60.雪の町ノルディア
ライナ達は二日ほど村に滞在し、ルミナに回復してもらった。
完全回復とまではいかないが、あまり長居をしたらリリスのことがバレる可能性がるので、
三人はセリフィアを目指すため村を出た。
最短でセリフィアに戻るためには雪原突っ切る必要があったため、途中町により雪装備を整え、雪原に突入した。
凍てつく風が、白銀の大地を横切っていた。
見渡す限りの雪原。
その中央に、蒸気を上げる温泉と木造の屋根が並ぶ町、ノルディアがあった。
三人は、その町の門をくぐる。
ノルディアの町は静かで穏やかだった。
石畳の上に雪が薄く積もり、店先のランプが柔らかく灯る。
温泉の湯気が空に昇り、木造の宿からは暖かい光が漏れていた。
吹雪に覆われた砦を越えてから数日ぶりの、人の営みだった。
「・・・うわぁ、雪がすごい。」
ルミナが吐いた息が白く溶ける。
彼女の肩に積もる雪を、リリスが軽く払い落としながら震えていた。
「寒すぎるです・・・。こんな寒い所によく住めるですねぇ」
「まあ、あまり長居はできないと思うが、今日くらいはゆっくりしよう」
ライナの言葉に、リリスとルミナは頷いた。
三人は温泉宿に入り、久しぶりに湯の香と薪の音に包まれた。
誰もいないのを確認し、温泉の湯に肩まで浸かったリリスは、湯面に映る自分の顔を見て呟いた。
「・・・ここは寒いですけど、温泉は最高ですぅ」
「ちょっと、あんまり油断しないで。いつ人が入ってくるか分からないんだから」
ルミナの言葉に、リリスは不貞腐れた。
「分かってるですよ・・・」
「分かってるならいいわ」
湯気の向こうで、ライナは静かに空を見ていた。
湯船の外、窓の隙間から見えるのは、
降り続ける雪と、遠くに光るオーロラの帯。
ライナはそのオーロラを穏やかに眺めるのだった。
ノルディアの朝は、静寂だった。
白銀の雪が町を覆い、子どもたちの笑い声が風に乗る。
宿の裏庭で、ルミナは杖を構えていた。
白銀の杖アーク・セレノス。
ルミナと幾多の戦いを越えてきた相棒。
「はぁっ・・・!」
杖先から、光弾がいくつも放たれる。
だがその軌道はぶれ、雪に当たっては霧散していく。
「・・・また失敗」
息を白く吐き、杖を下ろす。
その目には、焦りと苛立ちが混じっていた。
砦戦。
ライナは神竜の力を解放し、バルグロスを斬り伏せた。
リリスは歌と魔術でたくさんの敵を退けた。
自分は、一部を除き、ただ回復と補助に徹するしかなかった。
「私・・・あの二人みたいには、戦えないのかな・・・」
雪原の静寂が、心の底に冷たく突き刺さる。
そのとき、リリスが近づいてきて、指でチョンチョンとした。
「ライナが朝食だから戻ってこいって」
「分かったわ」
ルミナはリリスを後ろに隠し、歩きはじめた。
同時刻
雪原の向こう、遠い地平線に、黒い雲が蠢き始めていた。
冷たい風が、窓の外を叩く。
その風の奥底で、かすかに低い咆哮が響く。
ヴァルターは氷葬竜イグナ=ヘルヴァルを完全に掌握する事に成功していた。
「掌握完了。直ちにノルディアに向かうぞ!!」
進軍を開始しようとした時、イルシアが報告しにきた。
「ヴァルター、嫌な予感は当たったわ」
「勇者がいるのか?」
「えぇ、魔王城とは反対の進路のはずなのに何故・・・」
イルシアが考えているとヴァルターはニヤリと笑った。
「計画は変えん。このままイグナ=ヘルヴァルと災害級達を向かわす」
「私達は?」
「後方で待機だ。最悪魔物達がやられても、勇者達も無事ではあるまい。そこを叩く」
「ちっ!せっかく暴れれると思ったんだがな」
ダルガはドシっと座り込む。
「さあ、始めようか」
イグナ=ヘルヴァルと災害級の魔物達がヴァルターの号令と共に進軍を始めた。
昼過ぎ。
ノルディアの空が、不自然に曇り始めた。
雲の色は鈍く、風は重く、雪片が黒ずむ。
市場で物資を整えていたライナが、
遠くの空を見上げて眉をひそめた。
「・・・リリス、感じるか?」
「はい。これは……魔物の瘴気です。それも尋常じゃないです」
リリスの竪琴が、ひとりでに共鳴する。
“音が震える”。それはリリスの魔力感知の警鐘だった。
その瞬間
轟音が、空を裂いた。
遠方の雪原が爆ぜ、氷柱の破片が雨のように町に降り注ぐ。
視界を覆う白が、黒に染まった。
「っ、なに・・・!?」
ルミナが顔を上げた瞬間、巨大な影が町の外壁を押し潰す。
それは・・・。
氷の鱗を纏う六本足の巨獣。
災害級魔物と呼ばれる存在氷牙獣ガルゼアス。
咆哮が響いた瞬間、町の防壁は音を立てて崩壊した。
町民たちの悲鳴が雪原に木霊する。
「来やがったか」
ライナはグラネシスを抜いた。
「ルミナ、リリス、行くぞ。奴らを町に入れるな!」
「了解です!」
「・・・はいっ!」
三人は吹雪の中、外壁へと駆け出した。




