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第10話 次のデートの約束と拒絶

 俺は、絶望していた。


 服屋に戻り、先ほど選んでもらった服を試着する俺。

 試着室に入った後で、冷静になった。

 そして大量の冷や汗をかきながら蹲った。


 ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい……。


 後悔してももう遅い。

 俺は確かに、あの新藤先輩をぶっ飛ばした。

 今後の事を考えるにしても、その事実は消えない。

 宣戦布告も、同義なのである。


「え、絶対殺されるじゃん。……しかも洒落にならなくね?」


 あの時は綺季の姿を見て、居ても立ってもいられなくなった。

 だがしかし、もっといい手段はあったはずだ。

 何故俺は刺激するような事を……。

 相手はあの新藤ジャレンだぞ?

 弱いものいじめ、カツアゲ、何でもござれ。

 味方も多く周りには怖い先輩が他にも何人もいる。

 そんな集団の標的に、俺が選ばれることはほぼ確定してしまった。


 しかも、なんて言った?


俺の(・・)きーちゃんに触るな』って言わなかった?

 なんだよ、俺のって。

 っていうかきーちゃんってなんだよ。

 つい過去回想が入ったせいで、昔みたいな呼び方をしてしまった。

 陰キャオタクの悪い癖だ。

 隙があれば回想に酔いしれ、自分の世界に入り浸る。

 隙あらば自分語りに並んで、隙あらば回想オナニーも取り締まるべき重罪だ。

 恥ずかし過ぎて今すぐにでも自首したい。


 先輩の事はさて置き、綺季はどう思ってるんだろう。

 あれから二人で戻ってくる間、一言も喋らなかった。

 俺は何も考えられないくらい暴走していただけなんだが、綺季の方はどうなんだろう。

 あの即ギレ金髪ギャルの無言ほど怖いものはない。

 

 まさか、喋るのも忘れるくらいキレてるとか?

 だとしたら、試着室を出た後が地獄と化しそうだ。


 先輩二人の気を完全に損ねた陰キャ。

 そんな俺に安らぎはあるのだろうか。

 ……いや、あるわけなくて草。


 馬鹿の反語みたいになったのはさて置き。

 試着室なせいで目の前に鏡があるのだが、白目を剥いてへらへら笑っている俺が、なんとも気持ち悪い。


 しかし、綺季に選んでもらった服を着ているため、なんだか小洒落た高校生男子が爆誕していた。

 先程までとは違って、一瞬自分が陽キャかと錯覚する何かがある。

 服装の偉大さを今日ここで学んだ。


「なんだかなぁ」


 顔を赤くしながらもじもじしている自分がキモい。

 こんな時なのに、一丁前に喜んでいるメンタルの強さは自慢になるだろうか。





 試着室を出ると、目の前に綺季がいた。

 スマホを弄りながら立っているだけで様になっており、遠巻きにそんな彼女を色んな男が凝視している。

 ナンパされていないのは、いつも通り放たれる『話しかけてきたら殺すぞ』オーラのせいだろう。


 ラノベなんかでオタクに優しいギャル~みたいなキャラクター性が人気を博しているが、実物のギャルなんて野に放たれた猛獣だ。

 近寄ると高確率で怪我をする。

 と言うか死ぬ。食われる。骨も髄まで齧られる。

 それが分かっているから、どの男も手を出そうとはしない。

 

「……どうだった?」

「良い感じだった、と思う。じゃ、じゃあこれ買って来ようかな」

「ふーん」


 しどろもどろな俺に、綺季は手を出してきた。

 一体何の手だろうか。

 困惑しつつ、その手の上に俺も自分の手を重ねた。


 数秒経った後、俺はまた自分が間違いを起こしたことを悟った。


 頬を赤く染めて目を見開く綺季に、慌てて手を離す。


「……な、ななな何してんの?」

「あぎゃっ! こ、これは気の迷いで! いや違う! ただの勘違いで!」

「服渡せって言ってんだけど」

「え? なんで?」

「買ってくるから」


 言われ、俺は目が点になった。


「……なにゆえ?」

「アタシはバイトしてるし、お金に余裕もあるから。……あとさっきの謝罪料」

「綺季が謝ることなんか、ないじゃん」

「ううん。アタシ、この店の事は新藤に聞いてたの。だからアイツが来る可能性だって考えられた。今回のトラブルは全部アタシのせい」

「……」


 こういう店に入り慣れてないのはわかっていたし、誰に聞いたのかと少し気になっていた。

 なるほど、あいつに聞いていたのか。

 そりゃ新藤先輩と出くわしたのも偶然ではなかったわけだ。

 だがしかし、それがなんだ。

 あんなの、もらい事故で過失ゼロじゃないか。


「ふざけんな。パシリに奢りとか、何考えてるんだよ」

「え」

「俺は綺季と夢衣のパシリなんだよ。余計な気は遣わないで結構。それに、俺が買いたいから買うんだ」


 半分は方便だった。

 というのも、俺が父子家庭なのと同様に実は二人も母子家庭の片親育ちだ。

 二人の母親がしっかり者でバリキャリなのは知っているが、年頃で年子の娘二人を養うのは楽ではないだろう。

 さっきも守ってもらったのに、金銭面までケアされると恐縮過ぎる。

 

