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第13話 マゾ女の勘違い嫉妬

 俺を散々いじめた後、満足したのか綺季は荷物をまとめ始める。


「じゃあアタシは帰る」

「随分早いな。マジでいじめに来ただけなのか?」

「あんたは一々嫌味言わない時が済まないわけ? バイトあるから帰るだけなんだけど」


 ぴしゃりと言われ、俺は肩をすくめた。

 嫌味というよりただの嘆きだったし、そもそも俺にこんな事を言わせているのは誰なのか。

 じっと見つめると、彼女は慌てたようにリュックを背負った。


 体操着も回収せず足早に消えていく後姿に、隣の夢衣が囁いてくる。


「アレは恋だな。男に惚れたと見た」

「あの人が? まさか」

「いやいや、ああいう女ほど愛に飢えてるもんよ。普段ツンツンしてるせいで男は寄って来ず、そのせいで寂しい夜を過ごす……。自業自得なのが救えない、典型的な高嶺の花気取ってる女にありがちなヤツ」


 随分いい加減なことを言う奴だ。

 つい一昨日聞いた時も好きピはいないと言っていたし、恋する乙女があの刺々しい態度ってのはどうも解釈に合わない。

 俺はラブコメ愛読者。

 男向け作品から少女漫画まで幅広く知識を有する男だ。

 こう見えて恋愛に関するサンプルは豊富なのである。

 その俺から言わせてもらうと、綺季が誰かに惚れているようには見えない。


 なんて考えていると、玄関のドアが開く音がした。

 夢衣と息を潜めて向かい合う中、足音が外に遠のいていくのがわかる。

 ……どうやら綺季はまだ家を出ていなかったらしい。


「おい、今の話絶対に聞かれてたぞ」

「ねぇ真桜ちゃん、今日泊めてくんない?」

「やだね。家で報いを受けろ」

「ヤらせてあげるよ? 多少無茶なプレイにも答えるからさ。そんな酷いこと言わずに~」

「だから貞操で俺を釣ろうとすんな。スカート捲るな!」


 相変わらず誘いがワンパターンな奴だ。

 しかしまぁ気持ちがわからんでもない。

 とんでもなく失礼な話をしていたし、家に帰ってその事で詰められるのは俺でも嫌だからな。

 逆に触れられなければ気まずいし、要するにどう転ぼうが雰囲気最悪なのは確定。

 俺に対して上から目線な夢衣でも、流石にあの姉には敵わないようだ。

 ……なるほど、これは良い事を知ったかもしれない。


「っていうか、お前は帰らないのかよ」


 何気にずっと居座っている女に聞くと、そいつは抱き着いてきた。

 胸が押し付けられ、俺の左腕でおっぱいが潰れるのが分かる。

 今日のブラジャーは柔らかい材質らしい。

 胸の感触が直に伝わってきやすいタイプだ。

 ……い、いや違いますよ? べ、別に堪能してるわけじゃないデスカラ。


 脳内で誰かに弁明していると、夢衣が言う。


「なんでそんなに嫌そうな顔すんの。別にいつものことじゃん? ってか聞きたいこともあるし」

「なんだよ」

「なんかお姉ちゃんと距離近くなった?」


 心臓が止まるかと思った。


 確かに若干ぎごちない部分もあったが、それでもまさか今日の俺達の少ない会話だけを見てそんなことを聞かれるとは思わず、驚いたのだ。

 黙る俺の肩に夢衣は口を付けて、唸るように声を出す。

 温い吐息と妙な振動が伝わってきた。


「二人共先週より遠慮がなくなったよね。お姉ちゃんも妙に意識してるっぽいし、なんかあったん?」

「べ、別に」

「私、別にって回答は基本的に肯定だと捉えるようにしてるんだけど。それでいいの?」

「いやいや、なんでだよ」

「その方が面白いからに決まってんじゃん。疑惑には決めつけてかかった方が相手の反応を揺さぶれて楽しめるもんだよ」


 カス過ぎる理由に開いた口が塞がらない。

 それに、俺は綺季との事をどう答えればいいのかもわからない。

 

 デート紛いの事はしたし、一瞬距離が縮まった気もした。

 でも新藤先輩と揉め事もあり、なんだかんだ最後には『しばらく学校で話しかけるな』なんて突き放されている。

 むしろ仲は最悪だろう。


 ニヤニヤ笑っている夢衣から目を逸らしつつ、俺は思う。

 そんな事話したら、絶対ネタにされるに決まってる!

