84.乱入
ライナは終わったと思い、大の字に倒れた。
「もう無理だ!!全部使い切ったぞ」
『よくやった。まさかヴェル=ナーガを・・・っ!!立て!!ライナ』
グラウ=ネザルの叫び声にライナは慌てて立ち上がるが、肩を光が貫いた。
「ぐあああああああ!!」
ライナは貫かれた肩を押さえ、光が飛んできた方向を睨んだ。
爆煙が徐々に晴れ、混沌竜の姿が露わになった。
黒く焼け焦げた鱗の間から、深紅の光が明滅している。
その呼吸は弱いがまだ死んでいない。
「嘘?・・・まだ、生きてる・・・ッ」
ルミナが肩で息をしながら睨む。
リリスも傷だらけの姿で、震える竪琴を握りしめ、声を漏らした。
「しつこすぎですぅ・・・。でも今なら・・・リリス達でも・・・倒せる・・・はず」
ふたりは同時に前へ飛び出す。
その眼差しには迷いはなかった。
ライナを守るため。
街を守るため。
これで終わらせるその決意だけ。
だが。
『ガアァァァアアアアアアアアッ!!!』
死を拒むように、混沌竜の身体から再び黒い魔性が噴き上がった。
弱り切っているはずの身体が、最後の殺意だけを燃料に振り上げられる。
巨大な尾がしなり牙を剥き次の瞬間、二人の身体が弾き飛ばされた。
「ッ、ぐっ!!」
「きゃ――!!」
骨が軋む音がして、ルミナの身体が瓦礫に叩きつけられる。
リリスは竪琴を抱いたまま地面を転がり、土埃の中でか細い声を漏らした。
立てない。
もう攻撃できる状態ではない。
混沌竜が首を持ち上げる。
目に宿るのは憎悪だけ。
弱っていながらも、その一撃は致命になる。
そして尾が二人へと再び振り下ろされる。
「させるかァァァァァッ!!!」
間に飛び込んだ三つの影。
カイル。
フェリア。
シリウス。
剣を構え、身体を張り、全てを投げ打って衝撃を受け止めた。
轟音。
血飛沫。
三人の足元が砕け衝撃が全身を引き裂く。
「ぐ・・・ああああああ・・・ッ!!」
カイルの膝が沈む。
「フェリア!!」
「大丈夫だよ・・・守らないと・・・!」
フェリアは双剣で地面を突き、必死に踏み留まる。
シリウスは歯を食いしばり、腕が千切れんばかりに押し返す。
「仲間を・・・守るのが・・・剣士だろ・・・ッ!!!」
だが次の瞬間、三人の身体が同時に崩れ落ちた。
瓦礫の上に倒れ、意識が途切れる。
静かに息づかいだけが響く。
ルミナとリリスは呆然と見つめた。
彼らが、自分たちを守って倒れた。
混沌竜はまだ動く。
まだ生きている。
だが・・・。
ライナは立てない。
ルミナは立てない。
リリスも立てない。
仲間達は気を失っている。
勝利の余韻など、どこにもない。
まだ終わっていない。
ただ残酷な現実だけがそこにあった。
瓦礫の上で、ライナは唇を震わせた。
「みんな・・・どうして・・・」
視界が滲む。
呼吸が苦しい。
身体が動かない。
混沌竜が地響きを起こしながらこちらに迫ってくる。
ライナは必死に立ち上がっていた。
限界を超えた身体は、もう支えすら効かない。
視界は白く霞み、耳鳴りが鼓動を飲み込み、何も聞こえない。
ただ、倒れている仲間たちの姿だけが脚元に広がっていた。
(守らないと)
(立たないと・・・)
(負けられない・・・)
そう思うのに、足は震えるばかり。
剣を振るどころか、呼吸すら浅く崩れていく。
混沌竜の影が覆い被さる。
巨大な拳が空をふるわせ圧倒的な殺意が迫る。
「やめ・・・っ、ろ・・・ッ!!!」
ライナの叫びは掠れて空気に溶けた。
次の瞬間・・・。
ズドォォォォォンッ!!!!
