80.混沌の使徒の最後
己を知ったライナは”闇”が使っていた力を使いこなせるようになり、混沌竜ヴェル=ナーガとの戦いに挑むのであった。
(オイオイ、イイノカ?セッカク、トジコメレタノニ、ソンナニチカラヲ、ツカエバ、オレガ、マタデテクルゼ?)
ライナの頭の中に”闇”の声が響き渡る。
だがライナは全く動揺していなかった。
「出てくるなら、出てこいよ」
(アァ?)
「お前は俺だ。だったらお前も”使って”やるよ」
(チョウシニ、ノルナヨ。オレガイナキャ、ジブンノチカラニモ、キヅケナカッタ、ハンパモノガ)
「それは否定しない。お前が目覚めなければ俺はこれ以上成長できなかったと思う・・・」
(ソウダ!!ダカラ、マタ、オレニ、ミヲユダネテ、ミテイロ!!)
”闇”が再びライナの体を乗っ取ろうとするがライナはびくともしなかった。
「お前こそこれ以上邪魔するならそこで見てろ!!俺の力を」
ライナは混沌竜に向かっていく。
『無駄だ。さっきは意表を突かれ少々驚いたが、少し強くなったくらいで我は止められんぞ』
混沌竜は巨大な爪でライナを迎え撃つ。
「はああああああ!!」
グラネシスの蒼光は更に増し、混沌竜の爪を切り裂く。
『馬鹿な!!』
混沌竜は明らかに動揺していた。
こんな矮小な人間一人に自分が押し負けるなど想像していなかったのだ。
「私達の事も忘れないでよ!!」
「ライナだけじゃないですぅ!!」
そして上下左右からはルミナとリリスが混沌竜を攻撃する。
痛くも痒くもない攻撃だが、ライナに集中したいところに、こうちょこまかと周りを飛び回られるのが混沌竜は鬱陶しかった。
混沌竜は尾でルミナとリリスを追い払おうとするが、避けられまたすぐ攻撃を再開される。
『虫ケラがああああああ!!』
混沌竜の咆哮が辺り一体に響き渡り建物を破壊していく。
ルミナとリリスは耳を塞ぐ。
「ルミナ、リリス、いいぞ。ヴェル=ナーガの奴、相当イラついてる」
「私達にはただ吼えてるだけにしか聞こえないけどね」
「まあ、あの表情見てたら誰でも分かるですぅ」
混沌竜はルミナとリリスを睨みつけてる。
「俺から目を離していいのか?」
混沌竜がしまったと思いライナの方に振り返るが遅かった。
ライナに背を斬り裂かれ、その場に倒れる。
混沌竜は混乱した。原始竜を除いた他の四竜との戦いの時でさえここまで追い詰められなかった。
不意を突かれやられただけ。
なのに四竜でもない、ただの人間にここまでしてやられるなんて混沌竜は予想してなかった。
少し遊んだ後、圧倒的な力の差を見せ一瞬で終わると思っていた。
『何なのだ、貴様はああああああ!!』
「俺は、この世界を救う為に来た異世界の勇者だ!!」
ライナと混沌竜の戦いはますます激しさを増していく。
その様子を離れた場所で最後の混沌の使徒ヴァルターが見ていた。
「ここまで粘るとは想定外ですね。イルシアとダルガを取り込んで、なお苦戦する。まだ本調子じゃないとしてもここまでの体たらく。正直がっかりですね」
ヴァルターは大きくため息をつく。
「仕方ありませんね。僕達に道を示してくれた恩は返さないと・・・」
ヴァルターは混沌竜の横に瞬間移動した。
ライナの攻撃が止まった。
「混沌竜。あなたはまだ完全じゃない。まだ欠けた”ピース”があるんじゃないかい?」
混沌竜はヴァルターを横目で見る。
「僕を取り込めばその欠けたピースは埋まるんだろ?いいよ僕達が持っていた力は元々あなたのものだ。返すよ。だから必ず世界を混沌に沈めてくれ!!」
ヴァルターは両手を混沌竜に広げる。
「そんな事させるかよ」
ライナは止めに入ろうとしたが遅かった。
「さぁ。取り込め。あなたの“始まり”をくれてやる」
混沌竜の瞳が爛々と光り、世界が震える。
巨口が開き、黒い渦がアザルを包み込む。
「はははは!!お別れです。ライナ・ヴァルグレアス。僕は混沌竜の眼からこの世界の行く末を見させていただきますね」
ヴァルターは高笑いしながらその体を闇へ捧げた。
ヴァルターが飲み込まれた瞬間、混沌竜の体躯が震え、内部から異質な光が溢れ始める。
