81.リリスの覚悟と覚醒
最後の混沌の使徒ヴァルターを取り込んだ混沌竜ヴェル=ナーガの力の前に一時は押していたライナ達は再び危機に直面していた。
混沌竜の攻撃を止められないライナ達は街の被害を最小限にするために奮闘するが、防ぎきれない混沌竜の攻撃が街を次々と破壊し火の海にしていく。
住民達の避難はほぼ完了してるので人的被害は少ないが街の被害は甚大だった。
(くそっ!!あと一歩だったかもしれないのに、力を手に入れて驕ってしまった。俺のミスだ)
ライナは混沌竜に攻撃を仕掛けるが弾かれる。
(進行を止められない!!このままじゃあここら辺一体が焼け野原になっちゃう)
ルミナは魔術障壁で攻撃の軌道を逸らす。
(避難は完了してるみたいですけど・・・っ!!)
リリスが目にしたのは白亜円形聖場。そこの中に各国の王達がまだ残っていた。
「正気ですか!?まだあそこに残ってるなんて」
リリスは急いで王達に逃げろと伝える為に向かった。
リリスの行動に混沌竜が首を向ける。
視線の先には無傷の白亜円形聖場。
強力な結界が張り巡らされてるのを確認する混沌竜。
混沌竜の胸部、銀色の核が脈動する。
そこに集束していくのは、街を一撃で消し飛ばしたのと同質の古代魔術。
「狙いは・・・聖場だ!!」
ライナが叫ぶより早く、ヴェル=ナーガの顎が開いた。
空気が“沈黙”する。
音が消え、光が引き延ばされ、世界が次の瞬間を拒む。
「逃げるですぅ!!」
リリスは叫びながら、王達と聖場の前へ躍り出た。
竪琴を抱え、息を吸い、歌う。
それは旋律というより、祈りに近い一節。
《響界守歌》
音が“面”となって広がり、幾重にも折り重なった透明な障壁が聖場を包む。
次の瞬間。
ゴォォォォォォ――ッ!!
混沌竜の砲撃が直撃した。
音の障壁が、衝撃を受け止め、悲鳴のような共鳴音を上げる。
王達はその様子に立ち尽くしていた。
「何ボサっとしてるですかぁ!!長くは保たないですぅ!!」
リリスは一人で必死に混沌竜の攻撃を食い止める。
「退け! 全員、地下回廊へ!」
「早くしろ!!」
ようやく王達が護衛と共に逃げ始めた。
リリスの足元が沈む。
衝撃が、音を通して“体そのもの”に流れ込んでくる。
「・・・っ、まだ・・・!」
リリスは声を張り上げ、旋律を重ねる。
音は本来、流れるもの。留めるものではない。
それを“盾”として固定する行為そのものが、リリスの喉と肺と魂を削っていく。
二撃目。
混沌竜が砲撃を連射する。
音の障壁に、明確な“ひび”が入る。
「・・・く・・・ッ!」
リリスの膝が、わずかに折れた。
耳鳴りが止まらない。
血の味が喉に広がる。
歌っているはずなのに、自分の声が遠い。
それでも歌を、止めない。
「・・・まだ・・・王達が・・・逃げきるまでは・・・!」
三撃目。
障壁が、押し潰されるように歪む。
リリスの指が震え、竪琴の弦が一本、音を立てて切れた。
「っ・・・!」
一瞬、音が乱れる。
その隙に、混沌竜の圧が流れ込む。
内臓が揺れ、視界が白く飛ぶ。
「リリス!!」
遠くで、ルミナの叫びが聞こえた気がした。
だが、リリスは顔を上げる。
唇から血が滴り落ちても、声は、まだ出る。
「・・・大丈夫・・・まだ・・・歌える・・・」
彼女の背後では、王達が最後の一人まで地下へ消えていく。
それを確認した瞬間、リリスの音が、わずかに、揺らいだ。
混沌竜が、それを見逃すはずもない。
最後の砲撃が、“破壊の意志”を明確に込めて放たれる。
音の障壁が、今度こそ砕け始めた。
「・・・っ・・・あ・・・」
声が、掠れる。
音が、崩れる。
歌が、続かない。
リリスの身体が前のめりに倒れかける。
それでもリリスは、最後まで前に立ったまま、逃げる背中を振り返らなかった。
「・・・間に合った・・・それで・・・いい・・・」
障壁が完全に砕ける、その直前。
リリスの限界が、確実に、訪れていたがここで死んでも悔いはなかった。
