第1話 ギャル姉妹の奴隷になりました
下校時間に近所のコンビニに立ち寄ったのが運の尽きだった。
高校入学後一ヶ月程度経った頃。
生活にも慣れてきたタイミングで、放課後に買い食いをしたくてコンビニに寄った。
しかし、その若干調子に乗った行動が悲劇を招く。
「あ?」
コンビニの前で、先輩の集団がたむろしていた。
男女グループの合計六人。
学年は違うが、よく学校でも目にする陽キャの怖い人達である。
何の気なしに入ろうとして、そのうちの一人と目が合った。
新藤ジャレン。
外国人の父親を持ったガタイの良い強面の先輩だ。
彼はギロリと俺を睨んで、そのままロックオンした。
ヤバいと思った時には遅かった。
蛇に睨まれた蛙のように、その場から動けなくなる俺。
学校の中でも群を抜いて関わりたくない相手に、俺はまんまと捕まってしまった。
「おいお前、今睨んだだろ?」
「い、いや。そんなことは……」
「あ? お前がオレ見てから顔顰めたのはバレてんだよ」
「……それは」
因縁を付けられて額から汗が噴き出る。
新藤先輩に腕を回され、そのままグループの元に連行された。
そして、そんな先輩よりもさらに遭遇したくなかった二人と顔を合わせる。
「何してんのあんた」
「いや、ただアイスでも買おうかと」
「ふーん、それで新藤センパイに捕まったんだ? ださ」
「う、うるさいな」
俺の姿に気づいて声をかけてきたのは二人。
一人は金髪ギャルの綾原綺季。
機嫌悪そうな表情と猫のような目が特徴的な……それでいて胸がかなりデカい三年生の先輩だ。
もう一人は黒髪ショートで落ち着いた雰囲気の綾原夢衣。
こちらは二年生だが、貫禄は三年生にも引けを取らない美少女で、ついでにギャルい。
お分かりだとは思うが、この二人は姉妹である。
そして、実は俺とは幼馴染という関係に当たる。
「なんだ。知り合いかよ」
「幼馴染の黒薙真桜賭。前に話したでしょ」
「アァ、コイツが?」
綺季の言葉に新藤先輩が品定めしてきた。
ジロリと顔から足先まで見られて、そのまま鼻で笑われる。
どうやらお眼鏡にはかなわなかったらしい。
「童貞っぽ過ぎて笑うわ。お前、コイツらの幼馴染じゃなかったらパシリ確定だったぞ。運良かったな」
「……ははは」
いつの時代の話なんだと思うような文言だが、生憎ここは日本の中でも田舎社会。
つるむ場所なんかコンビニの駐車場しかないし、山の奥までチャリを走らせれば未成年でもタバコが買える。
休日は電車に乗って隣町のイオンに行くし、なんならそのための最寄り駅までチャリで30分かかるという最悪のド田舎。
と、新藤先輩が俺を隣に座らせた。
「今から大富豪やるからお前も参加しろ」
「え、ルール知らないんですけど」
「はぁ? 普通友達とやるだろ。これだからクソ陰キャは」
「すみません」
初めて話すのに当たり前のような陰キャ扱いだ。
実際、ババ抜きしかやらなかっただけだし、そこに陰キャかどうかなんか関係ない気がするんだが、こういう屁理屈を言うと殴られそうなので謝っておく。
そんな俺を見て夢衣は笑っていた。
先輩に頭が上がらない俺が面白くて仕方ないらしい。
配られるトランプを見つつ、別の先輩に簡単にルールを教えてもらった。
あまり理解できなかったが、逃げる勇気もないため仕方ない。
借りてきた猫みたいになっていると、始まる間際に新藤先輩がおかしなことを言い出した。
「あ、言い忘れたけど罰ゲームあるから。一抜けだった奴が最下位になんでも命令できる完全主従契約な。その名も『何でも言いなり刑』」
「は……?」
「これから一生こき使ってやるよ」
死刑宣告と同義の言葉に俺は絶望したが、時既に遅かった。
◇
「で、二回とも最下位取って私たちの奴隷になった気分をどうぞ?」
「最悪」
「アタシらが助けてあげたのにそんな言い方するなよ」
「じゃあ始める前にテキトーな理由付けて逃がしてください……」
大富豪で惨敗した俺は、二人のギャルに挟まれて帰路についていた。
右隣には馬鹿にしたような声で笑う黒髪ギャル。
左隣には睨みつけてくる金髪ギャル。
結局二回もやったのに戦法が分からないままボコられ、二連続で大貧民というなんとも悲しい肩書きを賜った。
そしてそのせいで一回目は綺季から、二回目は夢衣からそれぞれ罰ゲームを受けさせられる事になったのだ。
俺は今後、この二人と奴隷同然の主従契約を結ばされるらしい。
勝ってくれたのがこの二人だったのは不幸中の幸い……なのか? と不安になる。
新藤先輩に勝たれていたらサンドバッグ確定だったが、こっちはこっちで別の問題が発生するような。
と、俺の嘆きに綺季は口を尖らせる。
「はぁ? なんでアタシらがそんな気遣いしなきゃいけないの」
「なんでってそりゃ……いや」
「まぁまぁ、私ら姉弟みたいなもんだからね~」
幼少期は割と近い距離で育ってきた。
家族ぐるみの付き合いだったこともあり、夢衣の言う通り昔は姉弟みたいな関係だった。
だからこそ、俺はジト目を向ける。
「本気でそんなこと思ってるのか?」
「そりゃそーよ。だから守って弟分にしてあげたんじゃん? 真桜ちゃん怒んないでよー」
「実質ただのパシリだろ。あと真桜ちゃんって呼ぶな!」
都合のいい事を言う夢衣に俺はツッコんだ。
幼少期からずっとちゃん付けで呼ばれているのにも腹が立つ。
女子みたいな名前を付けられたのもあって、若干のコンプレックスなのに……!