 というわけできちんと自分の財布から支払った。

 思ったより高くついて焦ったのはここだけの話だが。


 店を出た後、時間を見る。

 午後二時前という解散するにしても別の場所に向かうにしても微妙な時間。

 そこで隣の金髪ギャルを見ると、珍しく下を向いて黙っていた。


「ど、どうした?」

「……別に」

「……」


 そのまま行くあてなく彷徨う二人。

 正直死ぬほど気まずくて逃げたくなる。

 さっきの事があってから、ずっとこんな調子なせいでどうしていいのかわからない。


 しかし、話題作りにテキトーな話を振ろうとしたところ、綺季がようやく口を開いた。


「さっきはありがと」

「え?」

「新藤から腕を掴まれた時、ちょっと怖かった。あんたが助けてくれて、嬉しかった」

「……ははは、まぁ男の子ですから」


 言いつつ、俺は目を逸らす。

 いくらその場でカッコつけても、今後の死刑が確定しているため全然笑えない。


「だからアタシも、何か恩返ししたかったんだけど」

「……いいよそんなの」

「は? こっちの気が済まないって言ってんの。あ、あんたに拒否権ないから」


 綺季は足を止め、俺の腕を掴んだ。

 そのまま正対させられる。

 ギロリと睨みつけられたため、なんとなくその場で正座した。


「何してる? 立て」

「はい……」


 ビビって変なことをしたせいで、さらに機嫌を損ねてしまった。

 震えていると、綺季は髪を耳にかけながら、俯いて言う。


「……していいよ」

「え?」

「だから、していいよ」

「何を?」

「命令」

「……んは?」


 意味が分からず、耳を疑う俺。

 と、綺季は顔を真っ赤にしながら、怒鳴ってきた。


「だから! 何でも一個だけ、アタシに命令していいって言ってんの!」

「えぇ!? なんでも!?」


 まさかの展開に、俺は飛び上がる。

 しかし、その驚き様に何を勘違いしたのか、綺季は羽織っていたスタジャンの前を留めた。


「エロいのとか、そういうのはなし。命令してきたら殺す」

「……あんたら姉妹は俺を何だと思ってるんだ」

「は? 姉妹?」

「こっちの話だよ」


 夢衣も綺季も、俺の事を性犯罪者みたいな扱いしやがって。

 そりゃ年頃だし、興味もあるさ。

 今日だって綺季の胸を何回チラ見したか数えられない。

 このデカすぎる胸を好きに揉みしだけたら、どんなにうれしい事か。


 まぁだからと言って、この雰囲気でそんな命令をする程人間終わってない。


 だから俺は、一番落としどころとして丸い命令をした。


「じゃあ、俺をパシリ扱いするのやめろ。『何でも言いなり刑』の解除を命令する」

「ん? ……なるほど。そう来たか」


 俺の言葉に綺季は考え込んだ。

 そしてすぐに顔を上げ、言った。


「でもそれはダメ。あんたは今後もしばらくアタシの言いなり」

「んえ? 嘘でしょ? イケる流れだったじゃん」

「ダメなもんはダメなの。他のにして」

「じゃあ何なら良いんだよ」


 ジト目を向けると、突き飛ばされる。

 心なしか力がこもってない分、俺はびくともしない。

 正直、突き飛ばされたというより、胸に触れられたというスキンシップにも感じるレベル。

 まさかなと思いつつ、俺は頰を掻いた。

 

「じゃあそうだな……。また今度、二人で遊んでくれ。それが命令」

「そんな事で良いの?」

「うん」


 そんな事でも何も、それ以外許可してくれないじゃないかと思う俺。

 口に出すと今度こそ本気で殴られそうだから、やめておいた。


「そ、じゃあ……そういう事で」

「? うん」


 そそくさと歩き出した彼女に、俺は首を傾げる。


 やけにしおらしいせいで調子が狂うな。

 どうしたって言うんだ一体。

 てっきり『イヤらしいから却下』とかって言われるとも思ったのにな。

 案外すんなり受け入れてくれて、こっちが拍子抜けだ。


「良かったの?」


 つい聞いてしまった俺に、彼女は背中を向けながら言う。


「だから、良いって言ってるじゃん。……今日、楽しかったし」

「ッ! そ、そう?」

「ん。また二人で遊ぼうね」


 どんな顔をしているのかはわからない。

 だけど、なんだか先程のトラブルが無かったかのように、胸がすっきりした。

 そして何より、心の底から嬉しかった。


 俺は笑いながら小走りして隣に立つ。


「今度は何デートする?」

「あんま調子乗るな。それはアタシが命令する」

「……結局そうなるんすね」


 可愛いデート相手に見えたのも束の間、すぐにいつものツンツンギャルに戻った。

 そして俺はまた恐怖を思い出した。


 っていうか、となると俺はまたこの人とド緊張デート(?)をしないといけないのか。

 冷静になると、自分でもなんであんな命令したのかわからない。

 それこそ猛獣の檻に飛び込む変態だ。

 馬鹿だろ絶対。





 色々あったデートも無事に終わり、夕方前には帰路に就く。

 帰りの電車を降りた後、分かれ道になって別れを告げた。

 と、その後だった。

 綺季はぼそっと、小さな声で言った。


「……そう言えばあんた、しばらく学校では話しかけて来ないで」

「え?」


 最後に爆弾を残され、絶句する俺。

 彼女は言い終えると、すぐに背を向けて行ってしまった。


「……え?」


 車の往来の中、俺の情けない声が消えていく。


 やっぱり女って、わからない。

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