70.VS混沌の使徒
イグナスを襲撃してきた混沌の使徒。
各国の猛者達がそれぞれに戦いを挑む。
シリウスが剣を構える。
「各国の王達を守れ!!深淵の胎に近づくな! 全員、後方で結界を張れ!」
カイルはルミナの肩を押し下げる。
「ルミナ、前に出るな!あれは・・・無理だ!」
フェリアは悔しそうに歯を噛む。
「くそ・・・!何もできないなんて・・・!」
リリスは竪琴を震わせながら呟く。
「……ライナ、どうするですか!?このまま手をこまねいていても、イグナスが壊滅するだけですぅ!!」
ライナはグラネシスの柄に手を置き、深く息を吸って前を見据える。
「・・・ああ。絶対に・・・孵させるわけにはいかない」
三人の眼が、暗く脈打つ繭へと向けられる。
深淵の胎が鼓動する。
――ドゥン・・・ドゥン・・・ッ!
その振動が大地を震わせた瞬間、繭の表面に裂け目が走った。
「な・・・ひびが・・・!?」
アルヴァレスト王が深淵の胎を見上げる
イルシアが楽しげに囁く。
「ええ、産まれてくるわ。“深淵の瘴気から生まれた最初の子達”よ」
次の瞬間――
バシャァァァァァッ!!
黒い瘴気が噴き出し、霧のように空中へ広がった。
その濃霧の中で、影が蠢く。
膨れ上がり、形を帯び、ねじれ、歪む。
そして魔物が“落ちてきた”。
四肢が逆関節に折れ曲がった獣。
蜘蛛の胴体に狼の頭を持つ異形。
翼が腐り落ちた人型の影法師。
瘴気をまとった骨の巨兵。
目の無い飛行生物が甲高い音を上げて群れ飛ぶ。
落下音、咆哮、地響き――
イグナスの大通りは一瞬で阿鼻叫喚の地獄と化した。
「いやああああッ!!」
「こっちに来るなぁぁぁ!!」
「逃げろッ! 早く逃げろォ!!」
魔物の群れは瘴気を撒き散らしながら暴れ回り、近くの市民に襲いかかった。
イグナス警備隊の隊長が剣を振り上げ、叫ぶ。
「全隊員、持ち場に散れッ!住民を後方へ誘導しろ!!第一隊は魔物の進行妨害、第二隊は王族の護衛に回れ!!」
「アルヴァレスト隊、私に続け!!盾を構えろ!市民を先に逃がせ!」
シリウスの白銀の剣が巨大な獣の突進を受け止める。
鉄と肉のぶつかる鈍い音が響くが、彼は一歩も退かない。
「隙を見せるな!次が来るぞ!!」
背後ではアルヴァレスト騎士達が市民を抱えて逃がした。
「魔術障壁!!」
カイルが風の球体が展開し、逃げ遅れた子供達を包んで守る。
その上から飛来したコウモリ型魔物を、カイルが素早く詠唱し撃ち落とす。
「まだ来る・・・ッ!一体どれだけいるんだよ・・・!」
フェリアは剣に魔術を込め、市民を背に立つ。
「退がって!今のうちに通って!!」
剣に宿した炎が赤く弧を描き、
蜘蛛型の魔物の足を焼き切る。
「来るなら来い!こっちは絶対引かないよ!」
イグナスの部隊とドボルの部隊は必死に市民に呼びかける。
「老人を連れてけ!急げ!」
「後方通路はまだ生きてる!」
「化け物共を近づけるなッ!!」
彼らは必死に戦いながら、一人でも多くの民を安全地帯へ運び出していた。
瘴気は魔物達には何ともなく、人間は近寄れない。
その間にも深淵の胎を中心に広がる“瘴気の濃度”が、刻一刻と増していく。
倒した魔物から吹き出す黒煙。
瘴気を吸い込んだ兵士が次々と倒れていく。
「ぐっ・・・うぉ・・・!息が・・・ッ!」
「こ、これは・・・毒・・・なのか・・・!?」
カイルが叫ぶ。
「これ・・・魔術で浄化できるレベルじゃない・・・!」
「瘴気が濃すぎて、魔力が逆流してくる・・・!」
フェリアの額にも汗が滲む。
「・・・深淵の胎から“生まれた魔物”だけが平気で動けるみたい・・・!」
リリスの瞳がわずかに震えた。
「瘴気が・・・魔物達の栄養なんだ。このままだと・・・街全体が・・・!」
