63.リリスの罪
氷葬竜イグナ=ヘルヴァルの攻撃からノルディアの町を守るため、人前に顔をさらけ出したまま出るリリス。
リリスの正体に気づいた町民があちこちでざわつき始めた。
「・・・ギルデッド・スターズのリリスだと?」
「本当に・・・あの、リリス・アーディアなのか?」
「人間の町を焼き払った、“堕ちた歌姫”じゃないか・・・!」
低い囁きが次第に怒号へと変わっていく。
「ふざけるなよ!なんでそんな奴がここにいるんだ!」
「ギルデッド・スターズの仲間か!?他の二人もそうなんじゃないのか!?」
ライナとルミナの方にも、冷たい視線が突き刺さる。
「俺達はギルデッド・スターズじゃない」
「じゃあ、何でギルデッド・スターズと一緒にいるんだ!!」
「どうして町を守った?何が狙いだ!」
ルミナは震える手で胸元を押さえた。
「わ、私達は・・・そんなつもりじゃ」
ライナが一歩前に出る。
「落ち着け!こいつは、リリスはお前らを守ったんだ!見てただろ!」
しかし、群衆の中からひときわ大きな声が響いた。
「守ったぁ?あの女が・・・?」
声の主は、雪にまみれた中年の男だった。
片足を引きずりながら前に出てくる。
その顔には深い傷跡があり、
その瞳は、怒りよりも“怨嗟”の色を帯びていた。
「・・・俺の村を、滅ぼした女だ。間違いねぇ。北方のラグリアの谷。あの“歌姫”が、俺の家族を・・・っ!」
男は拳を震わせ、リリスを指差した。
「何人殺した?子供まで、容赦なく殺しやがって!そんな事しておきながら今さら“守る”だと!?ふざけるな!!」
群衆がざわめく。
リリスは何も言わず、ただ彼を見つめた。
表情には、怒りも悲しみもなかった。
ただ、静かに受け入れるような目。
男はなおも叫ぶ。
「黙ってんじゃねえッ!お前が何をしたか分かってんのか!?俺の息子はな・・・まだ八つだったんだぞ!!!」
ライナが堪らず一歩踏み出す。
「あんたの苦しみは俺には計り知れない。でも今は・・・」
「ライナ」
その一言で、ライナは止まった。
リリスはゆっくりと首を振る。
「いいのです」
リリスは淡く微笑み、男をまっすぐに見つめた。
「あなたの言う通り・・・リリスは、多くの命を奪ってきました。その中には、あなたの家族もいたのでしょう」
「あぁ!!そうだ!!お前のせいで俺の生活は一変した!!」
リリスは静かだった。
少ししてリリスは口をゆっくり開いた。
「町を守った程度でリリスの罪が消えると思ってませんです。ただ・・・この命が残っている限り、これからは少しでも“正しく”使いたいだけです。だから今は・・・」
彼女は振り返り、空で再び咆哮を上げる氷葬竜を見上げた。
「ライナ、行って、あのトカゲを止めてくださいです!!」
「でもお前・・・」
ライナはリリスの向こうにいる憎悪に満ちた町民をチラッと見る。
「行ってくださいです。今あれを止められるのは、ライナだけです」
ライナは拳を握りしめた。
「リリス、あいつらは・・・」
「大丈夫です。リリスは……もう逃げないです」
その言葉に、ライナの迷いが消えた。
「・・・分かった。俺とルミナだけじゃ荷が重いから早く合流してくれよ」
ライナとルミナは雪を蹴り、氷葬竜のもとへ駆け出した。
その背を、リリスが見送る。
だが、背後ではなお、男の罵声が響いていた。
「逃げるのかよ!人を殺しておいて、今さら英雄気取りか!」
「今ここであの竜に裁かれろ!お前のせいでどれだけの人が!」
リリスは、振り返らない。
ただ、その全てを黙って聞いていた。
やがて男の声が途切れたとき、
リリスはゆっくりと彼の方を向いた。
