51.二人目のギルデッド・スターズ
神竜剣の深淵を覗いたライナは危機的状況に陥るが、ルミナ、リリス、グラウ=ネザルのおかげで無事戻ってくる事ができた。
リリスはまだライナにしがみついたまま、濡れた頬を押し付けて離れようとしなかった。
「・・・バカ。無茶しすぎなのです・・・。目が覚めなかったら・・・リリスは・・・」
声がかすれ、最後は言葉にならずに消えていく。
ライナは苦笑しながら、その背を軽く叩いた。
「ごめん。でも、あれはやるしかなかった。・・・大丈夫、俺は魔王を倒すまで死なないさ」
力強く言い切ると、リリスは涙に濡れた顔を上げて睨むように見つめる。
「分かったけど!次はないですからね」
二人のやり取りを見ていたルミナは、少し視線を逸らした。どこか居心地が悪そうに眉を寄せ、それでも口を開く。
「・・・ったく、二人とも。こっちは本気で肝が冷えたんだから。起きた瞬間からいちゃつかないでもらっていいですか?」
「い、いちゃついてない!」
慌てて言い返すライナの横で、リリスはわざとらしくライナの腕に抱きつき直し、にやりと笑う。
「いちゃついてるって言われるなら、それでもいいですけどぉ?」
「・・・っ!」
ルミナのこめかみに青筋が浮かぶ。杖を握り直す手に力が入りかけたが、ライナが慌てて両手を広げて止めに入った。
「待った! 今はそういうのやめろ! 俺はまだ寝起きなんだ、勘弁してくれ」
小さな沈黙が落ちる。リリスは肩をすくめてそっぽを向き、ルミナはむすっとした表情のまま。だが互いに言葉を飲み込んだ。
ライナは二人を順に見渡し、真剣な口調で続けた。
「・・・正直に言う。俺はまだ神竜剣をうまく扱えない。制御も中途半端で、今回みたいに危うい橋を渡ることになるかもしれない」
その言葉に、リリスはぎゅっとライナの腕を抱きしめ、静かに言った。
「だからこそ、リリスがいるのです。ライナと一緒に戦うって決めたんですから」
ルミナは腕を組み、やや不満げに言葉を投げる。
「私だって守るつもりはあるわよ。ただ・・・今のままじゃ足手まといだって、この前、散々言われたけど」
少し悔しそうに顔を伏せ、そして強い瞳でライナを見据える。
「だから、もっと強くなる。ライナの足を引っ張らないように」
ライナはその真剣な表情を見て、小さく頷いた。
「・・・頼りにしてる。リリスも、ルミナも。これから先、俺一人じゃ絶対に辿り着けない道だから」
その言葉に、二人の胸の奥で別々の感情が同時に揺れる。
リリスは「自分だけを特別に見てほしい」と思い、ルミナは「背中に追いつくために走らなきゃ」と思う。
そして互いに横目で睨み合うように視線を交わし・・・。
「・・・まあ、せいぜい役に立つのですぅ」
「そっちこそ、すぐに足引っ張らないでよ」
と同時に吐き捨てる。
ライナはその小競り合いにまったく気づかず、ベッドの上で拳を握りしめた。
手の甲に刻まれた痣がかすかに熱を帯びている。
(必ず使いこなす。扉の向こうの力も……俺自身も)
翌朝。
宿舎の一角で簡素な荷を整えたライナは、ベルトに神竜剣を収めると二人に向き直った。
「・・・よし。体調も問題ない。じゃあ次はどこへ向かうのがいいと思う?」
問いかけに、リリスが真っ先に反応した。
「決まってます。バルグロス・デイモンの砦です」
その声には迷いがなく、瞳はまっすぐ。
ルミナが眉をひそめる。
「ちょっと待って。バルグロスの拠点が近くにあるのは気づいてたけど、あいつが拠点にしてる砦って・・・この辺りでも危険地帯扱いされてるところよ? 兵もかなりの数が常駐してるって聞いたわ」
「だから?」
リリスは肩をすくめる。
「どうせリリス達の存在はいずれあの脳筋バカに伝わるですぅ。だったら待って追い詰められるより、こちらから動いた方がいいに決まってるですぅ」
ルミナは唇をかむ。
「無謀よ。情報も準備も足りてないのに突っ込むなんて・・・」
「臆病ですねぇ」
リリスは挑発するように笑った。
「バルグロスは戦闘狂。放っておけば町や村を襲って、人間を血祭りにあげるですよ?後手に回るより先に仕留める。それだけの話ですぅ」
二人の視線が火花を散らす中、ライナはしばらく黙って考え込み、そして口を開いた。
「・・・リリスの言う通りだ。どうせいずれはぶつかる事になるし、避けても向こうから来るなら、準備しても不意を突かれるだけかもしれない。それなら先に動く方がいい」
「ライナ!」
リリスの顔がぱっと輝く。自分の意見を受け入れてくれたことが心底嬉しかったのか、思わずライナの腕に両手でしがみつき、子供のようにはしゃいだ。
「ふふっ、やっぱり分かってますですね! ライナとなら絶対うまくいくと思ってました!」
「ちょっ・・・リリス、落ち着けって」
慌てるライナの隣で、ルミナは深いため息をついた。
「・・・もう。どうせ言っても聞かないんでしょ。分かったわ、付き合う。でも無茶は絶対にさせないから」
リリスはルミナを一瞥し、勝ち誇ったように小さく鼻を鳴らす。
「足手まといにならないでくださいねぇ」
ルミナは言い返そうとしたが、ライナが割って入るように笑った。
「よし、決まりだ。目的地は、バルグロスの砦だ」
その宣言に、リリスは満足げに頷き、ルミナは複雑そうに眉を寄せながらも覚悟を決めた表情を見せた。
ーバルグロス陣営ー
岩山を削って造られた要塞、それがバルグロスの砦だった。
粗雑に積まれた石壁は見る者を圧倒する威容を放ち、内側には鬨の声と鉄の匂いが満ちていた。
「ギャハハハハ!!!」
玉座代わりに置かれた巨石の上で、筋骨隆々の大男、獣人の戦士バルグロスが喉を震わせて哄笑していた。
その巨体には無数の傷があり、両腕は人間の倍はあろうかという太さ。爪は鋭く、ただ立っているだけで地を震わせるような圧があった。
「来るか・・・!あの異世界の小僧が、俺様の縄張りに!!!」
赤黒く光る目を爛々と輝かせ、両の牙をむき出しにする。
側近の獣人兵が膝をつき、報告を続けた。
「バルグロス様、敵は三人。異世界の勇者ライナと、魔術師の少女、そして・・・元ギルデッド・スターズのリリス・アーディアです」
その名を聞いた瞬間、バルグロスは一層豪快に笑った。
「リリスだとォ!?ククク、やっぱり、裏切ってたか!セレネアの奴が言っていた通りだな!」
「裏切り者には、相応の末路を与えてやらねぇと・・・なァ!!」
拳を叩きつけた石床が一瞬でひび割れ、砦全体が低く唸る。
「勇者を八つ裂きにするついでだ。裏切りの小娘もまとめて屠ってやる! 俺様の爪にかかれば、人間だろうが魔族だろうが肉片に変わるんだよォッ!!!」
獣人達が一斉に吠え、戦鼓を打ち鳴らす音が砦にこだまする。
その音はまるで生贄を待ちわびる獣の群れの遠吠えのようだった。




