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第14話 被虐に性的興奮を覚える女

 俺を押し倒した後、見下ろしてきながら夢衣は言った。


「あんた、なんで私に命令してこないの?」

「いや、だから元々何も望んでないって言ってんだろ」

「お姉ちゃんとはイチャイチャしてる癖に?」


 この女は何が何でも俺と綺季の関係を認めさせたいようだ。

 実際二人で遊びには行ったが、マジでイチャイチャはしていない。

 私服を馬鹿にされたのと、そのまま服を選んでもらったのと、新藤先輩から庇ったのを珍しく褒められたりしたくらいだ。

 随分しおらしく、頬を赤らめながらの『ありがと』は忘れられない。

 その他にも、昼は待ち合わせ時刻の前からいじらしく待ってくれていたな。

 ……うん、思ったよりイチャイチャしてたかもしれん。

 冷静に思い出したら、案外デートっぽいイベントだったように思う。


 でもそれはあくまで過程で、最終的にはいつも通り素っ気なく切り捨てられてるからな。

 やましい関係なんかではない。

 断じて。


「お姉ちゃんにエロい命令したんでしょ」

「してねえよ! あの時そんなことしようもんなら殺されてるわ!」

「ふーん。やっぱ二人で会ってたんだ」

「あ」

「……真桜ちゃんのそういうとこ、嫌いになったかも」


 胸に手を置かれ、そのまま爪を立てられる。

 ネイルが肌身に当たり、なんだかこそばゆい。


「昔は私に嘘なんかつかなかった癖に」

「べ、別に普通だろ。俺だって成長するんだ」

「童貞がどの口で成長とか言ってんの」

「お、お前だって処女だろ」

「……じゃあ、二人で大人になっちゃう?」


 耳元で囁かれ、俺は目を瞑った。


 夢衣が家に押しかけてくるようになってから、定期的にこうして誘われている。

 本人は遊んでいるつもりなのだろうが、正直こっちは流すのも精一杯だ。

 勿論性欲はあるし、ヤりたいに決まってる。

 だけど付き合ってないし、相手は幼少期から知ってる幼馴染だし、これ以上弱みを握られるとその後が怖いし。

 そういう様々な理由があって、俺は断っているんだ。


 でももう一つ、実はこの黒髪ギャルについていけない理由が存在する。

 それは――。


「私に、命令してよ」


 吐息を漏らしながら言ってくる夢衣に、俺は一気にため息が漏れた。

 こいつ、真正のマゾなんだよな。

 一応聞いておく。


「命令って、例えば?」

「……私に裸で四つん這いになれって命令して、お尻叩いたりとか?」

「やらねえよ!」

「あとは、首絞めたり」

「しねえよ!」


 おわかりいただけただろうか。

 こんな奴に付き合いきれるわけがない。


 俺のツッコミに流石に恥ずかしくなったのか、夢衣は上体を起こす。

 未だに人の下腹部に座っているため、これはこれで危ない体勢なのだが、それはさて置き。

 彼女はシャツの胸ぐらを掴んでくる。

 ちなみに着ているのはまだ綺季の半袖体操着だ。


「ちょ、ちょっとは何か命令してくれないと私も気が収まらないって言うか……!」

「そう言ってただ俺を性欲の捌け口にしてるだけだろ!」

「は、はぁ? 仮にそうでもあんたに拒否権ないでしょ。これは命令なの。私に命令しろって言う命令!」

「その挙句に出てくる単語が『お尻叩いて』なのヤバすぎるって」

「……っ! 死ね!」


 姉妹揃って図星を突かれて困ると、黙れとか死ねとかしか言えないらしい。

 可哀そうに。


 だがしかし、この状況を幸と取るか不幸と取るかは俺の感性次第だな。

 こんなドМな女でも、学校ではギャルで通っている。

 性格も悪いし、なんならSっ気を大いに感じるレベルだ。

 そんな女が家で『お尻叩いて』と懇願してるだなんて、誰が想像だろうか。

 要するに、これは俺にだけ見せる素顔。

 デレと捉えるなら、あながち悪くないシチュエーションである。


 ……そう思うと、なんだか可愛く見えてきた。

 ついでにちょっと興奮してきた。

 

「っていうかそんなに溜まってるならテキトーな男捕まえて来いよ」


 不思議に思って言うと、夢衣は鼻で笑った。


「はぁ? なんで私が学校のキモいオスに股開かなきゃいけないわけ? 初めてだって言ってんでしょ」

「じゃあ逆になんで俺なんだよ。学校の中でもだいぶキモいオスカテゴリーだろ。キモさ軸のヒエラルキーなら頂点とも言える」

「そんなの……いや、いいや。教えない」

「え?」


 急に壁を作られて困惑する俺。

 しかし、夢衣はにやりと悪い笑みを浮かべる。


「さっき嘘ついた真桜ちゃんと一緒~。私が黙ってても文句言えないっしょ?」

「そうきたか」

「はぁ、もう冷めたからいいわ」


 言うや否や、彼女は立ち上がってうんと伸びをした。

 一気に温もりと尻の感触がなくなったことで、股間の辺りが寂しくなった。

 気恥ずかしくなって、俺は上体を起こしてソファにかけて置いたブランケットを腰に掛ける。

 

「そう言えば、もうそろそろ脱いでいい?」


 ずっと体操着を着させられたままだったため聞く。

 と、夢衣は俺を見た後に首を傾げた。


「良いけど、なんでそんな暑苦しい布巻いてんの」

「え? いや、肌寒くて」

「今日五月中旬じゃん。普通に冷房つけてもいいくらいの夏日だよね」

「……」


 これだから察しの良いギャルは。

 目を逸らす俺に、夢衣はふっと笑った。


「やせ我慢せずにお願いしてきたら抜いてあげるのに。あ、それか命令してくれてもいいよ?」

「黙れ」

「はいはい。あと服は明日学校で返してくれたらいいよ。お姉ちゃんのも私が返しとくから、今日はそれ使いな?」

「使わねえよ! ……ってより、学校で体操着なんか渡したら変に勘繰られないか?」

「お姉ちゃんに取られるくらいなら別にいい」

「どういう基準だ」


 よくわからない事を言ってくる女に辟易する。


 落ち着いてきたため、俺はすぐさま自室に逃げた。

 そのまま体操着を上下とも脱いで部屋着に着替える。

 ふぅ、これでようやく安心だ。


 リビングに戻ってすぐに俺は体操着を投げ返した。


「ほら、持って帰れ」

「うわ、なんかあったかいのキモ」

「誰のせいだよ」


 ジト目で言うと、彼女は笑った。


 荷物をまとめながら、帰る支度を進める夢衣。

 今日は大して居座られなかったため、それを見ながら俺は胸を撫で下ろした。

 と、そんな時だった。

 帰り際に夢衣が爆弾発言をする。


「あと真桜ちゃん、今度私とデートしようね」

「は?」

「拒否権はないから。ってことで」

「いや、ちょ……ッ!」


 止めようとするも、逃げられた。

 一気に静かになった部屋で、俺は呆然と立ち尽くす。

 

 相変わらず、何を考えているのかよくわからない女だ。

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