避難路が確保され、人々が流れ込む後方。
その手前で、護衛たちは命を賭けて魔物の群れを食い止めていた。
だが、瘴気はどんどん濃くなり、護衛たちの顔色は悪くなる。
「もう・・・もたない・・・!」
「このままじゃ全滅する・・・!」
そんな中、ライナは一歩前へ出て、深淵の胎を見据える。
「・・・あの繭は、俺達じゃないと止められない」
リリスが竪琴を抱き直し、その瞳に決意の光を宿す。
「・・・そうだけど、どうするつもりです!?」
ルミナも杖を握りしめる。
「突破方があるんでしょ!!」
ライナは無言で頷き、神竜剣を見る。
すると、神竜剣が光り輝く。
それを見て他の二人も歩みを進めると、護衛達は道を開けるように後退した。
シリウスが短く言う。
「・・・頼んだ。我々では・・・どうしようもない」
周囲の護衛達は、彼ら三人に希望を託すように深く頷いた。
瘴気が街の大通りを覆い尽くす中、ライナは前へ進むたびに呼吸を荒げていた。
(・・・重い・・・!この瘴気、普通なら一歩も動けないが・・・)
だがその手に握る神竜剣グラネシスが淡い光を帯びている。
最初は白銀のきらめき。
次に蒼の灯り。
最後に、まばゆい黄金の輝きへ変わる。
すると周囲の瘴気が、焼き払われるように消えていく。
「・・・光だ!瘴気が・・・浄化されてる・・・!」
ルミナが目を見開く。
「ライナの剣が、瘴気を拒絶してる・・・!」
リリスは震える声で呟いた。
「まさか・・・深淵の胎に対抗できるのって、この世界で“神竜剣”だけ・・・?」
ライナは剣を握り直し、一歩また一歩と進む。
光が瘴気を押し返し、三人の前に細い“安全の道”を創り出す。
護衛達では決して踏み込めなかった領域、深淵の胎の目前へと迫る。
深淵の胎は目前、黒い繭は、先ほどより鼓動を強めていた。
――ズゥン・・・ズゥンッッ!!
まるで“生まれよう”とする胎児そのもの。
繭の表面に走る亀裂からは、深淵色の光が漏れ出している。
ルミナが歯を噛みしめる。
「急がないと・・・!あれ、もう・・・孵化の直前・・・!」
リリスも、竪琴を抱えながら頷く。
「このままじゃ、ヴェル=ナーガが・・・!」
ライナが剣を構えた。
「破壊する・・・!今なら、まだ間に合うはずだ!」
三人が一斉に深淵の胎へ駆ける。
その瞬間、空気が冷たく、黒く、ねじ曲がった。
王達の所から瞬時に移動してきた混沌の使徒、三人同時に立ちはだかる。
深淵の胎を守るように、ヴァルター、イルシア、ダルガの三人が現れた。
彼らはまったく瘴気の影響を受けず、むしろ瘴気を纏うほどに平然としている。
黒衣の男が静かに微笑む。
「お初にお目にかかりますライナ・ヴァルグレアス。私は混沌の使徒のリーダーをさせていただいてる
ヴァルター・クロウと申します。少しの間ではございますがお見知りおきを」
頭を下げるヴァルターに対しライナは黙って剣を構える。
「どけ。どかないなら、お前達ごと繭を斬るぞ・・・」
ヴァルターの瞳が細くなる。
「はい、分かりましたという訳にはいかないんですよ・・・」
イルシアはルミナを見る。
「お久しぶりね。少しはやれるようになったのかしら?」
ルミナの手に力が入る。
「イルシア!!私はもう・・・あの頃の私じゃない」
「本当にそうかしら?」
イルシアが妖しく微笑んだ。
「まあ、それなら楽しませてちょうだい」
ダルガがリリスの前に立ちはだかる。
「俺はダルガ・ヴォルンだぜ、チビの歌姫・・・。瘴気にビビって泣きそうじゃねぇか」
リリスは目を細めて竪琴をぐっと抱きしめる。
「バルグロスみたいな奴が来たですねぇ。はぁ〜」
ダルガはにやりと笑い、大地を踏み砕いた。
「そのスカしたツラ、苦痛に歪めてやるぜ」
ライナ一行VS混沌の使徒の戦いが始まる。




