61.太古の竜、降臨
ノルディアの北門。
吹き荒れる雪の中、災害級の魔物たちが次々と姿を現していた。
氷牙獣ガルゼアスの群れ、氷柱を吐く巨狼、
その数、十を超える。
しかし、その光景の中心で、ライナとリリスはまるで“嵐の中心”のように冷静だった。
「リリス、右から三体、俺が行く」
「了解です。左は任せてください」
ライナの神竜剣グラネシスが閃き、
雪煙の中で巨大な氷獣の首が飛ぶ。
リリスは竪琴を爪弾き、旋律が光弾に変わって飛翔する。
「ルーチェ・ヴェルダ!」
竪琴の弦が七色に輝き、音が矢となって敵を貫く。
撃ち抜かれた魔物たちは悲鳴を上げ、
次の瞬間には、光の粉となって崩れ落ちた。
ライナ達の動きは精密で、流れるようだった。
だが・・・
その光景を少し離れた位置から見ていたルミナの胸の奥に、小さな痛みが走った。
焦りの芽
「・・・すごいな二人とも。災害級をまるで普通の魔物を倒すように次々と・・・」
ルミナは雪の上に立ち尽くし、ミスティアで戦ったガルロス=タートラの事を思い出す。
ルミナも光弾が放を放ち応戦し、確かに敵は怯む。
だが、致命傷を与えることはできない。
ライナの斬撃は的確に災害級の魔物達の核を捉える。
リリスの歌の詠唱は無駄がなく、魔力の流れも完璧。
自分だけが、足を引っ張っている。
「私も、戦えるのに・・・っ!」
ルミナの瞳が揺れた。
焦燥、嫉妬、そして無力感。
それらが、彼女の魔力循環を乱していく。
リリスが竪琴を弾きながら声を張った。
「無理に前に出るなですぅ!それなら支援に集中してくださいですぅ!」
「だ、大丈夫よ!私だって・・・!」
ルミナは杖を構え、詠唱を始めた。
「レイ=パルティナ!!」
光が爆ぜ、巨大な光弾が放たれる。
その威力は確かに凄まじく、雪原の一部を焼き払った。
しかし、照射の方向がぶれ、
魔物の群れの一部しか焼けない。
「っ・・・くそっ、外れた!」
「魔力の流れが乱れてるですぅ!」
リリスの忠告を振り切り、ルミナはさらに詠唱を続ける。
「ルクス=ジャッジメント!」
光柱が降り注ぎ、雪原に巨大な陣形が描かれた。
その瞬間、彼女の全身を、強烈な倦怠感が襲う。
「うっ・・・はぁっ・・・!」
膝が崩れ、視界が揺らぐ。
魔力が、まるで底の抜けた器のように抜け落ちていく。
崩壊する均衡
魔物の群れが再び咆哮を上げた。
氷の牙がルミナへと迫る。
「ルミナっ!!」
ライナが雪煙を切り裂いて走る。
その直前、リリスの旋律が鳴り響く。
「フォニック=サークル!」
彼女の竪琴から光の輪が広がり、
氷牙が粉々に砕け散った。
「魔力を無駄に使うんじゃないです!また足手まといって言われたいんですかぁ!?」
「・・・でも、私だって・・・」
言葉が震える。
杖を支える手が、小刻みに震えていた。
もう魔力がほとんど残っていない。
「おおかた、リリスとライナの戦いを見て焦ったんでしょうけど、焦ったところで、あの魔物は倒せないですぅ。
だったら今できることを最大限にやれですぅ!!」
「リリスの言う通りだ、無茶すんな!」
ライナが肩を貸し、彼女を支える。
その瞬間、彼の瞳に映るルミナの表情は、涙をこらえるような、悔しさと無力の混じったものだった。
「俺たちはお前を責めてるわけじゃない。焦る必要なんかないんだ。必ずルミナの力が必要な時が来る。
その時に倒れられてたら、俺達が困る」
「・・・でも・・・私、何もできてない・・・」
「違う」
ライナは真っ直ぐに言った。
「今は”耐える”時なんだ。ルミナにしかできない攻撃の流れは必ずくる。もし来ないなら俺が作ってやる!!」
ルミナは俯き、唇を噛んだ。
その様子を見つめる影、遠く離れた丘の上。
吹雪の中、三つの影がその戦場を静かに見下ろしていた。
