第15話 素行の悪い幼馴染を持つと生活の質が下がる
あれから数日が経過した。
週末金曜、俺は5限の古典をテキトーに流しながら考える。
結局、新藤先輩とは会いもしないまま生活できている。
土曜はひと悶着あったし、学校に着くなり早々リンチされるところまでは警戒していたのだが、どうやら杞憂だったようだ。
いや、逆に静か過ぎて怖いレベル。
あのプライドの塊の新藤先輩が、舐めてる後輩に体当たりかまされてそのまま放置だなんて、正直不気味である。
裏でどんな話が行われているのか怖くて夜しか眠れない。
流石にこのままだと落ち着かないので綺季にそれとなく聞こうとした。
しかしそう簡単にはいかないのがあの金髪ギャルだ。
ラインは全て既読無視。
学校で近づこうものなら全力で逃げられるか、睨みつけられて牽制される。
あの日言っていた『学校でしばらく話しかけるな』は本気だったらしい。
これが綺季のフォローなら助かるな、なんて都合の良い妄想をしてみる。
新藤先輩が落ち着くまでは刺激になるから自分に話しかけてくるな、という意味合いなのかもしれない。
綺季が新藤先輩の機嫌取りをしてくれている可能性もあるのだ。
まぁ、あれ以降学校で二人が一緒に居るところなんかみたことないが。
あとシンプルに心配だ。
俺と違って綺季は新藤先輩と顔を合わせなければいけないし、何かされていないだろうか。
俺のせいで関係が悪化したら、それこそ目も当てられない。
はぁ、新藤先輩は今頃何してるんだろうなぁ。
恋した先輩に憧れる無垢な少女みたいな事を考えつつ、俺は鼻をほじった。
◇
授業終わり、トイレに行こうとすると暗闇の方から手が伸びてきた。
物凄い勢いで腕を掴まれ、俺は壁の裏に引っ張り出される。
勢い余って転がる俺君。
そんな俺の視界に映るのは、紺色の下着だった。
カーテンみたいなスカートに守られた神聖な一部を、ピンポイントで拝む神ポジション。
転んで滑ったあまり、人間カーリングみたいになった。
「感想は?」
「今日は随分シンプルなパンツだな」
「これは見られてもいい奴。この前のはあんたの家に行く用の勝負下着」
「……お前、いっつもうちに来る時だけあんなの履いてんの?」
「そりゃ私だって愛でられたいし?」
「よく言うよ」
立ち上がると、黒髪ギャルがへらへら笑いながら立っていた。
身長は俺より高いため、見下ろされているのは変わらない。
「で、いきなりパンツ見せてきて何の用だ痴女」
「ちょっと面貸せ~」
「……6限に間に合わなくなるじゃん」
「は? サボれよ」
「……」
カスな先輩を持つとQOLが下がる。
いつかまたこの事を綾原ママにチクってやろうと思いつつ、俺は誘われるまま階段を上がった。
スカートが短いせいで、後ろを少し離れて歩くと下着が見えそうだ。
これで処女って詐欺だろホント。
騙されて声をかける男がいても仕方ないと思う。
なんなら不憫だ。
「どこ行くんだよ」
「屋上。良い昼寝スポットがあるの」
「は? お前根っからのショートスリーパーだろ? 昼寝なんていらないじゃん」
「懐かしいね。保育園時代の異名は”無眠のむーちゃん”。昼寝してくれなくて保育園の先生がよく泣いてたのを思い出すよ」
「それは知らんけど」
「でもま、おもんない授業中に起きてて、そのせいで楽しいこといっぱいな夜中に寝なきゃいけなくなるのって効率悪いじゃん」
「授業シカトして成績落とす方が人生効率下がるのでは?」
「馬鹿なん? メンタルが及ぼす集中力の差を考えなよ。つまんないことに時間割くストレスの方が圧倒的に多いし、非効率だよ」
おお、それっぽい言葉が返ってきた。
全部授業を受けたくないだけの言い訳だろうが、よくもまぁすらすらと御託を並べられるものだ。
あと、意外に弁が立つな。
この姉妹は性格こそ終わっているが、頭自体はそこまで悪くないのかもしれない。
……ここが大して成績の高くない田舎の普通科という事はさて置き。
そんなこんなで話しながら屋上に入った。
勿論侵入禁止だが、誰も守っちゃいない。
基本誰かが問題を起こすわけでもないし、こんな面倒なギャルとかいう生物に注意するコストの方が惜しいのだろう。
教員陣を不憫に思いながら、俺は夢衣のお昼寝スポットとやらに連れられた。
「どう? ここだったら物陰になってて先生が入ってきてもバレないっしょ」
「先生が来ることあんの?」
「あるよ? 吉前先生と田中原先生がヤッてるの見たことあるし」
「……ここで?」
「学生時代真面目だった人ほど大人になると憧れるんだよ、学校内でのお忍びセックス」
想像して妙に興奮してきた。
その二人、みんなから付き合ってると噂されてたもんな。
しかも若い美男美女の先生達だ。
……俺も見てみたかった。
って、違う!
「で、お前はなんでこんなとこに俺を連れ出したんだよ」
人の授業を奪っておいて昼寝場所紹介だけなんて馬鹿げている。
そう思って聞いたのだが、彼女は不敵に笑った。
そして、何やら持ってきていた紙袋を漁り始める。
出てきたのは、革製のベルトみたいなものだった。
「……何それ? 首に着けるチョーカーってやつ?」
「半分正解」
「首に着けないチョーカーか」
「ぎゃ~く~。首に着けるって方が正しいの」
言いながらそのブツを手渡してくる夢衣。
俺は首を傾げながら乾いた笑いを漏らした。
「は、はは。でもなんか、取っ手みたいなのがついてるんだけど」
「リードだよ?」
「……これをどうするの?」
「私の首に着けなよ」
始まったよ。
めちゃくちゃなドМの幼馴染は、ついに外でも欲求が抑えられなくなったらしい。
露出癖にまで目覚めたのだろうか。
元から救えなかったが、日に日に手遅れになっていく黒髪ギャルに悲しくなる。
それと、正直一目見た瞬間からわかっていた。
だってこれ、どこからどう見ても絶対SMプレイ用の首輪だもん。
「お前……ついに壊れたのか」
「あんたが命令してこないからしびれ切らしたんだわ。あと気づいたの」
「何に?」
「嫌がりながらエロいことを強要させられる童貞ほどシコれるものはないって。オネショタの上位互換じゃん!って」
自信満々に言ってくるのが怖い。
久々に本能的な身の危険を覚えた。
震える俺に、じっと見つめてくる夢衣。
彼女はそのまま、ため息を吐く。
「ってのは冗談で」
「……」
本当かよ、と思った。
ジト目を向けると、夢衣はそのブツを直しながら靡く髪を抑える。
「本題は別。……あんた、新藤先輩となんかあった?」
「え?」
話は、思わぬ方向に進んでいく。




