第11話 完堕ちした金髪ギャルは距離を置きたい
帰宅すると、来客があった。
週末という事もあって父親がいるため、誰か来ているらしい。
と、リビングに顔を出してすぐに分かった。
「あら真桜賭、久しぶり」
「お久しぶりです」
くつろいでソファに座っていたのは中年の美人女性だった。
私服姿だが、姿勢や仕草などの洗練された佇まいからしっかりした性格がわかる。
何を隠そう、つい先程まで一緒に居た綺季の母親だ。
対するうちの父親はと言うと、やつれた顔で地べたに正座している。
一瞬で力関係が透け見えて親ながら同情した。
なんだかデジャブを感じるが、気のせいだろう。
俺はここまで尻に敷かれはしない。
ちなみに二人の関係は高校の同級生らしく、大人になってから同窓会をきっかけに意気投合したらしい。
二人共パートナーのいない子持ちシングルだったのも、お互いに歩み寄りやすい要因だったのだろう。
俺とギャル姉妹が幼馴染なのは、そういう背景によるものだ。
「高校生活はどう? 二人とは話した?」
「えぇまぁ」
「そう。あの子達、どんどん言う事を聞かなくなってねぇ。昔は可愛いかったのに、今では反抗期も真っ盛りなのよ。真桜賭は大丈夫? 何か言われたりしてない?」
過保護なくらい話してくる綾原ママ。
そんな彼女に、俺はにこやかに言った。
「いえいえ。絶賛お宅の娘さん達にいじめられてますけど」
「……」
これはちょっとした意趣返しだ。
ここ最近ずっと人の家に上がり込んできては好き放題やっていた妹、そして今日の事を含めて俺を好き放題良い様に使い回し、挙げ句の果てには『話しかけるな』なんて言ってきたあの意味不明金髪ギャルの姉には借りがあるからな。
少しくらい俺からも攻撃させてもらう。
俺の言葉に綾原ママは血相を変えて立ち上がった。
「は、早く帰って説教しないと!」
「いやいや大丈夫だって。なぁ真桜賭? 冗談だよな?」
「まぁ親父とおばさんみたいな関係だよ」
「……うわ、お前も災難だな」
「どういう意味よ!」
肩を揺さぶられている親父に白い目を向けながら、俺は自室へ移った。
正直、付き合えばいいのにと何度思ったかわからない。
親父はだらしないし、綾原ママは几帳面過ぎる。
二人の相性も良さそうなので、一緒になればバランスの良い生活ができる気がするのだ。
まぁただ、今となってはもうなしだな。
親父たちが結婚でもしたら、あのギャル姉妹が本当に俺の姉になるんだろ?
そんなのごめんである。
◇
「う、ぅあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああぁぁぁあぁぁああぁぁああぁぁああああぁぁあぁぁぁぁゃぁ」
その日の夕方、綾原綺季は布団に顔を埋めて呻いていた。
可愛らしいワンピースのパジャマに身を包み、帰宅早々に絶望する。
ちなみに綺季は自宅とは言え、ずぼらな格好で過ごすタイプではない。
どちらかと言うと夢衣の方が、下着姿で寝てるようなタイプだ。
なんなら全裸な事も多い。
そんな事はさて置き、綺季は顔を抑えて声を漏らす。
「ど、どどどどうしよう……! めちゃくちゃな事言っちゃった!」
今日の帰り際、綺季は真桜賭に向かって『しばらく話しかけるな』と言う旨の発言をした。
それもこれも、真桜賭のせいである。
「でもその前に、『俺のきーちゃん』って何!? もう彼氏面って事? それは流石に気が早いっていうか、まだデートも一回だけって言うか……。でもでも、そう言えばまたデートの約束したんだった。……へへ、次はどこ行こっかな」
にやけながらスマホを見る綺季。
しかし、すぐにハッと我に返った。
綺季は嬉しかったのだ。
あの小さい弟分だった真桜賭が、先輩から自分を助けてくれたことが、何より心に刺さっていた。
正直、その後からまともに直視できなかった。
一丁前に、惚れ直してしまったのだ。
口数が減ったのもそのせいである。
だからこそ、逆にあんなことを言ってしまった。
話しかけるななんて、傷つけるような事を言ってしまった。
「……でもこのまま一緒に居たら、アタシの頭がおかしくなっちゃう」
きっと真桜賭に対して、まともな表情で接することができなくなる。
話す度に今日の昼の事がフラッシュバックして、顔が赤くなるだろう。
照れてぎこちなくなるに決まっている。
そんな姿、絶対に見せたくない。
特に学校では色んな意味でアウトだ。
もしかすると真桜賭にヘイトが向くかもしれないし、あんまり二人の関係を勘違いされない方が良い。
あくまでパシリと先輩という、疑いのない関係を見せなければ。
「でもだからって、『何でも言いなり刑』継続はやり過ぎだったよね……。うぅ、ごめん。うぅぅぅぁぁ」
提案を断った一番の理由は何より、自分のそばに置いておきたかったからだ。
言いなりと言っておけば、真桜賭は綺季のそばから離れない。
好きな時に呼びつけて、あんな事やこんな事を命令できる。
……あんな事やこんな事?
考えて、綺季は再び顔を覆った。
「アイツ、今日もずっとアタシの胸ばっか見てたけど、気づいてないと思ってるのかな。そんな状態でなんでも命令していいなんて言ったら、絶対『胸触らせて』とか言ってきそうじゃん。……仮にそうなったら、どうすんのアタシ? 触らせてあげる? となると服の上から? 下着越し? それとも……」
下着を外して真桜賭に見せるのを想像して、じたばた悶える金髪ギャル。
なんなら、その先だってあるかも。
想像力豊かに、どんどん妄想が捗る。
胸で挟めなんて命令されて、ズボンを脱ぐ真桜賭に仕方なく、なんて事も……。
「あわわわわわわっ」
当然まだ男に胸なんか見せたことはないし、その初めてが真桜賭だと思うと、体が疼いて仕方ない。
一番の変態は自分じゃないかと、綺季は反省した。
「でもでも、アイツだって絶対女の子のおっぱいなんか触ったことないだろうし? いざという時は先輩の余裕で……」
何度も言うが、この時の綺季は自分の妹が既に真桜賭と以下略。
なんにせよ、綺季は顔を叩いて気合を入れた。
真桜賭は控えめに言ってかなり顔の出来がいい。
低身長だが小顔でスタイルは悪くないし、庇護欲そそる愛らしさがむしろ母性……いや、姉性に刺さるところ。
他の女子に取られる可能性は無きにしも非ずだ。
陰キャだから気に入られまいと高を括っていたら泣きを見る可能性がある。
それだけは避けたい。
「ってか何これ。アタシ、真桜賭の事好きなの? いやいや、いやいやいや」
言いながら、スマホ画面に反射する自分の顔を見てにやける。
鬼の金髪ギャルはどこへやら、もはや既に完堕ちしていた。
「……はぁ」
今一度今日あった事を反芻しながら、思いに耽る綺季。
そのまま彼女は、母親が返ってくるまでずっと悶々としていた。
しかし、この時の綺季は知らなかった。
――その後自分が母親に怒鳴られ、真桜賭をいじめているだなんて不服な解釈が行われていることを知ることになるとは。
母親から姉妹揃ってガチ説教されるのは、およそ数十分後の事である。




