66.セリフィア王国への帰還
ライナ達は氷葬竜イグナ=ヘルヴァルを正気に戻し、混沌の使徒の裏には混沌竜が暗躍してる可能性があると聞かされる。
氷葬竜が消滅し、ノルディアの町長がリリスの事は受け入れられないが、助けてもらったのも事実だという事で、
怪我がある程度治るまでは滞在するのを許可してくれるのであった。
三人の傷は相当深く、一週間経っても安静を言い渡されていた。
ルミナも合間合間で治癒魔術を自分で施すがそれでも、旅を再開するには程遠かった。
ライナが窓の外を見てため息をついた。
「はぁー。俺が一週間以上ベッドから動けないなんて、元の世界の魔王を倒した時でも、ここまでじゃなかったぞ」
ルミナが天井を見つめながら言う。
「体の限界以上の力を使ったって事でしょうね。身体強化の魔術をリリスのも合わせて何重にもかけたしね」
リリスが布団の中から顔だけ出して話す。
「あれだけの高等魔術をかけられて、普通に後遺症もなく喋れてるのが化け物です」
「おい・・・。寝てるだけってのもしんどいな」
三人はそれぞれの寝やすい体勢になり、体を一日でも早く治す事に専念した。
ライナ達が休んでいる頃、混沌の使徒達は次の一手に出ようとしていた。
氷雪に閉ざされた山岳地帯の奥深く
吹き荒れる嵐の音すら届かぬ地下の洞窟があった。
その奥に広がるのは、闇と静寂、そして・・・何かが脈打つような低い鼓動。
壁面には、古代語のルーンが刻まれ、そこから黒紫の光が脈打つたびに、空間そのものが歪んで見えた。
洞窟の中心には巨大な魔法陣。
複雑に絡み合う紋様が生き物のように蠢き、中央には“巨大な黒い卵”のような物が鎮座していた。
「・・・深淵の胎。混沌竜復活の時は近い。氷葬竜はよくやってくれた。
あれで彼らの底は知れた。彼らがこれから異常な速度で成長していったとしても、混沌竜の前には赤子も同然」
ヴァルターはアビス・ネストに触れながら話す。
「でも、良かったの?最期、あの竜正気に戻ってたっぽいけど」
「問題ない。知ったところでどうしようもあるまい」
「まあ邪魔してくるなら、返り討ちにするだけだ!!」
ダルガが拳同士をぶつけ合う。
「いや、勇者の相手ができるのはヴァルターくらいでしょ。私達じゃ無理よ」
イルシアがやれやれと首を振る。
「馬鹿野郎!!あの時より俺達は強くなってるだろうが!!」
「勇者だって強くなってるでしょうが!!」
「ぐぬぬぬ・・・」
ダルガは言い返せずイルシアを睨む。
「不毛な言い争いはよせ。そんな事より始めるぞ!!」
ヴァルターが目を開き、ゆっくりと指先を掲げる。
手の甲には黒い紋章が浮かび上がり、そこから漆黒の光が放たれた。
「深淵よ、眠りより覚めよ。我らが供物、我らが血潮を以て再びこの地に息づけ」
ヴァルターの詠唱に呼応するように、地の底から轟音が響いた。
岩盤が軋み、天井から氷柱が崩れ落ちる。
それでも三人は動じない。
むしろ、ヴァルドの口元には笑みが浮かんでいた。
「フン・・・やっとか。この鼓動、たまらねえな・・・まるで世界そのものが悲鳴を上げてやがる」
ヴァルターは微動だにせず、手にした古びた黒い書を開いた。
ページには血のような古代文字が記されている。
その一節を、淡々と読み上げた。
「『混沌は始まりなり、秩序は終焉なり。深淵の胎、命を喰らい、虚無を産み落とす。』」
魔法陣の中心で、“卵”が鼓動を打つ。
どくん、と一度。
そして二度目には、周囲の空気が重く淀み、吐く息が黒く変わる。
ヴァルター達の足元の氷が音もなく溶け、黒い液体へと変質した。
その液体はゆっくりと魔法陣の溝を伝い、まるで血流のように胎の中心へと集まっていく。