 馬鹿にされるのが分かり切っているのに自分から暴露するのは愚か者の所業だ。

 それに、どうも綺季はデートの事自体を夢衣には話していない模様。

 勝手に喋れば彼女の方を怒らせるかもしれない。

 綺季をこれ以上キレさせたら、本気で命が危なそうだしな。

 こっちを立てればあっちがキレる、ギャル姉妹からの地獄の板挟み状態。

 

 よし、ここは素知らぬふりで通そう。

 元は夢衣の提案で連絡先を追加したり、そのままデート(ださ私服公開処刑)まで辿り着いたのだが、ここから先は黙秘で行かせてもらう。

 いのちだいじに、というところだ。


「マジで何もないよ」


 言うと、夢衣はようやく肩から離れた。

 そしてジト目を向けてくる。


「嘘でしょ」

「い、いやぁ?」

「ふーん、そっか。私の乳揉んだ癖に他の女庇うんだ? あーあ、うっざ」

「た、確かに揉んだけど”揉ませてきた”が正しい表現だろアレは!」

「はぁ~? このご時世、私が泣きながら『無理やり触られました』って言ったら詰むのは真桜ちゃんだよ? いいん? そんな口効いて」


 出たよ。

 都合が悪くなったら性被害訴える奴。

 年下男子の前で急に服脱いできた奴がよく言うわ。

 しかも実際今言った事をやられると、俺側が社会的に死ぬんだよな。

 疲れた顔を見せる父親、発狂して泣き出す綾原ママ、そして白い目で絶交を告げてくる綺季、さらに学校では居場所がなくなって陰キャ友達も離れるだろう。

 そのまま転校を余儀なくされるところまで読めた。


 こ、これがハニートラップというやつか。

 俺氏、ガン詰みで草。

 格ゲーは下手なのにリアルでのハメ技は得意らしい。


「あはは、ようやくわかった? あんた、私に命令権は持ってるけどさぁ? 結局おっぱい触った事実は消えないんだから全部私の手のひらの上なんだよ?」

「……あの、謝るので助けてください」

「随分しおらしいじゃん。かわいい~」


 頭を撫でられ、複雑な気分になる。

 マジでペットだ、俺。

 綺季と違って暴力は振るってこないが、精神的に攻撃してくる黒髪ギャル。

 正直こっちの方がしんどいかもしれない。


 苦しい展開に縮こまる俺。

 と、彼女はおかしな事を言い始めた。


「でも私はわかってるよ? あんたとお姉ちゃんのこと」

「え?」


 意味不明なことを言われ、首を傾げる俺。

 しかし、彼女はそんな俺の反応を無視して俺の肩を掴んだ。

 そのままニコッと笑い、正対させてくる。


「カマかけても喋んないから言うけど、お姉ちゃんと真桜ちゃんってそういう関係(・・・・・・)なんでしょ?」

「え、は?」

「だってお姉ちゃんがあんなに気にかけてる男なんか真桜ちゃんしかいないし? さっき言ったお姉ちゃんが男に惚れてるって話も、私は最初から相手はあんただと思ってたんだけど」

「ちょ、ちょっと待ってくれ」


 いきなり変なことを言われて戸惑った。

 あの綺季が俺に惚れてる?

 冗談も程々にして欲しい。

 じゃないと首が飛ぶ。

 鬼の金髪ギャルを本当の本当に怒らせてしまう。


 しかし、夢衣の顔は真面目そのものだった。

 迫真の表情でそのまま言ってくる。


「私から連絡先教えた手前アレだけど、他の女に気を移されるのはイラつくんだよね。だって真桜ちゃんは、私の言いなりでもあるんだよ? ってわけで、こっち見てよ」

「いや、何言ってんのか……」


 これは完全な言いがかりだし、勘違いだ。

 なのに、逃れられない。

 

 俺はそのまま、押し倒された。

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