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69.深淵の胎(アビス・ネスト)

議場では、まだリリスの扱いを巡って各国が譲らず、空気は張りつめたまま膠着していた。


「・・・議論は平行線だ」


全員の折衷案がまとまらず、これ以上続けても進まないと判断したイグナス統括官は立ち上がり全員を見た。


「一旦、皆様冷静になり各々の国で持ち帰り、日を改め結論は次会議に・・・」


そのときだ。


ドォォン・・・ッッ!!


議場全体が突き上げられるように揺れた。


床を走る震動。高窓のステンドグラスが震え、天井の魔灯が、大きく揺れる。


緊急警鐘が、都市全域に鳴り響いた。


「な、何だ・・・?」


「イグナスは中立都市のはずだぞ!誰が攻撃を!?」


議場の外からは、人々の悲鳴が押し寄せてきた。


イグナスの衛兵が議場に慌てて入ってきて、王達に説明した。


「突如現れた黒フードを被った謎の三人組がイグナスを襲撃!!現在大通りからこちらに向かって侵攻中です」


「王統聖座会議、真っ只中に襲撃だと!?魔王軍か!!」


アルヴァレスト王の語気が強まる。


「魔王軍だとして、目的は?リリス・アーディアの奪還か・・・それとも抹殺か・・・」


ドボル王が顎髭をさする。


「魔王軍だとして三人並んで来るとは思えんのだが・・・」


ミスティアの老齢の代表が疑問をぶつける。


他の王達もこれまでのギルデッド・スターズは各個人でそれぞれ人々を襲っていた事を知っている。


議場にいる全員は、あいつらは魔王に従っているだけで、仲間意識というのはおそらく皆無だと予想している。


「ルミナが言っておった、”混沌の使徒”とかいう輩かもしれん・・・」


セリフィア王が重い口を開く。


「混沌の使徒?」


「あぁ。ルミナ達から魔王軍以外にもこの世界を脅かそうといている連中がいると先日聞いた」


「なんと・・・」


「ルミナ達の証言から、そやつらは災害級以上の魔物を操れる力を持ち、

尚且つ今は失われし古代魔術を使うらしい」


「古代魔術だと!?」


アルヴァレスト王が信じられんという顔でセリフィア王を見る。


セリフィア王の言葉にミスティアの代表が口を開く。


「その情報は正しいです。数ヶ月前我らの都も、魔王軍の配下、混沌の使徒、災害級の魔物ガルロス=タートラに

襲撃されました。その戦で先代代表エリオス・ヴァルディアは命を散らせました」


その言葉に全員悔しそうに俯いた。


「ですがその後、修練に来ていたセリフィア国のルミナ殿や、こちらのカイル、フェリアで撤退させる事ができました。ついでで失礼とは承知でございますが、あの時はルミナ殿に大変助けられました。お礼を申し上げます」