と、そこで綺季が舌打ちをした。
わざわざ他県の美容室まで行って染めたらしい金髪を靡かせながら、上着のポケットに手を突っ込んで悪態をついてくる。
「さっきから文句ばっかりでうっさいんだけど。『何でも言いなり刑』受けた癖に」
「……」
別に好きで受けたわけじゃないんですけど?
見ないうちにかなり攻撃的になっている上の幼馴染に俺は震える。
そもそも、この二人とはしばらく疎遠になっていた。
幼少期は一緒にいたが、中学は別だったし会う機会も減っていたのだ。
高校で再会した時は驚いた。
あの愛らしかった幼馴染二人がギャルデビューしていたんだから。
しかも学校ではいわゆる一軍グループに属する陽キャで、どんな男子に言い寄られても全て一蹴するガードの硬さ。
そんな塩対応のせいで、一部の男子からもはや怖がられている。
特にこの金髪ギャルの方が学校のラスボス的存在になっていた。
顔は可愛いしスタイルも抜群だが、口の悪さと目つきの悪さが怖すぎて声をかけるなんてとてもじゃないができない。
綺季に嫌われる=学校中から針の筵ってレベルだ。
というわけで、今ではすっかり告白もされなくなったのだとか。
何はともあれ、俺はこうしてギャル姉妹の奴隷も同然になったわけだ。
一人ですたすたと帰っていく綺季の背中を見送りつつ、俺は隣の夢衣に聞く。
「この茶番、いつまで続くの?」
「新藤センパイの気が済むまでじゃない? あの人は無抵抗の人をいじめるの大好きだから」
「……夢衣からやめるように言ってくれない?」
俺からあの先輩に物申すのは無理だ。
下手に刺激すると本気でいじめられそうだし、流石に先輩グループを敵に回すのは気が引ける。
というわけで頼んだのだが、夢衣は小悪魔のような笑みを浮かべるだけだった。
「一応私も二年だからセンパイに意見するとかこわーい。それこそお姉ちゃん次第かな」
「……望みうっす」
「さっきあんたが怒らせたからじゃん? 私はしーらない」
「……」
金髪ギャルと化した綾原綺季。
学校の中でも一番機嫌を損ねたらいけない女子として認知されているあの女に、果たして取り付く島なんてあるだろうか。
と、そこで夢衣が口を開く。
「まぁまぁ。お姉ちゃんはなんだかんだ真桜ちゃんには甘いと思うし?」
「お前はさっき何を見てたん?」
信じられない言葉に首を振ると、夢衣は再び笑い始めた。
そしてそのまま、姉が完全にいなくなったのを確認した後に俺の腕に抱き着いてきた。
張りのある胸の弾力が、下着のワイヤーの感触と共に生々しく伝わってくる。
「まぁ大丈夫っしょ。私の時みたいにすれば」
「……人聞きの悪い事を」
「じゃあ行こっか」
「いつものように言っておくけど、ヤらないからな?」
「はいはい」
綺季はまだ知らない。
実は既に俺と夢衣が拗れた関係に進展している事を。
さらに、この女が若干のマゾだという事を。
そして何より、俺がこの女に対して元より命令権を持っているという事を――。
住宅街の中のさらに奥まった、人通りの少ない道路。
俺は夕暮れを歩きながら、妙な背徳感を味わっていた。