竜が絶叫し、四肢が膨れ上がり、黒い鱗が次々とはがれ落ちる。
翼は更に巨大化し、まるで空間そのものを切り裂く刃のように歪む。
背からは禍々しい骨質の突起が幾つも伸び、胸の中心には銀色の核のようなものが露出し脈動を始めた。
ルミナが息を呑む。
「・・・ヴァルターの魔力反応・・・!混ざってる・・・!」
リリスも顔を青ざめさせる。
「まずいですぅ。混沌の“核”に新たな器が加わって・・・奴の存在位階が一段、跳ね上がったですぅ」
混沌竜は咆哮し、周囲の空間が波打つ。
重力が捻じ曲がり、地形が崩壊し、空に裂け目が走る。
混沌竜・最終形態。
黒い瘴気が竜巻のように周囲を包み込み、今までとはまるで別次元の“圧”が戦場を満たした。
最終形態となった混沌竜ヴェル=ナーガが、空を支配するように翼を広げた瞬間、
戦場全体に、異様な“引力”が生まれた。
リリスの耳に、聞いたことのない音が走る。
それは風でも魔力でもない、“何かが引き剥がされていく”不快な音。
「・・・来る・・・!ルミナ、これ・・・“奪い返してる”・・・!」
混沌の使徒達が残した痕跡。
ヴァルター、イルシア、ダルガへと貸し与えられていた古代魔術の契約回路が、遠隔から強制的に引き剥がされる。
空間の彼方から、光とも闇ともつかない“歪んだ魔術式”が流星のように吸い寄せられていく。
混沌竜の胸部、銀色の核へと、次々に“戻っていく”。
ルミナが青ざめた。
「古代魔術・・・戻してる・・・!あれ全部・・・元々、あいつの力だった・・・!だから混沌の使徒達は代償なく使ってたのね」
竜が低く唸ると同時に、存在の“格”がさらに跳ね上がった。
混沌竜は何かを狙うでもなく、ただ片翼を振った。
それだけで。
ゴォォォォ――ッ!!
圧縮された瘴気の暴風が街へ流れ込み、建物が、塔が、石畳が、“削り取られる”ように消失していく。
爆発ではない。
破壊ですらない。
存在ごと、剥ぎ取られる。
「嘘・・・街が・・・」
ルミナの声が震える。
悲鳴が、遅れて押し寄せる。
瓦礫の中から、人々の叫びが空へ溶ける。
混沌竜は無感情に首を巡らせ、次の一撃を準備する。
「・・・くそッ!!」
ライナが飛び出し、解放状態の力を全開にして斬りかかる。
グラネシスの蒼光が閃き、確かに、斬撃は届いている。
だが通らない。
刃が、竜の鱗の手前で弾かれる。
空間そのものが拒絶しているようだった。
「・・・っ!?さっきまでは・・・確かに・・・!」
暴走を超えた覚醒状態。
先ほどまでは、互角・・・いや、押し始めていたはず。
だが今、混沌竜の“存在位階”が、明らかに別物になっている。
竜が顎を開き、古代魔術が起動する。
『奈落墜星』
空が完全に暗転し、星の代わりに黒い亀裂が瞬く。
次の瞬間、大量の星片が雨の如く降り注ぐ。
ライナは咄嗟に剣を構え、巨大な魔術障壁を張る。
街をこれ以上破壊させない為には防ぐしか、できない。
それでも防ぎきれず衝撃で体が吹き飛ばされ、瓦礫に叩きつけられる。
「ライナ!!」
リリスが叫び、音の障壁をすぐさま展開する。
だが、それすら容易く貫かれる。
混沌竜は動かない。
ただ、古代魔術を“垂れ流す”だけで、戦場は崩壊していく。
ライナは立ち上がるが、息が荒く、足が震える。
「・・・また、かよ・・・やっと、届いたと思ったのに・・・!」
再び、圧倒的な壁。
暴走でもなく、覚醒でも越えられない、“絶対的な格差”。
ルミナも必死に結界を何度も張り直しながら、歯を食いしばる。
「このままじゃ・・・街が・・・人が・・・!」
リリスは唇を噛み、音の震えから混沌竜の動きを読み取ろうとするが・・・。
「・・・ダメ・・・音が・・めちゃくちゃですぅ・・・。もう・・・隙が、聞こえない・・・」
混沌竜がゆっくりと頭を下げ、次の破壊を告げる咆哮を放つ。
完全に、主導権を奪われた。
ライナは剣を握り締め、震える声で呟く。
「・・・それでも・・・ここで・・・引くわけには・・・いかない・・・」
崩れ落ちる街を背に、三人は再び、絶望的な防戦へと追い込まれていく。




