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85.魔王グラン・ディアヴォルス

空は、まだ泣いていた。


混沌竜が消え去った後も、裂けた雲間から黒い瘴気が垂れ、崩壊した街は静まり返っている。


勝利の余韻など、どこにもない。


あるのは、力尽き倒れ伏す者たちと、立っているだけで奇跡のようなライナの姿だけだった。


その時、空間が、音もなく歪んだ。


魔王グラン・ディアヴォルスの背後に、三つの気配が立ち上がる。


いや、「現れた」というより、“最初からそこにいた”かのように自然に。


ギルデッド・スターズ。


魔王に忠義を誓い、世界を恐怖に陥れる奈落の星徒。


最初に一歩前へ出たのは、セレネア・ヴェイグ。


月光のような銀髪が風に揺れ、微笑みは優雅で、しかしその瞳は氷よりも冷たい。


女神のような気配を纏いながら、彼女は魔王に向かい、軽く膝を折った。


「素晴らしいですわ、魔王様。混沌竜すら糧とするその御業……まさに“王”に相応しい」


続いて、低身低頭しているのは、ゾーク・アルヴェン。


大盾と戦鎚を持ち全身を呪いの鎧で固めている。


「見事でございます。混沌竜を喰らうその御姿。まさに、魔王。我が仕える理由がまた一つ増えました」


最後に、影から滑り出るように姿を見せたのは、ヴァルゼル・クラティス。


細身の体、鋭利な眼差し。


彼は言葉少なに、だが確かな敬意を込めて頭を下げた。


「力は完全に同化しています。混沌竜の反抗、残滓、暴走……いずれも観測されず。……理想的です」


三人の賛辞を受けるが、魔王は眉ひとつ動かさなかった。


「そうか」


それだけ。


だが、その一言には世界を肯定する重みがあった。


セレネアが、ふと視線を地上へ落とす。


倒れ伏すカイル、フェリア、シリウス。


支え合うルミナとリリス。


そして立っているのがやっとのライナ。


「……ですが」


彼女は柔らかく微笑んだまま言う。


「この者たちを生かしておく理由は、もうありませんわ。めでたい日ですもの。最後に華を添えましょうか?」


ゾークは戦鎚を片手で持ち上げ構える。


「魔王様の障害になる者は全て排除する」


ヴァルゼルは興味がなさそうにライナ達を一瞥する。


その瞬間。


魔王が、わずかに眉を動かした。


「……放っておけ」


その声は低く、短く、だが絶対だった。


三人が魔王に顔を向ける。


セレネアは一瞬だけ驚いたように目を見開き、すぐに微笑を深める。


「……御心のままに」


ゾークは戦鎚を立てる。


「御意」


ヴァルゼルは何も言わず、ただ一礼した。


魔王は、地上のライナを見下ろした。


その視線は、憐れみでも侮蔑でもない。


単純にライナ達がどうなろうと興味がないのだ。


「行くぞ・・・」


次の瞬間、魔王とギルデッド・スターズの姿は、黒い光と共に消え去った。


嵐が去った後のような静寂。


誰も、すぐには動けなかった。


ライナ達の胸に残るのは圧倒的な敗北感。


混沌竜にもトドメを刺せなかった。


魔王が来なければ自分達は間違いなく死んでいた。


その魔王にも見逃された。


魔王にとって自分達は敵ですらないと突きつけられてる気分だった。


リリスは唇を噛み、竪琴を抱き締める。


ルミナは震える手で仲間を支えながら、空を見上げた。


こうして戦いは終わる。


勝者の凱歌もなく、敗者の死もなく。


ただ、釈然としない沈黙だけを残して。


瓦礫の街に、ようやく“人の気配”が戻ってきたのは、魔王とギルデッド・スターズが姿を消してから、しばらく経ってからだった。


避難していた民が、恐る恐る姿を現す。


王達を守るため地下に残っていた衛兵たちが、走るように戦場へと向かってくる。


