痴情の縺れみたいなものだし、あまり話したくない。
だがしかし、夢衣に話せば少しは状況が改善する可能性もある。
綺季はだんまりだし、新藤先輩とは絡みたくもない。
ここは夢衣に話しておくのも手だろうか……と一瞬思った。
と、そんな時だった。
屋上の扉が開き、二人の生徒が入ってきた。
物陰からこっそり確認し、俺と夢衣は息をのむ。
その生徒は丁度今話していた新藤先輩その人と、知らない女子生徒だった。
新藤先輩は女子と駄弁りながら入ってきた。
なんだか仲良さそうにしているし、関係性もそれなりにあるように思える。
相手は知らない女子ではあるが、恐らく三年の陽キャ。
綺季とまでは言わないが、見た目もそこそこ可愛くて関わりづらそうな特有の雰囲気もある。
「……これ、ヤバいかも」
「……え?」
急に言い出した夢衣に小声で聞くと、彼女は冷や汗を流しながら笑った。
「……あの二人、今からヤるかも」
「……う、嘘だろ? だって新藤先輩は綺季の事が」
「……いやいや、本命居てもヤる人はヤるでしょ。しかも今は仲が微妙っぽいし」
「……」
言われて、超複雑な気分になった。
童貞の俺にそんな感覚はわからないが、もやっとする。
綺季の事が好きなら、筋を通して欲しかった。
こういう思考そのものが陰キャ特有なのかもしれないが、どうしても相手が幼馴染だと思ってしまう。
好きなら、その女に操を立てて欲しいじゃないか。
しかし危惧した通り、すぐにお互いの体をまさぐり始めたので目を逸らした。
彼らに背を向け、息を潜める俺達。
気づけば6限開始のチャイムも鳴り、色んな意味で最悪だ。
……っていうか、綺季はどうなんだろう。
こんな風に他の男と普段からエロいことをしているのだろうか。
彼女の性格的に正直想像はつかないが、属しているコミュニティーを考えるとヤッていてもおかしくない。
なんて考えながら隣を見ると、おかしなものが目に入った。
「……なんで顔赤いの?」
聞くと、夢衣はビクッと反応しながら慌てる。
「……は? はぁ? 赤くないし」
「……お前も案外うぶなんだな」
「……だから違うって言ってんじゃん。あんただって顔赤い癖に」
「……俺は童貞ですから。ピュアだもの」
「……興奮してるの否定しないのきっしょ」
言われてばつが悪くなり、黙った。
しかし沈黙の中も、ずっと押し殺したような喘ぎ声が聞こえてきて気まずい。
はぁ、なんで俺がこんな目に遭わなきゃならんのだ。
顔を出せば二つの意味で問題が生じる。
一つ目は情事を覗いていたことがバレる事。
そしてもう一つは、今あの人と顔を合わせたら、いよいよボコられるだろうという事。
フードコートで突き飛ばせたのは、あくまで不意打ちだったからだ。
警戒された状態から喧嘩したら100%負ける。
体格差も踏まえると死んでもおかしくない。
と、こんな時に夢衣は袋をごそごそ弄り始めた。
「……お、おい。音を立てるな」
「……向こうはお盛んだしバレないって。ってことで、せっかくだし私達もヤる?」
「……お前、正気か?」
言わずもがな、性交渉の誘いだろう。
雰囲気的に普段以上にマジ感が出ており、俺も脳が正常に動かなくなってくる。
正直、目の前で誰かのそういう場面に出くわすのも初めてで、俺は今かなりドキドキしているのだ。
そこに可愛い幼馴染から迫られては流石にキツい。
あぁ、どうしてこうなった。
昔の夢衣はあどけなくて可愛かったじゃないか。
確かに俺をおもちゃ扱いしてたのは変わらないが、それでも優しくて笑顔が眩い女の子だったはずだ。
いつからこんなセンシティブの塊になったのだろう。
何がこいつら姉妹をギャルにさせたのだろう。
わからない。
「……お姉ちゃんとは、もうした?」
「……してねえし、する予定もない」
「……じゃあ私が最初だね」
今日は、逃れられないと悟った。
無理やり抗おうとすれば音が出るし、本能的にも受け入れムードに入っている。
ダメだ。
ついに俺も大人になる日が来たのだ。
下着を脱ぎ、俺の上に乗ろうとする夢衣。
普段の余裕が失せ、真っ赤な顔で俯いているのにギャップを感じる。
前々から思っていたが、なんだかんだで行為寸前になると若干躊躇しているように見える夢衣。
そんな一面に胸が高鳴るのが、我ながら嫌だ。
しかし、ついに彼女が俺の上に跨って……。
――というゴール目前で。
さらに屋上の扉が開いた。
バアンとデカい音が鳴り響き、流石にそれどころではなくなる。
慌てて物陰から視線を向ける俺と、焦って俺に抱きついてくる黒髪ギャル。
と、二人で視認した新たな登場人物は、これまた意外な女だった。
「……は? 何やってんの?」
そこには、目をぱちくりさせながら目の前の情事に驚愕する金髪ギャルがいた。
新藤先輩は、女子と密着したまま背中越しにその姿を確認し、目を見開く。
修羅場は、さらに混沌を極めた。