「この時を待っていた・・・」
謎の声と共に空気そのものが爆ぜた。
衝撃と光の奔流が混沌竜の胴体を斜めに貫いたのだ。
黒い鱗が砕け飛び、巨体がのけぞる。
混沌竜の振り下ろした腕が地面に激突し、瓦礫と爆風が撒き散る。
ライナは目を見開いた。
いや、見開かざるを得なかった。
混沌竜が振り返っていた。
その眼光は混沌そのもの。
怒りと憎悪の形をした巨大な影が、暗闇の奥を見据えていた。
『何者だ・・・ッ?』
竜の喉奥から低い響きが漏れた。
瓦礫の間に、ひとつの影が立っていた。
赤黒い魔力が渦巻く。
その存在だけで地面が震える。
混沌竜を貫いた魔力の閃光が消え去り、静寂が戻る。
だが、その静けさは希望ではなく不吉な告知だった。
瓦礫と血煙の向こうから歩み出た男。
漆黒の外套を引きずり、足元に黒い魔光を滲ませながら。
リリスは倒れながらもその姿を見て身体が震え上がった。
「魔王グラン・ディアヴォルス・・・」
その瞳は冷たく輝き、見る者すべてを切り捨てるような残酷な光を宿していた。
優しさも慈悲も、そこには微塵もない。
混沌竜は吼えた。
怒りでも恐怖でもなく、本能的な拒絶だった。
『貴様あああああああああ!!!』
魔王は涼しげな表情で無造作に手を掲げた。
途端、混沌竜の巨体を走る血が逆流し始める。
砕けた鱗の隙間から黒い炎が噴き出し、竜の体内を焼き尽くす。
「混沌竜、まだ死ぬでないぞ」
その一言が凍りつくほど冷たい。
命を命と思わぬ声音。
魔王は混沌竜を助けに来たのではない。
混沌竜を壊すためでもない。
利用し、奪い、支配するために来たのだ。
ライナの血が逆流した。
握りしめた拳が震える。
「・・・なんで・・・今ここに来たんだ・・・ッ!?何を!!」
魔王の視線がライナへ向く。
ぞくり、と背骨が抜け落ちたかのような感覚。
「勇者、混沌竜をよくここまで追い詰めてくれた」
ライナの目が見開かれる。
魔王はライナを見おろす。
ゆっくりと。
凶悪に。
「礼を言う」
ライナの喉がつまる。
呼吸が震える。
魔王は地面に転がるルミナとリリスを見やり、口角を上げた。
「褒美に後始末は私がしてやろう」
漆黒の魔力が魔王の掌で渦を巻いた。
それは温度も色も感じられないただの絶望。
ライナは叫び声ひとつあげられない。
全身が限界を超え、立っているのが奇跡だった。
魔王は静かに宣言する。
「混沌竜よ。その命、私に与えろ」
その瞬間、混沌竜の目が再び燃え上がった。
砕けていた肉が、裂けた骨が、黒炎によって無理やり再構築される。
『グオオオオオオオオオッッ!!!!』
混沌竜は再起し、魔王に襲いかかる。
だが魔王はそんな混沌竜を片手で楽々と止めた。
ライナは呆然とその光景を見上げ理解した。
混沌竜が可愛く思えるほどの最悪の悪だ。
世界を破壊する核心そのものだ。
魔王は視線を上げ混沌竜に冷たく告げた。
「黙れ」
世界が硬直した。
混沌竜の咆哮さえ空気に溶け、音が消える。
魔王は核に指を沈め喰らうように口元へ引き寄せ吸い込んだ。
黒い光が魔王の中へと滝のように流れ込む。
混沌竜の肉体は内側から崩壊を始める。
骨が黒炎に浸食され、鱗が砕け、翼が崩れ落ち、魂そのものが悲鳴を上げながら引き裂かれていった。
『グガァァアア――――!!!』
巨体が溶けるように煙となり、魔王の身体へと吸い込まれていく。
魔王は静かに目を開けた。
竜の瞳と、悪魔の瞳が重なり世界最悪の生命体 が誕生した。
「これで完成だ」
声が響いた瞬間、ライナ達の身体が耐えきれず沈んだ。
ライナはかろうじて言葉を押し出した。
「な・・・にを・・・した・・・」
魔王は笑う。
「混沌竜を喰らい、その力と魂を取り込んだ」
そして恐ろしいほど優しく囁く。
「世界の終焉は近い」




