58.償いと帰還
赤黒い空が裂けていた。
天地の境界が歪み、炎の雨が降り注いでいる。
砦跡は跡形もなく、そこにあるのは、崩壊する世界の断片。
爆風と灼熱の中、
瓦礫の影で、一つの小さな影がゆっくりと身を起こした。
「・・・ぅ・・・っ・・・」
白銀の髪が土と血で汚れ、焦げた外套が風に舞う。
ルミナは、折れた杖を支えに立ち上がった。
口元から血が滲み、全身に無数の傷。
それでも、その瞳は生きていた。
「一体何が・・・!」
ルミナが辺りを見渡すと瓦礫の上に倒れているリリスを見つける。
「リリス!!」
ルミナは急いで駆け寄り生存確認をする。
リリスの口から微かに息が漏れてるのを感じたルミナ。
「生きてる!!」
ルミナが急いで僅かに残った魔力で治癒魔術を施す。
だが次の瞬間、空を覆う紅の閃光を見て・・・
ルミナは、息を呑んだ。
そこにいた。
燃え上がる大地の中心で、ライナが立っていた。
全身から紅の光が噴き出し、髪は白く、瞳は竜のように爛々と輝いている。
神竜剣グラネシスは灼けるような光を放ち、その刃先が向くたびに、周囲の大地が形を失っていく。
まるで、世界そのものを切り裂く存在。
人の姿をした“災厄”。
「・・・ライナ・・・?」
ルミナの声は、かすれていた。
しかし返事はない。
ただ、ライナの視線が、二人を捉える。
その瞳には、何もなかった。
友も、敵も、感情も。
あるのはただ、“殺意”だけ。
次の瞬間、紅い閃光が走る。
ルミナのすぐ脇を、竜の咆哮のような衝撃波が通り抜けた。
地面が裂け、山が砕ける。
「きゃあああっ!」
ルミナはリリスを抱え、避ける。
それでも爆風に巻き込まれ、土煙と火花に飲まれた。
ルミナは衝撃に負け、手を離してしまいリリスは地に転がりながら、倒れる。
ルミナは倒れてるリリスを確認したのちライナに視線を向ける。
「どうしたのよ、ライナ!」
ルミナはライナの今の状態がここにくる前に村の宿屋で見た状態が更に進んだものだとすぐに気づいた。
「また、あの時みたいに戻ってきて!!もう敵はいないわ」
ルミナが必死に叫ぶがライナの耳にはまったく届いてなかった。
ライナはルミナを見てルミナ目がけて襲いかかってきた。
ルミナとライナの間に目が覚めたリリスが割って入り、ライナを退けた。
「まったく、おちおち死んでもいられないじゃないですかぁ。それにあなたには聞きたいこともあるです」
リリスは立ってるのがやっとの状態だった。
「何よ」
「何でリリスを助けたのですか?あの時バルグロスもろとも殺そうとしましたよね?」
ルミナはバツが悪そうに顔を背けた。
「別に責めようってわけじゃないです。リリスはそうされても仕方ない事をしましたし、逆の立場なら同じ事をしていたと思います。だから不思議なんです」
「別に情が湧いたとかそんなんじゃないわ。今でもあなたがやった事は許されないと思ってるわ」
「じゃあ何で・・・」
「あなたは生きてちゃんと罰を受けるべきだと思ったからよ。それにバルグロスの言う通りになるのも何だか癪だったしね」
リリスはフッと笑う。
「分かりましたです。リリスは生きてちゃんと罰を受けます。それでどんな処罰も受け入れます。
その為には、まず・・・」
リリスは暴走状態のライナを睨む。
「ここを生き残らないとですね!!」
リリスは砕けかけてる竪琴を構えた。
「えぇ!!」
ルミナも白銀の杖を構えた。
ルミナ、リリスを見据えて、神竜剣を構えるライナ。
リリスはそんなライナの姿を見て唇を噛み、涙を堪え、傷だらけの喉で叫ぶ。
「ライナァァァ!!!」
その声は、紅い嵐の中を裂いた。
ライナの動きがわずかに、止まる。
一瞬。ほんの一瞬だけ。
その瞳の奥に、“何か”が揺らめいた。
痛みのような、迷いのような、懐かしさのような・・・。
だが、すぐに紅い光がそれを塗りつぶした。
神竜剣の咆哮が再び響き、世界が軋む。
リリスは涙を流しながら、それでも声を張り上げた。
「お願い・・・戻ってくださいです、ライナ!ライナが、リリスを・・・リリス達をほうっておくんじゃねぇです!!」
「今度は私達が助ける番!!!」
その言葉に、ルミナが最後の魔力を絞る。
「光縛結界ッ!!!」
地面から光の鎖が伸び、暴走するライナの身体を拘束した。
神竜剣の咆哮が上がり、鎖が軋む。
だが、ルミナの額から汗と血が滴り、リリスも竪琴で音を奏でながら応戦する。
「ライナ・・・お願い・・・」
「戻ってきやがれですぅ!」
紅の光と、白の光が、交錯する。
一瞬、世界が静まった。
紅蓮の風が止まり、
