57.神竜剣VS獣王
砦の頂。
もはや“砦”と呼べる形はどこにもなかった。
大地は砕け、炎の風が渦を巻き、空気そのものが震動している。
ただ二つの存在、ライナとバルグロスが、世界を引き裂く中心に立っていた。
バルグロスは、裂かれた右腕を見下ろす。
その断面からはとめどなく血が流れる。
「・・・ククッ・・・調子良くなって来たじゃねえか、ライナ・・・」
筋肉がうねる音が響く。
骨が軋み、血管が弾ける。
そして、断面から黒い光が噴き上がった。
「“魔紋解放!!戦鬼顕現”」
瞬間、バルグロスの全身から黒炎が噴き出した。
それは炎というより、“呪いの嵐”だった。
血と怨嗟と魔力が渦巻き、失われた腕が再構成されていく。
その腕は以前よりも巨大で、魔力を帯びた獣の爪のようだった。
皮膚の下で戦紋が脈動し、心臓の鼓動が地響きのように響く。
バルグロスの瞳が真紅に輝く。
「行くぞ、ライナ!!!」
吠えるように叫ぶと同時に、地を蹴った。
大地が爆ぜ、バルグロスの巨体が空気を裂いて突進する。
速度は音を超え、圧縮された衝撃波が一帯を吹き飛ばした。
迎え撃つライナもまた、一歩を踏み出した。
それは、“空間が軋む音”だった。
紅い閃光が、刃となって伸びる。
バルグロスの拳と、神竜剣グラネシスが正面から衝突した。
ギィィィィィィン!!!
天地が割れた。
音が消え、衝撃が時間を歪める。
周囲の空気が光に変わり、圧力波が砦を粉塵に変えた。
拳と剣がぶつかるたびに、地面がえぐれ、火柱が立つ。
一撃ごとに数十メートルの地層が消し飛び、風が悲鳴を上げた。
「おおおおおおッ!!!」
「――――」
咆哮を上げるバルグロス。
沈黙のまま、ただ斬り続けるライナ。
理性の欠片もない。
だが、その一振り一振りに、確かな“何者かの意志”が宿っていた。
それは、剣そのものの殺意にも思える。
刃と拳が何十度も交錯する。
互いの身体が裂かれ、砕け、再生していく。
だが、どちらも止まらない。
ライナの斬撃が弧を描き、紅い軌跡がバルグロスの胸を斜めに裂く。
肉が焼け、黒煙が噴き出す。
だが、バルグロスは笑う。
「いいぞ・・・まだだ、まだ足りねぇ!!!」
バルグロスは自らの血を戦闘の最中に拾った斧に集め、魔力で凝縮した。
次の瞬間、その血が斧に纏わりつき“黒斧”となっていく。
「獣王裂牙!」
黒斧が唸りを上げ、ライナの頭上に振り落とされる。
その一撃は地平を貫き、大地を二つに割った。
だが、ライナはもうそこにいなかった。
視界の外、頭上から、紅い閃光。
バルグロスが顔を上げた時には、
神竜剣が、もう彼の背中を貫いていた。
ズガァァァァン!!!
巨体が前のめりに倒れ、地面が震える。
紅い光が背から噴き出し、バルグロスの口から血が吹き出す。
それでも、笑う。
「ガ、ハハハ・・・ッ・・・いい、いいぞ・・・」
「この血が・・・熱い・・・!!これぞ、生の証だ!!」
貫かれながらも拳を握り、逆に背後のライナへ振り向きざまに斧を叩き込む。
ドゴォォォォン!!!