「あなたの言葉、全部聞きましたです」
男が息を呑む。
「でも、今、リリスは逃るわけにはいかないです。この町が無事だったとき、そのときは・・・いくらでもそしりを受け入れるです」
そう言い残し、リリスは歩き出した。
雪の上に残る足跡は、細く、しかし確かに前へと続いていた。
その背に、誰も何も言えなかった。
怒りも、恐怖も、すべて雪に溶けていく。
ただ空の向こうで、ライナの剣閃、ルミナの光弾と氷葬竜の咆哮が交錯していた。
風が唸る。
空気が、音が、色が、すべて凍りついたように感じられる中、ライナは一撃ごとに削られていた。
砕けた石と氷の断層が縦横に走る大地。
竜の吐息は青黒い霧となって、空を引き裂き、存在ごと白くさせる。ライナの剣先に触れた光は、すべて鈍色に曇る。
「くっ・・・!」
何度も突きを繰り返す。グラネシスは刃を振るうたびに紅い火花を散らし、竜の鱗めいた氷を叩く。
だが刃は跳ね返され、赤い光が爛々と震える。竜の表皮は硬く、冷気は魔力の流れを狂わせる。
ライナの呼吸は浅く、体温がうしなわれていくのを感じた。
『無理をするな、小僧』
グラネシスの中で、グラウ=ネザルの低い声が警告する。
「分かってる・・・だが、ここで」
とライナは歯を食いしばる。
イグナ=ヘルヴァルはゆっくりと首を振った。
そこから放たれる青白い粒子は、目に見えぬ刃となって断続的に降り注ぐ。
ライナが刃を振るって受け流す。
だが、肉体の奥が冷えて筋肉が思うように動かない。足元の氷が割れて彼はよろめく。
竜は嗤うように、大きく翼を畳み再び咆哮を溜める。
「ったく、お前も大概だったけど、太古の魔物ってのは休むって事を知らないのか」
ライナがグラネシスの中にいるグラウ=ネザルに文句を言う。
『この程度、あやつにとっては何でもない』
「こっちが必死に防いでる攻撃が、あいつにとって何でもないって勘弁してほしいぜ」
ライナは苦笑いを浮かべる。
氷葬竜は冷気を口から放つ。
「聖障!!」
ルミナがライナの前に立ち、魔術障壁を張るが、紙を破るかのように簡単に破壊される。
「きゃああああ」
ルミナは後ろに吹き飛んでいく。
「ルミナ!!」
ライナがルミナに振り返るのを氷葬竜は見逃さず、いくつかの氷柱をライナに向かって放つ。
「ぐっ!!」
ライナの腕や足を氷柱達が貫く。
『小僧!!イグナ!!貴様、我が器を傷つけおって、五体満足でいれると思うなよ』
グラネシスの光がより輝き、グラウ=ネザルの形を成していく。
「グラウ!!」
『こやつは我の逆鱗に触れた。もはや生かしておけぬ』
光がライナの体に纏われる。
「これは・・・」
光に包まれたライナは寒さを感じなくなり、ほのかな温かさを感じていた。
「我の結界だ。これで本来の力を出せるだろ!!だが、グラネシスの中に眠ってる”奴”の力は解放するではないぞ」
「最高だ、グラウ!!」
ライナは自分の魔力も更に纏い力を高める。
「〜♪」
後ろから歌声が響く。
「リリス!!」
リリスの目が金色に輝き、歌がライナの周りを囲む。
「ハルモニア・リベラトゥス!!」
ライナの力が更に膨れ上がる。
「光よ、静かに満ちて。祈りは風となり、傷つきし魂に寄り添わん。罪も、恐れも、すべては雪のように融けゆく。
我が心は汝に捧ぐ、純白の誓い。いま、聖環よ、彼のものに恩寵を。《サンクティア・グレイス》」
ルミナの杖の先端が光り輝き、ライナを白い光が包み込む。
「力がどんどん溢れてくる!!これなら”奴”を起こさずグラネシスの力を使いこなせる」
『我らに喧嘩を売った事を後悔させてやるぞ!!』
「おう!!」