ミスティアの代表はセリフィア王に向き頭を下げた。


「いや、頭を上げるのだ。我が国の臣民がそちらで少しでもお役に立てたのなら良かった」


「礼など後でしろ!!今イグナスに攻め入ってるのは魔王軍ではなく混沌の使徒なのだな!?」


アルヴァレスト王の問いにセリフィア王は無言で頷いた。


「ならば、心配はいらんだろ!!ここには各国から選りすぐりの者達が集結している。たった三人では手も足もでまい」


「・・・だったら良いのだが」


セリフィア王は一抹の不安を覚え窓から見える煙を眺めるのであった。


白大理石で舗装されたイグナス中央通り。


その真ん中に、三つの影が立っていた。


先頭に立つのは混沌の使徒のリーダー、 ヴァルター・クロウ。


その瞳は猟犬のように鋭く、感情の底が見えない。


隣には女諜報の イルシア・フェイン。


冷たい微笑みを浮かべている。


最後に、筋肉質の戦士 ダルガ・ヴォルン。


全身には黒の呪紋が刻まれている。


だが、人々が息を呑んだのは彼らではなかった。


イルシアの背後、浮遊する“それ”。


高さ三階建ての建物にも匹敵する、巨大な漆黒の繭。


表面は濃紫の瘴気に覆われ、脈打つ度に生物とも機械ともつかない「ドゥクン……ドゥクン……」という音が響く。


ヴァルターが腕を広げると、街全体に黒い風が吹き荒れた。


「さあ、聞かせてやろう。眠る混沌竜《ヴェル=ナーガ》に、人間どもの恐怖と絶望の“子守歌”を」


イルシアが囁く。


「この都市は悲鳴の宝庫・・・。覚醒には十分すぎるわ」


そしてダルガが、繭の前に立ち、不敵に笑いながら地を踏み鳴らした。


「起きろ、深淵の主・・・。暴れてくれよ。俺達のためにもな!」


次の瞬間、黒い繭から、ぞわりと瘴気が溢れ出した。


それは生き物のように地面に広がり、近くに立っていた市民の足に絡みついた途端、

老人は叫び声も上げられず崩れ落ちた。


「ひ、ひぃあああああ!!!」


「やめてくれッ!!」


「助けて誰かッ!」


悲鳴が、街全域を覆い尽くし始める。


深淵の胎の脈動が早まる。


ドスゥン、ドスゥン、ドスゥン!!


ヴァルターが満足げに呟く。


「ほら・・・聞こえているだろう?この大陸を呑み込む“災厄の心臓”が」


繭全体がまるで喜ぶように揺れ、背後の建物の窓ガラスが一斉に砕け散った。


会議場の外に待機していた護衛たち。


ライナ、ルミナ、リリス、

アルヴァレストの騎士団長シリウス、

ドボルのドワーフ達、

ミスティアのカイルとフェリア、

イグナス警備隊などが一斉に顔を上げた。


「・・・なに、この魔力・・・!?」


ルミナの指先が震える。


肌を刺すような圧力。


吐き気を催すほどの瘴気。


フェリアが即座に抜刀したが・・・。


「待て、フェリア!アレは・・・近づいちゃダメだ!」


カイルが叫んだ。


実際、イグナス警備隊が数名突撃したが、黒い瘴気の壁に近づいた瞬間、身体を折って嘔吐し、倒れ込んだ。


「くっ・・・ぐ、おぇぇ・・・ッ!」


「息が・・・でき、な・・・い・・・!」


それほどまでに濃密な“死の空気”だった。


ライナは歯を噛み締めた。


「あれが氷葬竜が言ってた混沌竜か・・・!?」


リリスは竪琴を胸に抱き、青ざめながら呟く。


「まだ、繭なのに・・・この濃度・・・?もし孵化したら街ひとつなんて、簡単に消し飛ぶです」


セリフィア国王をはじめ、アルヴァレスト王、ドボル王、ミスティア王女、そしてイグナス統括官が外へ出る。


王達はその光景を見て、全員が言葉を失った。


漆黒の繭。


街を呑み込む瘴気。


混乱し逃げ惑う民。


そして、三人の“災厄の召喚者”が王達の前に現れる。


ドボル王が吠えた。


「混沌の使徒・・・ッ!!何故ここに!!イグナスを狙う理由はなんだ!!」


ヴァルターは冷たい微笑みを浮かべる。


「我々をご存知でしたか・・・。ルミナ・セレフにお聞きになったのですね。

自己紹介する手間が省けて助かりました。理由?簡単なことですよ、諸王。この世界の秩序を壊す最初の一歩。」


ミスティアの代表が震えながら呟く。


「あの繭で一体何をするつもりじゃ」


イルシアは楽しげに頷いた。


「世界の混沌ですよ。あなたたちの悲鳴が、胎の子にとって最高の目覚ましになりますから。

た〜〜〜っぷり泣いて、私達の悲願を成就させてください」


アザルは高らかに掲げるように両手を広げた。


「さあ、混沌の胎よ。世界を呑み込む“竜の鼓動”を刻め」


繭の奥から、不気味な咆哮めいた震動。


――グォォォ・・・オォォォ・・・!!


建物の壁にヒビが走り、大地が波打つ。


混沌が今、始まろうとしていた。

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