「ヴァルター、魔力の流入が臨界に達するわ」
「問題ない。・・・そのまま流せ。アビス・ネストは、世界の均衡を喰らってこそ“開く”」
その瞬間、イルシアが低く笑う。
「人の文明が何度滅びても、この地は変わらない。歴史とは、ただの反復、私達は“次の時代の選別者”になるのよ」
ヴァルターはその言葉に答えず、黒書を閉じると、右腕の袖をまくり上げた。
そこには禍々しい黒い刻印が刻まれている。
彼はためらいもなく短剣で自らの腕を裂いた。
血が魔法陣に滴り落ちた瞬間、空気が震えた。
大地がうねり、洞窟全体が生き物のように脈打つ。
ヴァルターが叫ぶ。
「来るぞッ!目を開けろ、深淵の胎が!」
爆発にも似た衝撃音。
魔法陣の光が一瞬で暗転し、闇の奔流が天へと噴き上がる。
洞窟の天井が吹き飛び、雪嵐が内部へと吸い込まれていく。
空間が裂け、異界の叫び声のようなノイズが響き渡った。
“ドクン・・・ドクン・・・”
黒い卵が、まるで心臓のように鼓動を打ち続ける。
その表面に走る無数の亀裂の隙間から、黒と紫が混ざり合う瘴気が漏れ出していた。
イルシアがその光景を恍惚の目で見つめる。
「……これが、深淵。混沌の原初が、再び世界に返り、竜が蘇る」
ヴァルターは静かに手を掲げ、闇の中心を見据えた。
「さあ、目覚めよ。深淵の胎。混沌竜を再構築する、新たな心臓として」
ダルガが口笛を吹く。
「ハッ・・・こいつは大層な怪物を起こしちまったもんだな。だが面白くなりそうだ・・・
勇者どもが、どこまで抗えるか」
ヴァルターの瞳がゆっくりと細められた。
「彼らは礎にすぎん。世界を覆う混沌の“苗床”だ」
黒い卵が、完全に開いた。
闇が吹き上がり、氷雪の山々を覆い尽くす。
天を突くような黒い光柱が立ち上った。
「・・・さあ、世界よ。滅びの詩を、もう一度奏でよう」
ノルディアにいるライナ達は更に一週間療養に費やし、ルミナの魔力がほぼ全開になり、ライナとリリスを
一気に治癒し、三人とも完全回復した。
ライナ達は急いで身支度をし、町長に挨拶に行った。
「温情で留まらせていただき、ありがとうございました。ご迷惑をおかけしてすいませんでした」
ライナ達は頭を下げた。
「治ったならさっさと出ていってくれ。その娘がいると近隣に知れたら、この町にもあらぬ噂が立つ」
町長は手でしっしっとしてライナ達を追い出そうとした。
「はい。失礼します」
ライナ達はそれだけ言い、セリフィアを目指し町を出た。
それから数日後、ライナたちは雪原を南へ抜け、セリフィア王国に辿り着いた。
ライナとルミナが出会った場所、そして別れた場所。
そこに三度戻ってきたのだ。
ライナとリリスは少し離れた場所で待ち、ルミナが一人で城下町の入り口の門兵に話に行った。
ルミナの話を聞いた門兵は慌てた様子でその場を離れた。
「何を話したんだ?」
戻ってきたルミナにライナが尋ねた。
「ギルデッド・スターズのリリス・アーディアを連れてきたから城の者を呼んできてって言っただけよ」
「そうか・・・」
リリスは何も言わず俯いた。
しばらくして、城の上官が数人来て、ライナ達を取り囲んだ。
「ギルデッド・スターズの捕縛、大義であった。が、行動を制限してるように見えんのだがどう言うことだ?」
「その事も含めて陛下に話があります」
ルミナは上官に話した。
チラリとライナとリリスを見た上官はルミナに視線を落とした。
「承知した。だがここからは力を封じさせてもらう」
リリスは両手を後ろにし魔力を封じる錠を手首に付けられた。
「だるいですねぇ」
リリスはしんどそうに歩いた。
「問答無用で殺されなかっただけありがたいと思いなさい」
こうして三人はセリフィア城に入城するのであった。