紅と黒が衝突し、世界が光に包まれた。
爆風が空を穿ち、砦だった場所が完全に消滅する。
炎の中、二人の影だけが互いに突き刺さるように向かい合っていた。
バルグロスの身体は限界を超えて再生を繰り返し、
ライナの肉体も血を滴らせながらなお立っていた。
呼吸一つしない。
瞳だけが、互いを映す。
やがて、沈黙を破るように。
「お前・・・本当に・・・人間か・・・?」
バルグロスが血を吐きながら笑う。
ライナは答えない。
ただ、紅い剣をゆっくりと構え直した。
風が止まり、世界が息を潜める。
次の瞬間、二人の姿が消えた。
空間を裂く一撃が交錯し、雷鳴のような轟音が響く。
それはもはや戦闘ではなかった。
“存在と存在のぶつかり合い”。
砦の跡地は、数瞬後にはクレーターと化す。
中央に立つ二つの影、竜と獣。
どちらも立ってはいるが、どちらが先に倒れるか分からない。
砦跡――いや、“戦場だった場所”はもう存在していなかった。
一面の大地が消し飛び、そこには巨大なクレーターだけが残っていた。
灼熱の風が吹き荒れ、岩は融け、空は赤く染まり、
天地の境界さえ曖昧に歪む。
その中心に立つ二つの影。
片方は、半裸の巨躯、全身を裂かれ、血を流しながらもなお立つ獣王バルグロス。
もう片方は、紅い光に包まれた暴走状態のライナ。
神竜剣グラネシスが脈動し、刃から吹き出す光が竜のようにうねる。
彼の瞳にはもはや理性はなく、
そこにあるのは、ただ「殺す」という純粋な衝動。
地を踏みしめた瞬間、地面が崩壊する。
紅い残光を残してライナが突進。
その速さは風を超え、空間を裂いた。
「がはっ・・・!!」
バルグロスの胸を斬撃が走り、血が飛び散る。
瞬きする間に、さらに三度、四度。
剣閃が閃光のように走り、巨体が切り裂かれていく。
「は、ははっ・・・!いい、実にいいッ!!!」
バルグロスは笑った。
全身を切り刻まれながらも、その口から漏れるのは歓喜。
「ここまでだとは思わなかったぞ、ライナァ!!!」
彼は両腕を広げ、全身の魔力を爆発させる。
黒炎が渦を巻き、地面を焼き焦がした。
「ならば、俺様もすべてを出すッ!!最強を超える最狂を!!」
「獣王終式!!破滅轟嵐!!!」
空が割れた。
バルグロスの周囲に現れたのは、無数の黒き魔斧。
それらが一斉にライナへと放たれた瞬間、天地が閃光に包まれる。
紅と黒の嵐がぶつかり合い、
光が爆ぜ、音が消え、次に来たのは静寂。
だが次の瞬間、紅の閃光が闇を切り裂いた。
ズバァァァァァッ!!
「・・・っ!!」
バルグロスの胸元に、一本の剣が突き刺さっていた。
紅く光る神竜剣グラネシス。
刃が深く、心臓を貫いていた。
しばらくの沈黙。
紅い風が吹き抜ける。
バルグロスは目を見開いたまま
やがて、ゆっくりと笑みを浮かべた。
「・・・ガ、ハハ・・・はははは・・・!」
崩れ落ちる膝。
血が口端から零れる。
「楽しかったぞ・・・ライナ・・・」
「魔王には圧倒的な力の差の前に絶望して出せなかった俺が・・・ようやく、“本気”を出せた・・・」
「感謝するぜ・・・この戦い・・・最高だった・・・」
その言葉とともに、バルグロスの身体が光の粒子となり、崩れ落ちていった。
黒い魔紋が消え、獣王の魂は静かに空へと溶けていく。
そして、沈黙。
だが、そこで終わりではなかった。
ライナは止まらなかった。
バルグロスを斬ったその瞬間、グラネシスの奥で、封印されていた何かが完全に解放されたのだ。
「――――」
ライナの口から、声にならぬ咆哮が迸る。
その瞬間、大地が軋み、空が裂けた。
地平線の彼方まで紅い光が走り、
砦跡の周囲数キロの地形が一瞬で消し飛ぶ。
地が反転し、岩が浮き、炎の渦が天に昇る。
空気が震え、重力が狂い、世界が悲鳴を上げる。
紅蓮の暴風の中心で、ライナが立っていた。
もはや人の形を保っているのが奇跡だった。
全身から放たれる紅い竜紋が、皮膚を裂き、血と光を撒き散らしている。
「ライナ・・・?」
誰かの声が、遠くで呼んだ。
だがライナには届かない。
その瞳は、ただ“破壊”だけを映していた。
山を裂き、空を切り、存在するものすべてを消すために。
世界が、彼を恐れた。
神竜剣が、彼を喰らっていく。
その咆哮が響くたびに、
大地が崩れ、空が赤く染まった。