ヴァルター・クロウは微動だにせず、氷のような眼でその光景を観察していた。
「・・・さすがは勇者、一筋縄ではいかないか」
隣でイルシアが微笑む。
「ルミナ・セレフ・・・。ミスティアの時より更に洗練されてるけど、まだまだね」
「そうだな。初めて会った時は警戒していたが、思ったより伸びなかったな」
ヴァルターの声は冷たい。
「・・・所詮、机上だけの天才、戦場ではその知識は何も役に立たなかったわけか」
「ヴァルター、介入を?」
「まだだ」
彼は首を横に振る。
「今は観測する。あの“勇者”が、どの程度の実力か。それを見極める」
ダルガが不敵に笑う。
「俺もドボル王国近辺でイルシアと一緒に遠目から見たが、あれは化け物だぜ?振り向きもせず何kmも離れた俺たちを的確に攻撃してきた」
「この戦いで化け物の底を見て、対策を考える」
ヴァルターが静かに答えた。
「それゆえ、我々は“混沌”をもってそれを試す」
吹雪の中で、彼らの姿が霞んでいく。
彼らの視線の先で、ルミナの小さな光がまだ消えずに揺れていた。
雪の果てで
戦闘が一段落したあと、
ルミナは膝をつき、雪に手をついた。
冷たさが指先を刺す。
「・・・ごめんなさい。足を引っ張って」
「まあ、元々当てにしてないですから」
リリスがルミナに減らず口を叩く。
「おい」
ライナがリリスに注意するとリリスはプイッとそっぽを向いた。
「焦ることはない。昨日より今日、今日より明日、一歩一歩進めばいい。俺達は置いていかない」
「ありがとう」
ルミナの顔に、わずかに笑みが戻った。
「リリスは遠慮なく置いて行くですぅ」
束の間の休息、災害級の魔物達が沈黙した雪原に、重く湿った風が流れた。
ライナは神竜剣グラネシスを肩に担ぎながら、
息を白く吐き出す。
「・・・終わった、のか?」
リリスが周囲を警戒しながら頷いた。
「多分。でも、何か・・・空気が重いです。」
リリスの声が雪原に吸い込まれる。
まるで、世界そのものが息を潜めているようだった。
――ゴォォォォォォ・・・
大地の奥から、低く、響くような唸りが届く。
雪が振動し、空気が震えた。
ルミナが顔を上げる。
「……これ、地鳴りじゃない。“何かが来る”!」
瞬間、地平線の向こうから“氷嵐”が吹き荒れた。
白ではなく、蒼。
氷結した世界そのものが押し寄せるような吹雪。
その中心から、巨体が姿を現した。
氷葬竜イグナ=ヘルヴァル
「な、何あれ・・・竜?」
ルミナの声が震える。
雪原の空を覆い隠すほどの巨大な翼。
その表面は純白の氷晶で覆われ、光を反射して青く煌めいていた。
全長は優に百メートルを超える。
ただの魔物ではない。
その存在だけで、気温が急降下していく。
「太古の魔物、氷葬竜イグナ=ヘルヴァル・・・」
リリスが呟いた。
「北の終焉竜・・・何でそんな奴が・・・!」
「混沌の使徒・・・」
リリスが呟く。
「混沌の使徒?」
ライナがルミナを見る。
「さっきの災害級の魔物達、明らかに統率がされていた。そんな芸当ができるのは混沌の使徒だけ」
「確かにガルゼアスが群れで行動するなんて聞いた事ないです」
「太古の魔物ってグラウ=ネザルと同じ・・・」
「混沌の使徒の目的は全てを破壊し世界を混沌にする事」
「魔王以外にも世界をどうこうしようとする奴がいるのか・・・」
「まったく、困った連中です!!」
「お前が言うな」
などのやり取りをしていると、氷葬竜が動き出す。
竜の口が開く。
その内部には、白ではなく“青黒い光”が渦巻いていた。
「ガァァァァァァァァアアアアア――ッ!!」
絶叫とともに、氷嵐が吹き荒れる。
雪原が一瞬で凍り、空気が砕ける音がした。
ライナが剣を構える。
「ルミナ、リリス、構えろ!くるぞッ!」