ライナの剣先が、地に落ちた。
その沈黙が、希望なのか、嵐の前触れなのかは、まだ分からない。
――暗闇。
音も、色も、時間すら存在しない空間。
そこにライナはいた。
宙に浮かぶような感覚。
身体の境界がなく、意識だけが漂っている。
自分という存在が、崩れながら広がっていく。
遠くで、何かが蠢いていた。
黒く濁った波。
それは液体とも煙ともつかぬ闇の奔流で、
無数の囁き声が混じっている。
――壊せ。
――すべて斬れ。
――お前が神だ。
耳元で、幾千もの声が重なり合う。
それは誘惑でもあり、命令でもある。
その声に身を委ねれば、痛みも、苦しみも消える。
「・・・俺は・・・」
ライナは声を発した。
その声は、すぐに闇に吸い込まれた。
自分が何をしてきたのか、思い出せない。
目の前で、誰かが泣いていたような気がする。
でも、顔が見えない。名前が出てこない。
リリス。
ルミナ。
その二つの名が、光のように闇を貫いた。
瞬間、周囲の空間に波紋が走る。
赤い光と白い光が混ざり合い、
ライナの胸の奥から“鼓動”が戻ってきた。
『ようやく、聞こえたか・・・小僧』
重い、深い声。
低く響くその声に、ライナは顔を上げた。
そこに立っていたのは、巨大な白の竜。
その鱗は星空のように光を反射し、
瞳は古代の炎を宿していた。
「・・・グラウ=ネザル・・・」
『このまま闇に食い尽くされるかと思いヒヤヒヤしたぞ』
竜は静かに目を伏せた。
その背後には、巨大な“門”があった。
歪んだ金属と黒い光で形作られた扉。
そこから、絶えず闇が滲み出している。
門の隙間からは、人の顔とも獣ともつかぬ影が這い出し、
世界を飲み込もうとしていた。
『だいぶ開いてしまったが、お主が意識を取り戻したのなら再び閉じれるであろう』
ライナは拳を握る。
その手が震えていた。
「俺は・・・仲間を・・・傷つけたのか・・・」
『ああ。だが、まだ間に合う。人の声が、お前を呼んでいる』
その言葉と同時に。
闇の奥から、光が差した。
『ライナ・・・お願い、戻ってきて!』
『戻ってきやがれですぅ!』
ルミナとリリスの声が、はっきりと聞こえた。
それは現実世界からの“声”。
その響きが、暗闇に穴を開けるように降り注いだ。
ライナはゆっくりと立ち上がる。
紅い光が身体を包み、
その隣に、巨大な竜が一歩を踏み出した。
《来い、小僧。共にこの扉を閉じようぞ》
「・・・ああ。俺はもう、負けない」
二人・・・いや、“人と竜”が並んだ。
扉から吹き出す闇の奔流が二人を飲み込もうとする。
それでもライナは一歩ずつ進む。
光の粒が彼の足跡に残り、
竜の咆哮が、それを後押しする。
『我が名は神竜グラウ=ネザル。滅びを統べる竜。だが今、我は人と共に生きる意志を持つ』
竜の爪が闇を掴み、ライナの両手が扉に触れた瞬間・・・焼けるような痛みが走った。
「うあああああああっ!!」
闇が逆流し、記憶が脳裏を駆け巡る。
仲間の笑顔。
血の匂い。
喪失の痛み。
それらすべてが、渦となって押し寄せる。
それでもライナは叫んだ。
「俺は、もう逃げないッ!!!」
紅の光が爆発した。
グラウ=ネザルが咆哮を上げ、
二人の力が重なって、扉を押し戻す。
闇が軋み、叫び声が無数に響く。
まるで世界そのものが拒絶しているようだった。
だが、光が勝った。
ズゥゥゥンッッ!!
重々しい音と共に、扉が閉ざされた。
闇の流れが止まり、空間が静寂に包まれる。
ライナはその場に膝をつき、
息を荒げながら天を仰いだ。
『よくやったぞ”ライナ”』
グラウ=ネザルの声が、静かに響く。
その姿が徐々に光となって薄れていく。
「・・・どこへ、行くんだ・・・」
『少し疲れた、眠る。お前が己を見失わぬ限り、この扉は開かぬ。だが忘れるな、闇とは、消えるものではない。受け入れて、使役し共に歩め』
ライナはゆっくりと頷いた。
「・・・ああ。もう二度と、あの声には負けない」
最後に、竜が微かに笑う。
『フッ。お前は我が器。我がその体手に入れるまで死んでもらっては困る』
その瞬間、光が弾け、暗闇が消えていった。
気づけば、ライナは瓦礫の上で目を覚ましていた。
紅い光は消え、風が穏やかに吹いている。
遠くで、リリスとルミナの声がする。
「・・・ライナ・・・!」
「よかった・・・戻ってきたです・・・!」
目を開けると、涙で濡れた二人の顔があった。
ライナは微笑もうとしたが、ただ、静かに目を閉じて、安堵の息を吐いた。
世界はまだ崩れていない。
そして、彼の中の闇も、静かに眠っていた。




