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52.バルグロス砦、開戦

バルグロス・デイモンを倒す事に決めた、三人はバルグロスが根城にしている砦に向かっていた。


砦へ続く荒野。


岩陰から現れた数体の獣人兵が、ライナ達の進軍を阻んだ。狼のような顔をした戦士、虎の筋肉をまとった斧兵、背丈二倍の大盾を構える猪の兵士。


「勇者!ここから先は通さん!」


「またお決まりの台詞ですねぇ」


リリスが冷ややかに吐き捨てると、神竜剣を握り直したライナが一歩前に出た。


「行くぞ」


瞬間、戦場に火花が散る。


ルミナが杖を振り抜き、火弾が一斉に弾け飛ぶ。爆炎に包まれた敵兵の視界が揺らいだ隙を突き、ライナが神竜剣を閃かせる。剣圧が地を裂き、猪の大盾兵を吹き飛ばした。


「クク・・・やりますねぇ」


リリスは歌声と共に竪琴を奏で、音の刃を解き放つ。狼の戦士が耳を抑えて悶絶し、虎の兵が動きを鈍らせた瞬間、ライナが駆け抜ける。


「はぁぁッ!!!」


鋭い一閃。獣人兵の武器が真っ二つに砕け、彼らは呻き声と共に地に崩れ落ちた。


「ふぅ・・・小手調べにしては悪くないわね」


額の汗を拭いながらルミナが吐き捨てる。


「ここで立ち止まってたら、バルグロスの笑い声が聞こえてきそうですねぇ」


リリスが挑発めいた笑みを浮かべる。


ライナは剣を収めると、険しい顔で遠くにそびえる砦を見据えた。


「・・・もうすぐだ。あの砦の中に、バルグロスが待っている」


やがて、三人の前に灰色の巨壁が姿を現した。


砦の上では数十体の獣人兵が鬨の声を上げ、槍と弓を掲げている。門扉は分厚い鉄で補強され、まるで牙をむいた獣が口を開けて待ち構えているかのようだった。


リリスが低く呟く。


「・・・歓迎されてるみたいですねぇ」


「歓迎というより、餌を待ってる目だな」


ライナは神竜剣の柄を握りしめた。


砦の最奥、石の玉座に腰を下ろすバルグロスが、遠くからでも聞こえるほどの大笑声を上げていた。


「勇者ァァァ!!よくぞ来たッ!!ここで血祭りにしてやるぜェェェ!!!」


砦全体が彼の咆哮に呼応し、大地までもが震えているように感じられた。


砦の上空を、曇天を裂くように角笛の音が轟いた。


一瞬の静寂、そして次の刹那、戦場は咆哮と怒号の奔流に呑み込まれる。


バルグロス陣営の獣人達は、地を蹴るたび大地を揺らしながら突進する。血に飢えた獣の眼光が赤々と輝き、鉄と牙が唸りを上げて迫る。


「行くぞ!!」


ライナの声と同時に、ルミナ、リリスが攻撃を開始した。


リリスは竪琴を奏で獣人達を無力化していき、そこにルミナの魔術が炸裂する。


取りこぼした獣人達はライナが神竜剣で斬り進んでいく。


獣人たちの膂力は人の数倍。攻撃をまともに喰らえばひとたまりもない。


バルグロスは砦の奥、高台の黒い玉座にも似た岩に腰を下ろし、腕を組んでその光景を見下ろしていた。


「・・・来たか、勇者ども。歓迎するぜぇ!!」


その声には焦りも怒りもない。


あるのは、圧倒的な余裕。そして狩人が獲物を見定める愉悦の色。


数で押し寄せる獣人達は尽きぬ波、その牙が次々とライナに襲いかかる。


それでもライナは止まらない。


「俺が前に出る・・・!リリス、ルミナ援護を!」


リリスの竪琴と歌が周囲に響き渡り、音の刃が獣人達を切り刻み、ルミナは光弾で撃ち抜く。


群れが一瞬にして動きを止めた。


「どきなさい!!」


「ふふ、動けないのですかぁ?やっぱあいつの部下はこの程度ですかぁ」


だが、その美しい微笑みの裏には、深い動揺があった。


バルグロスが見ている。あの狂気の男が、自分達を観察してる。


リリスはその視線を感じていた。肌を焼くような圧迫感。


「・・・全員まとめて地獄へ堕としてやるですぅ!」


音の刃が全方位に放たれる。


爆風が走り、リリスの長い髪が翻った。


砦の後方、崩れた石壁の陰から聖印を掲げ、ルミナの祈りが天に届く。


「聖なる加護、光輪の庇護よ、サークル・オブ・フェイス!」


淡い金光が三人の周囲に広がり、飛来する槍や矢が触れた瞬間に霧散する。


だがそれはただの防御魔法ではない。


