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59.静かな朝の光、動き出す混沌

空を覆っていた灰色の雲が、ゆっくりと割れていく。


崩れた砦の瓦礫の上に、三つの影があった。


焼け焦げた石の匂い。


血と鉄の味がまだ残る風の中で、


リリスが膝をつき、ライナの頬に手を伸ばした。


「・・・ライナ、聞こえるですか?」


その声はかすれ、震えていた。


ライナのまぶたが、わずかに動く。


光が差し込み、ぼやけた視界の中でライナは、リリスとルミナの姿を見つけた。


「・・・ああ・・・ルミナ、リリス・・・」


その声は掠れていたが、確かな“温度”があった。


ルミナは両手でライナの背を支え、


涙をこぼしながら微笑む。


「本当に・・・よかった・・・もう、戻ってこないかと・・・」


ライナは苦笑した。


「・・・心配かけたな。二人の声が・・・聞こえたんだ。あの闇の中で」


リリスは顔を伏せ、小さく息をつく。


「当たり前です。ライナがいなくなったら、リリスは・・・」


叱るような口調だったが、その声には安堵が滲んでいた。


リリスの手のひらが、震えているのをライナは見ていた。


風が吹く。


崩れた砦の上を、白い砂が舞い上がる。


戦いの音はもうない。


ただ、遠くで鳥の鳴く声が微かに響いていた。


ライナはゆっくりと立ち上がる。


ボロボロの神竜剣グラネシスを見下ろし、柄に手を添えた。


「・・・ありがとう、グラウ=ネザル」


その呟きは誰にも聞こえなかったが、剣の奥で、わずかに竜の声が響いた気がした。


ライナは頷き、二人を見渡して微笑む。


「さぁ、行こう。ここに立ち止まってる時間は・・・ない」


リリスが立ち上がり、肩を回す。


「まったく、次はリリス達も置いていかないでくださいです」


ルミナも小さく笑ってうなずく。


「うん・・・今度は、三人で」


三人の影が、朝の光の中に並ぶ。


瓦礫を越え、砦を後にして歩き出す。


歩いては休み歩いては休みと、万全の状態ではない三人はゆっくり足を進めていた。


日が落ちかけた頃、ようやく新しい村に辿り着き、リリスは顔を隠すものがなかったのでライナの後ろに隠れ俯きながら歩いた。


宿屋の主人は辿り着いた三人のあまりの怪我に引いていたが、ルミナが治癒魔術ができると言うと二部屋用意してくれた。


「ふぅ〜やっと、ゆっくりできる」


ルミナはベッドに腰掛けた。


リリスは気まずそうに端の椅子にちょこんと座る。


「治癒を施すわ。こっちに来て」


リリスは言われるがままルミナの前に立ち、回復してもらった。


「今の私の魔力じゃ、ある程度の傷しか治せないから、後は包帯とかでちゃんとカバーしといて。私はライナの部屋に行って治してくるから」


ルミナは自分も行くとリリスが喚くかと思ったが・・・


「分かったです。いってらっしゃい」


リリスは呟きベッドに寝転んだ。


(素直に送り出されるとそれはそれで気持ち悪いわね)


ルミナは横になってるリリスを見つつ、ライナの部屋に向かった。


コンコン。


ルミナはライナの「どうぞ」と言う声を聞いて部屋に入った。


「傷見せて」


ライナは服を脱いだ。


ライナの均整の取れた体を見て少し顔を赤らめるルミナ。


だが、かなり痛々しい傷にルミナは息を呑んだ。


(こんな傷で、ここまで歩いてきたの!?相当な激痛のはずなのに、私達に心配させまいと・・・)