音の障壁が、砕け散ろうとした瞬間。
リリスの手から、竪琴が離れ光を放った。
それは突発的な閃光ではない。
ゆっくりと、確かめるように、
七色の光が弦から滲み出し、重なり合っていく。
赤、橙、黄、緑、青、藍、紫。
それぞれが異なる“音”を孕みながら、一つの調和を形作る。
「・・・え・・・?」
リリスの視界が、光に包まれる。
砕けかけていた音の障壁は、彼女の意志とは関係なく再構築され、今度は竪琴そのものを核にして展開された。
混沌竜の砲撃が直撃する。
だが、弾かれた。
破壊の奔流が、七色の音に触れた瞬間、暴力としての意味を失い、霧散する。
「・・・何・・・?」
リリスが呟く。
その胸に、懐かしい感覚が込み上げた。
小さい時から片時も手放した事のなかった竪琴。
歌姫と呼ばれる前からもなった後も、世界に裏切られギルデッド・スターズに成り下がり人々に恐怖を与えていた時も、怒ったり、笑ったり、泣いたり、悲しい時もずっと一緒だった竪琴。
歌うたび、竪琴は何も言わず、ただ音を返してくれた。
否定も、肯定もせず。
逃げたいときも、壊れたいときも、それでも“生きている”証として、音を残してくれた。
そのすべてを、この竪琴は、覚えていた。
七色の光の中心で、“何か”が形を持つ。
音が、意志を持つ。
《・・・もう、十分・・・》
それは言葉ではない。
旋律でもない。
だが、確かにリリスに向けられた想いだった。
《・・・あなたは、歌った・・・泣きながらでも・・・憎まれながらでも・・・》
《・・・だから、今度は・・・私が、あなたを守る・・・》
竪琴の弦が、自ら震える。
リリスの指が触れていないのに、旋律が生まれる。
それは、彼女が一度も歌ったことのない、けれど、彼女そのものの歌。
七色の音が重なり、リリスの周囲に“音の繭”が形成される。
混沌竜の圧も、瘴気も、暴力もそこには、届かない。
リリスは、膝をついた。
戦いの中で初めて、完全に力を抜いた。
「・・・ずっと・・・一緒に・・・いてくれたんだね・・・」
竪琴は答えない。
ただ、優しく、柔らかな音を奏で続ける。
それは赦しではない。
免罪でもない。
それでも、寄り添うことを選んだ音。
王達は、もう安全圏へ退いた。
使命は果たされた。
リリスの絶体絶命は、音によって、覆された。
そして七色に輝く竪琴の覚醒は、混沌竜の注意を、確実に引き寄せていた。
七色の光が、ゆっくりと収束していく。
砕け散っていた戦場の音、爆音、悲鳴、破壊の衝撃が、一瞬だけ、遠のいた。
リリスの前に浮かぶ竪琴は、もはや単なる楽器ではなかった。
弦の一本一本が、呼吸するように脈動し、
音そのものが“生きている”。
《・・・名前を・・・》
リリスの胸に、静かな声が流れ込む。
《私の名前を・・・呼んで・・・》
「・・・名前・・・?ルーン・ミゼリアじゃないんですかぁ?」
《それは・・・表面上の名前・・・真名は違う・・・》
リリスは胸に手を当て目を閉じる。
すると胸の奥に、自然と浮かぶ響きがある。
それは、祈りであり、贖罪であり、それでも消えなかった“歌いたい”という願い。
リリスは、震える声で、それを口にした。
「エリオディア・・・」
その瞬間。
七色の光が、歓喜するように爆ぜた。
《・・・そう・・・それが・・・私の真名・・・》
《・・・精霊竪琴・・・》
音が、確かな存在として、世界に刻まれる。
《・・・私は・・・あなたの武器ではない・・・》
《・・・あなたの罪を裁く者でもない・・・》
光が、優しくリリスを包む。
《・・・それでも・・・あなたが進むなら・・・》
《・・・歌うなら・・・》
《・・・これからは・・・共に戦う・・・》
リリスの手に、熱が戻る。
いや、それは熱ではない。
“力”だ。
音が、リリスの血流に溶け込み、心臓の鼓動と同期する。
かつて恐怖を与えた歌。
かつて命を奪った旋律。
それらが、否定されることなく昇華されていく。