「生存者だ!」


「こちらに重傷者がいる!」


呼び声と共に、治癒術師たちが膝をつき、次々と光を灯す。


カイル、フェリア、シリウスは傷は深かったが、致命ではなかった。


「・・・ったく、派手にやりすぎだろ」


カイルが苦笑しながら目を覚ます頃には、すでに血は止まり、骨も繋がっていた。


フェリアは包帯越しに胸を押さえ、


「まだ、戦えるよ・・・」


と呟いたが、術師に額を軽く叩かれる。


「今は休め。もう十分だ。脅威は去った」


シリウスもまた、静かに目を閉じ直し、


「・・・守れたのなら、それでいい」


と一言だけ残した。


三人は一日も経たぬうちに快癒し、歩けるまでに回復する。


だがライナ、ルミナ、リリスは違った。


ライナの身体は、力の反動で内部から壊れかけていた。


魔力の循環は乱れ、筋肉も、骨も、限界を超えて酷使されている。


ルミナは防御と回復を同時に担い続けた代償で、生命力そのものが削れていた。


リリスは音の障壁と精霊竪琴の覚醒によって、魂の奥深くまで消耗していた。


「・・・これは、眠らせるしかありません」


治癒師が、重く首を振る。


三人は、三日間、目を覚まさなかった。


最初に目を開けたのは、ライナだった。


天井の石造りが、ゆっくりと視界に戻る。


体を動かそうとして、微かな痛みが全身を走った。


「・・・生きて、るな・・・」


隣の寝台では、ルミナが浅い呼吸をしている。


そのさらに向こうで、リリスが竪琴を胸に抱いたまま眠っていた。


三人は同じ時間に目覚め、その後さらに二日間、徹底した安静を命じられる。


そして五日目。


王達が集う、比較的被害の少なかった聖堂へと招集された。


白い柱が並ぶ聖堂の中央。


王達は円卓を囲み、厳かな空気の中で三人を迎えた。


「勇者ライナ」


「ルミナ」


「リリス」


アルヴァレストの王が、深く頭を下げる。


「そなたたちの働きにより、我々は生き延びることができた。街は大きな被害を受けたが、王と民が守られたのは、間違いなく三人のおかげだ」


続く王達も、次々と感謝と称賛の言葉を述べる。


だがライナの表情は、どこか晴れない。


拳は膝の上で握られ、視線は床へ落ちていた。


(……勝った、とは言えない)


混沌竜に勝てなかった。


魔王は去った。


世界の脅威は、何一つ終わっていない。


その様子に気づいたアルヴァレストの王が、静かに視線をリリスへ向けた。


「そしてリリス・アーディア」


聖堂の空気が、わずかに張り詰める。


「そなたが混沌竜の猛攻を食い止め、我々が退く時間を稼いでくれたこと、確かに見届けた」


リリスは、ゆっくりと一歩前に出た。


指先が、わずかに震えている。


「その功績を鑑み、決定した」


王は、はっきりと告げる。


「魔王を倒すまでの間、そなたに猶予を与える」


ざわめきが起こる。


「魔王討伐が果たされた後の処遇についてはその時、改めて協議する」


リリスは、一瞬、言葉を失った。


ギルデッド・スターズ。


かつて人に刃を向けた存在。


それでも今は、信じられた。


リリスは、その場に膝をつき、深く、深く頭を下げた。


「・・・ありがとうございます」


声は震えていたが、確かだった。


「リリスは……これ以上、逃げません。魔王グラン・ディアヴォルスを倒すその時まで全身全霊で、戦い抜きます」


竪琴を強く抱きしめ、顔を上げる。


その瞳には、迷いはない。


ルミナは静かに微笑み、ライナは、少しだけ表情を緩めた。


まだ終わっていない。


だが戦う理由は、はっきりとここにある。


聖堂に差し込む光が、三人を静かに照らしていた。

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