祈りに応じるかのように地面から白百合が芽吹き、ライナとリリスの傷を癒していく。


「ガンガン戦って!!多少の傷なら私が治療する」


彼女の瞳には決意が宿っていた。


まだ役に立てない自分が前線に立つ二人を見て、胸が張り裂けそうになる。


それでも、ルミナは手を止めなかった。


「リリス、癪だけど、あんたの事も……私は信じるわ」


リリスが一瞬だけその声に振り返り、微笑んだ。


「どの立ち位置から物を言ってるのですかぁ?あんたに信じてもらわなくてもリリスは負けませんよぉ」


高台からその様子を見ていたバルグロスは、牙を見せて嗤った。


「おもしれぇ・・・。やはり勇者どもは、見ていて飽きねぇな。」


その瞳に宿る光は、獣のもの。


今はまだ、手を出す気配すらない。


ただ、じっと。彼らの奮戦を愉しむように見下ろしていた。


「もう少し踊れ。お前達がどこまで抗えるのか・・・このバルグロス様が、じっくりと見てやる」


血と土煙に染まる砦。


獣人達の咆哮が、まるで嵐のように渦巻いていた。


その波濤の中で、ライナ、リリス、ルミナの三人は背を合わせるように立っていた。


息は荒く、魔力の奔流で空気が震えている。


だが、敵は尽きぬ。


どれほど倒しても、次から次へと現れる黒毛の獣人達。


「はあああああぁッ!!!」


神竜剣グラネシスが唸りを上げ、白金の閃光を放つ。


斬撃が空を裂き、十体、二十体の獣人が一瞬で塵と化す。


だが、すぐさま後ろから次の群れが押し寄せる。


ライナの腕は震え、息も荒い。


「・・・ライナ、もういいです!」


リリスがそう叫ぶと同時に、竪琴の弦を爪で弾いた。


澄んだ音色が戦場に響き渡り、空気が震える。


音の波紋が拡がるたび、白の魔法陣が足元に浮かび上がる。


「哀哭の旋律〈ラメント・メロディア〉!」


彼女の歌声が響くと、獣人達の動きが止まり、耳を押さえて絶叫した。


音は彼らの精神を蝕み、骨の髄まで侵食していく。


それは美しくも恐ろしい旋律。魂を削る歌。


血飛沫の中で竪琴を奏でるリリスの姿は、まるで戦場に舞い降りた黒い歌姫。


「ここはリリスたちが押さえるです。ライナはあの男のところへ行くです」


「でも、お前達を・・・!」


「行って!」


その声は、烈火のように鋭く、しかし確かな愛情が滲んでいた。


「リリスたちの事は心配いらないです。ライナにはあいつに集中してほしいのです。ここで無駄に体力を削られたらあいつに勝てなくなるのです!!」


「光よ、彼の道を照らしたまえ!」


ルミナが白銀の杖を高く掲げると、まばゆい光柱が天へ伸びた。


砦の闇を貫くその輝きが、戦場の全てを照らし出す。


「セラフィック・ドーム!」


その瞬間、光の壁が三人を包み、突進してきた獣人達が弾き飛ばされた。


聖なる輝きが彼女の足元に紋章を描き、リリスの歌と重なって共鳴する。


「ライナ、リリスの歌が切れる前に行って!私が持たせる!」


白銀の杖の先から放たれる魔法弾が、雷鳴のように炸裂した。


一撃ごとに獣人が焼け、焦げた臭いが風に乗って流れる。


その顔には痛みも恐怖もない。


ただ、覚悟だけがあった。


「・・・二人とも・・・ありがとう」


ライナは短く呟くと、剣を構えた。


「グラウ=ネザル・・・分かってるだろうな」


『今のところ訓練の成果は出ておる。自分自身を信じ前に突き進め。また危うくなれば我が全力で止めてやるわ。我の目的の為に』


一瞬、世界が光で満たされた。


地面が割れ、風が奔り、ライナの体が爆風に包まれる。


跳躍、砦の階段を、ただ一直線に駆け上がる。


神竜剣の力が足元を押し上げ、まるで重力すら拒むように。


下でリリスとルミナが戦い続ける音が聞こえる。


竪琴の旋律、杖の炸裂音、悲鳴、咆哮、それらがすべて混じり合い、遠のいていく。


高台の上、バルグロスが笑った。


「ようやく来るか・・・勇者」


その口元に、残酷な笑みが浮かぶ。


「さて、どこまでやれる?」


砦の上空で、風が鳴いた。


ライナはその中心に立ち、神竜剣を構える。


バルグロス・デイモンとの戦いが幕を開ける。

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