ルミナは治癒魔術を開始した。


傷がひどいので中々回復せず、二人の間に沈黙が続いていた。


「・・・ルミナ」


沈黙を破りライナが呼びかける。


「は、はい」


謎の緊張が生まれるルミナ。


「砦の時は悪かった・・・」


「うん。私も言い過ぎた。ごめんなさい」


「いや、ルミナは悪くない。あれが当たり前の反応だ。それでも、俺はリリスを救いたかったんだ」


「うん・・・」


「でもそう思うのは俺のただの自己満足だったって、ルミナやバルグロスの言葉で気付かされた」


ライナは頭を力無く下げる。


「そうだね。ライナがいくら救いたいと思っても、リリスに殺された人は事実だし、その家族の人達は絶対にリリスの事を許さないと思うわ」


ライナは黙ってルミナの話を聞き続ける。


「でも、一人だけでもリリスの味方になる人間がいてもいいんじゃない?」


ライナは驚きルミナに振り返る。


「ルミナ」


「勘違いはしないで。味方がいてもいいんじゃないとは言ったけど、許せとは言ってない」


「分かってる」


「そう・・・。分かってるなら、やる事は一つだわ」


「???」


「セリフィアに戻るわよ」


ライナはルミナの言ってる意味が分からなかった。


「セリフィアは【世界の裁判所】とも言われてるのよ。リリスをそこで審問にかける」


「でも、そんな事したら・・・」


「まあ99.9%死刑でしょうね。でもこのまま身を隠しながら魔王城を目指すのは得策じゃない。

今回みたいに大怪我した時でも村や町にあまり長居できない。野宿じゃ、しっかりした治癒もままならないし

精神的にも良くない。今のリリスは私達にとっては大きな足枷なの。それは分かるよね?」


ライナは静かに頷いた。


「だったら、セリフィアで審問を受けるべきよ。リリスだって覚悟はしている。この提案はあの子のためでもあるの」


ライナが迷っていると、背後から扉が開く音がした。


そこに立っていたのはリリスだった。


「受けるです・・・。裁判。自分の罪とちゃんと向き合うです。それに元々ライナに誘われなかったら受けるつもりでいましたし」


「分かった、傷が治り次第セリフィアに向かおう」


ライナ達の次の目的場所が決まった。


同刻、北方の氷原にて。


雪原のさらに北。


吹き荒ぶ氷嵐の中、三つの影が進んでいた。


風を切り裂くように、黒いマントが翻る。


先頭を歩く男が、振り返らずに口を開いた。


「北の結界は、すでに崩れかけているな。……“混沌”の鼓動が、世界の底から響いている」


“混沌の使徒”のリーダー。


ヴァルター・クロウ。


白髪混じりの黒髪、金色の瞳を持つ男。


その隣を、軽やかに歩く女がいた。


銀髪をひとつに結い、透き通るような青い瞳をした女。


イルシア・フェイン。


使徒の諜報担当であり、ルミナと一度対峙した相手。


イルシアは薄く笑った。


「ヴァルター・・・本当に行くの? あの町へ」


「ノルディア。雪の民の拠点。そこを混沌に沈める」


「ククッ・・・なら、俺も暴れていいのか?」


三人目の男が笑う。


巨躯、全身に刻まれた黒の呪紋。


ダルガ・ヴォルン。


混沌の使徒の戦闘員。


彼は背中に二本の斧を背負い、


その足元の雪が踏みしめられるたび、


氷原がきしむような音を立てた。


イルシアが肩をすくめる。


「あんたが暴れたら、町ごと消えるわよ?」


「構わねぇさ。どうせ壊す運命だ」


ヴァルターは二人を見ずに、ただ遠くを見据えたまま呟いた。


「ダルガ。メインはこいつらに任せる。いよいよ世界に我らの存在を知らしめる時が来た。

我らは破壊のためにあるのではない。“調律”のためにある。この世界に満ちた秩序、神も魔も、人も。

その歪みを混沌へ還す。それが我らの使命だ」


彼が片手を上げると、


氷原の地面が振動した。


亀裂が走り、そこから黒い瘴気が噴き出す。


そして、その瘴気の中から、無数の巨躯が現れた。


六本足の獣。氷を食らう蛇。翼のない竜。


すべてが災害級の魔物。


イルシアがため息をつく。


「・・・これ、全部向かわせるの?」


「いや」


ヴァルターは首を横に振る。


「その先頭に立つのは、ただ一体でいい。」


彼が指を鳴らした瞬間、地の底から、鈍い咆哮が轟いた。


雪が吹き飛び、大地が裂ける。


そこから現れたのは、


巨大な影、十メートルを超える黒い体。


全身に氷の結晶を纏い、頭部には複数の角を持つ古代獣。


「・・・“氷葬竜イグナ=ヘルヴァル”。かつて北方の神々すら凍らせたという、太古の魔物」


ヴァルターの金の瞳が妖しく輝く。


氷葬竜イグナ=ヘルヴァルは暴れ回る。


「まだ完全に支配下には置けないか。もう少し時間を要するな」


ヴァルターはイグナ=へヴァルに手をかざす。


イグナ=へヴァルの周りにうっすら黒紫の鎖が見え、その鎖がイグナ=へヴァルを縛りつけてる。


「さすがは太古の魔物。まだ抗うか・・・」


「必ず、落とす。イルシア、ダルガ!!この竜が完全に支配下に落ちた時、先に送れ。

ノルディアを“静かに消す”のだ」


イルシアが瞳を細め、


「邪魔が入ると思うのは私だけかしら?」と問う。


「勇者か・・・。確か、ギルデッド・スターズのバルグロス・デイモンを滅したと言ったな?」


「えぇ、やばかったから最後までは見届けてないけど砦からバルグロスの気配が消えたから、間違いないと思うわ」


「近くの村から魔王城を目指すなら反対方向だ。”戻る”選択肢を取らない限り、かち合うことはないだろ。

だが万が一もある、警戒は怠るな」


ヴァルターはイルシア、ダルガに指示する。


「「はっ!!」」


吹雪の中、三人の姿が霞んでいく。


背後で、古代獣たちが一斉に咆哮を上げた。


地鳴りとともに、白銀の地が黒く染まっていく。


混沌の使徒


世界の“秩序”すら拒む、第三の勢力が動き始めた。

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