94.最後の試練
三人はそれぞれ試練を乗り越え、大きな空間に立っていた。
「ライナ・・・」
ルミナがライナに駆け寄り顔を覗き込む。
ライナは憑き物が取れたかのように清々しい顔をしていた。
その顔を見てルミナはホッとし、笑みを浮かべた。
リリスはライナの腰に抱きつき体を震わせていた。
「心配させないでください」
「悪かった」
ライナはリリスの頭を撫でた。
その時。
空間が、静かに歪んだ。
光が集まり、一つの形を成す。
アドゥ=ラグナスが、そこに立っていた。
「三人とも見事だ。それぞれ力を示し乗り越えた」
一拍置いてアドゥ=ラグナスが告げる。
「次の試練が最後だ。この試練を見事乗り越えれば、見えてくるものがあるだろう」
三人の目の前にまたもや扉が現れる。
今度の扉には、装飾がない。
だが、見ただけで分かる。
ここは、戻れない場所だ。
アドゥ=ラグナスが、淡々と告げる。
「最終試練は、単独ではない」
「協力でもない」
三人の影が、床に落ちる。
だが影の形が、微妙に歪んでいる。
「最終試練は」
静かに、しかし明確に。
「お前たちが、魔王・・・いや平穏を脅かす者と対峙した時“何者として立つか”を問う」
扉が、ゆっくりと開く。
その向こうにあったのは・・・
戦場ではない。
敵影でもない。
世界そのものが、静止した空間。
時間が止まり、誰も救われず、誰も滅びていない“可能性の狭間”。
アドゥ=ラグナスが、最後に言った。
「ここで示せ」
「勇者か英雄かそれとも・・・」
一瞬、言葉が詰まる。
「ただの人間か」
扉が、完全に開いた。
最終試練が、始まる。
扉を越えた瞬間、三人は分断された。
互いの姿は見えない。
声も届かない。
だが、不思議と一人ではないことだけは、分かっていた。
ライナ
足元に、地平線があった。
いや、正確にはどこまで行っても辿り着かない地平線。
空は灰色で、雲も流れない。
時間が、凍っている。
前方に、三つの光が浮かび上がった。
ひとつは、眩しいほどに整った光。
ひとつは、荒々しく脈動する光。
そして、淡く、不安定に揺れる光。
言葉が、直接脳裏に流れ込む。
選べ。
勇者として立つか。
力として使われるか。
ただの人間として、前に出るか。
ライナは、剣を握り締めた。
最初に目を向けたのは、眩しい光。
触れた瞬間、視界が変わった。
民衆がいる。
祈りがある。
「勇者様」と呼ぶ声。
自分は迷わない。
間違えない。
常に正解を選ぶ。
楽だ。
失敗しない。
後悔もしない。
だが。
仲間の顔が、ぼやけている。
ルミナも、リリスも、「仲間」という役割の記号に変わっていく。
(・・・違う。俺は勇者と呼ばれたいわけじゃない)
手を離した。
次に、荒々しい光。
触れた瞬間、世界が震えた。
力が、溢れる。
剣を振れば、山が割れる。
グラネシスと完全に同調し、神竜の視点が流れ込んでくる。
敵も、恐怖も、些細なものになる。
勝てる。
魔王を、確実に倒せる。
だが。
心の奥が、冷えていく。
怒りも、喜びも、“不要なノイズ”として削られていく。
勇者としてではなくただの破壊者として君臨する。
(・・・これも、違う。魔王に勝てても俺が俺で無いと意味がない)
最後に、淡い光。
触れた瞬間、何も起きなかった。
力も増えない。
景色も変わらない。
ただ、胸が重くなる。
失敗する未来。
魔王に届かない未来。
誰かを失う未来。
全部、見える。
(怖いな・・・)
それでも。
ライナは、剣を地面に突き立てた。
「・・・俺は」
声が、少し震える。
「勇者じゃなくてもいい。力がなくてもいい。弱いままでも、前に立つ。でも誰も失わせない」
誰にも聞こえない場所で、言い切った。
「後悔も、恐怖も、全部背負って俺として勇者ライナ・ヴァルグレアスじゃなく、
一人の剣士ライナ・ヴァルグレアスとして行く」
淡い光が、静かに広がる。
グラネシスが、かすかに肯いた。
ルミナ
白い書庫に、彼女はいた。
無限に続く本棚。
だが、どの本にも文字はない。
「・・・何も、書いてない」
それはつまり、未来が未記述だということ。
空間に、三つの円陣が浮かぶ。
一つは、整然とした導線の魔術陣。
一つは、巨大で、圧倒的な魔力炉。
一つは、歪で、不安定な陣。
声が、静かに告げる。
導く者になるか。
支える力になるか。
隣に立つ者になるか。
ルミナは、杖を見下ろした。
(私は、魔術師)
整然とした導線の魔術陣に触れる。
世界が、俯瞰図になる。
全員の位置が分かる。
最適解が見える。
誰を助け、誰を切り捨てればいいかも。
正しい。
でも。
ライナが、矢印の一つになる。
リリスも、記号になる。
(・・・それは、嫌)
手を引いた。
次に魔力炉。
触れた瞬間、魔力が暴流になる。
世界を覆う支援魔術。
誰も死なせない可能性。
理想。
でも。
歌が聞こえない。
誰かの声が、届かない。
守れても、「一緒にいる」感覚がない。
(・・・違う。こんなの望んでない)
最後に、歪な陣。
不安定で、脆い。
失敗すれば、誰も救えない。
(怖い)
ルミナは、深呼吸した。
杖を、胸の前で抱く。
「・・・それでも」
小さく、しかしはっきり。
「私は、隣に立つ」
「導けなくてもいい。守れなくてもいい」
「それでも一緒に悩む魔術師でいる」
歪な陣が、穏やかに安定する。
白紙の本棚に、一冊だけ、文字が浮かび始めた。
リリス
舞台の上だった。
客席はない。
拍手もない。
ただ、スポットライトだけが当たっている。
三つの旋律が、空間に浮かぶ。
完璧に整えられた、希望の旋律。
音そのものになる、絶対の旋律。
かすれ、震える、人の旋律。
声が、問う。
象徴になるか。
概念になるか。
壊れ得る歌い手でいるか。
リリスは、竪琴に触れた。
希望の旋律。
触れた瞬間、歓声が響く。
誰かを勇気づける。
誰かを救う。
だが、自分の声ではない。
“期待される歌”だけが、残る。
(・・・違う。リリスはただ歌いたいだけじゃないです)
絶対の旋律。
触れた瞬間、音と自分の境界が消える。
完璧。
無敵。
だが、もう歌えない。
音そのものには、感情がない。
(論外です・・・)
最後に、かすれた旋律。
触れた瞬間、自分の過去が流れ込む。
ギルデッド・スターズ。
冷たい判断。
血と沈黙。
(・・・それでも)
リリスは、竪琴を構えた。
小さく、歌う。
完璧じゃない。
震えている。
「リリスは・・・」
声が、確かに“人”のものだった。
「認めてもらえないかもしれない、壊れるかもしれない歌い手でいい」
「それでも歌うことを、やめない」
旋律が、舞台を満たす。
拍手はない。
だが確かな“響き”が残った。
三つの世界が重なり、三人は同じ場所に立つ。
誰も、何を選んだかは言わない。
だが。
全員が、同じ“在り方”を選んだことだけは分かる。
アドゥ=ラグナスが告げる。
「最終試練・・・通過」
「理由は違えど、選んだ在り方は同じ」
「それでいい」
世界が、動き出す。




