48.ライナとグラウ=ネザルの取引
夜営の焚き火がパチパチと弾ける。
ライナは食事を終えると、少し離れた岩に腰をかけ、神竜剣の手入れを始めていた。火の粉を反射する銀の刃を見つめながら、静かに布を滑らせている。
その後ろ姿を、リリスは頬杖をついて見つめていた。
瞳は少し潤んでいて、まるで胸の奥を締め付けられているように。
(・・・やっぱり二人きりがよかったです。せっかく人間に戻って、隣にいられると思ったのに・・・)
だが、焚き火を挟んだ向かい側では、ルミナが黙々と杖の結晶部を磨いていた。眉間に皺を寄せ、呟くように詠唱の練習までしている。
「・・・フレア・スパーク・・・魔力の流れを・・・もっと速く・・・」
真剣そのものの顔に、リリスの眉がピクリと動いた。
「あの〜、そんな必死にやってどうするつもりですぅ?」
ルミナは顔を上げる。
「どうするつもりって・・・決まってる。ライナに認めてもらえるくらい強くなるのよ」
迷いのない言葉。その視線は、剣を磨くライナの背中に真っ直ぐ向けられていた。
だがそこに恋の色はなく、ただ「追いつきたい」という強い意志だけがあった。
リリスの胸に小さな苛立ちが渦巻く。
「・・・ふん。あなた、ライナのことどう思ってるのですか?」
「え?」ルミナはきょとんとした顔をした。
「どうって・・・強くて、目標で・・・それ以上でも以下でもないけど」
あまりに即答だった。
リリスは唇を尖らせ、ふいと視線を逸らす。
「本当にそれだけですかぁ?」
ルミナは首を傾げた。
「何よ?」
「・・・別に」
リリスは竪琴を抱きしめるようにして黙り込む。その態度にルミナはさらに首をかしげた。
「あなたこそ、ライナのこと・・・」
言いかけて、ルミナはふと何かに気づいたように目を細めた。
「・・・ああ、そういうことね。だから私が邪魔なんだ」
リリスの頬が一瞬で赤く染まる。
「ち、違います!そ、そんなこと・・・っ!」
慌てて否定するその声は裏返っていて、余計に図星を晒してしまっていた。
ルミナは苦笑し、杖を立てかけると小さくため息をついた。
「・・・悪いけど、私は今はそんなこと考えてない。ライナのことを異性としてどうこうなんて・・・強くなるのが先だから、魔王討伐に支障がなければ好きにしていいわよ」
その割り切った声に、リリスは胸を突かれたように押し黙る。
(・・・何余裕ぶってるですか、この女)
焚き火を挟んで視線をぶつけ合う二人。
片や恋のライバルとして燃え上がり、片や目標への執念で真っ直ぐ進む。
互いに違う理由でライナを見つめながらも、そこに確かに火花が散っていた。
当の本人はというと、剣を磨き終え、何事もなかったように振り返って言った。
「お前ら、もう休めよ。明日も歩くんだからな」
二人は同時にライナを見て、言葉を飲み込む。
焚き火の火の粉が夜空に舞い上がり、三人の影を揺らめかせていた。
翌朝
まだ夜明けの靄が立ちこめる森の中を三人は進んでいた。鳥の囀りが遠くから聞こえ、涼やかな風が枝葉を揺らす。
ライナは地図を片手に、いつも通り前を歩いていた。
「この先の村を抜ければ、王都方面に抜ける街道に入れるはずだ。そこで補給を整えてから次の目的地に向かおう」
実務的で淡々とした口調。
それに、後ろを歩くリリスとルミナは同時に「はい」と答えた。
しかし・・・。
その声色には微妙な棘が混じっていた。
道中、ライナが水を汲みに小川へ降りた時のこと。
二人きりになった瞬間、空気が一変する。
「・・・さっきから近すぎですぅ」
リリスが歩調を緩め、ルミナとの距離を詰めて小声で言う。
「近い?私はただ一緒に歩いてるだけでしょ」
ルミナは眉をひそめ、あっさり返す。
「“だけ”って・・・。その“だけ”が鬱陶しいのですぅ。分かんないんですかぁ?」
「・・・分からないわね。私は強くなるためにここにいるんだよ。ライナと肩を並べられるように。余計な意味なんてない」
無表情に言い切るルミナ。その無自覚さが、リリスには余計に癪に障る。
「・・・ふん。余計な意味がないなら、なおさらですぅ。ライナの隣は“リリスの居場所”なんだから」
リリスは腕を組み、勝ち誇ったように言い放つ。
ルミナはため息をつき、冷たい目を向けた。
「自分で勝手に決めてるだけじゃない。そんなに言うなら・・・実力で証明すればいい」
「望むところです。昨日の二の舞にしてあげるですぅ」
二人の視線がバチリと火花を散らす。
そこへ、ライナが水袋を持って戻ってきた。
「おーい、飲むか?」
二人は慌てて表情を取り繕い、同時に「ありがとう」と受け取った。
だが水を飲みながら、互いにだけは絶対に視線を合わせない。
(・・・どうせライナは気づいてないでしょうけど)
(いつか結果で見せつけてやる)
二人の胸の内で別々の炎が燃えていた。
それでも足並みは揃っている。
三人の影は朝日に照らされ、長く道の先へ伸びていった。
夜。
途中どんぱちを始めたルミナとリリスをなだめる為に、大幅な時間を割いてしまったため、今日も野営をする事になったライナ達。
キャンプの焚き火が小さくパチパチと音を立てていた。二人とも疲れ、ルミナは眠りにつき、リリスも横になっている。ライナだけが神竜剣を膝に置き、赤々と燃える火を見つめていた。
(・・・やっぱり、まだ使いこなせてない)
焚き火の炎が剣身に反射し、ゆらめく光がライナの表情を照らす。
リリス戦の記憶が脳裏によみがえる。あの時、ほとんどの技を発動できなかった。
力を込めようとするたび、制御を振り切って暴走の気配が走り、体の芯から崩れていく感覚に襲われた。
(このままじゃ・・・いつか本当に自分ごと吹き飛ぶ)
ライナは剣を両手で握りしめ、低く呼びかけた。
「グラウ=ネザル。聞こえてるんだろ」
沈黙。
焚き火が弾ける音だけが夜に響く。
「グラネシスを使うたびに、俺の体が削られてるんだ。・・・いい加減、もう少し協力的になってくれないか?」
しばらくして、剣の奥から低い声が響いた。
『協力?笑わせるな、人間。我が力は“お前ごとき”が扱える代物ではない。この前は利害が一致したからほんの少し貸してやっただけ。ただ、振り回しているだけだ』
冷淡な声。だがライナは怯まずに言葉を返す。
「振り回してるだけ、か……。だったら、このままじゃ剣の力が発揮される前に俺が潰れる。それでいいのか?お前が欲しがってる“俺の体”が無くなっちまっても」
グラウ=ネザルの声が一瞬止まった。
焚き火の音が余計に大きく響く。
『……脅しているつもりか、人間』
「脅しじゃない。事実だ。このまま俺が暴走で死ねば、お前の望みは永遠に果たせない」
剣を握るライナの手に力がこもる。
真っ直ぐな眼差しで、剣の奥に潜む存在へ訴える。
「だから、俺を殺したくないなら、俺と組め。俺は強くなって生き残る。お前は俺の体が五体満足で手に入るかもしれない。利害が一致してると思うが」
しばしの沈黙の後、深いため息のような声が返ってきた。
『・・・小賢しい人間め。だが確かに、今のお前の言葉は理がある。いいだろう。癪だがほんの僅か、我が力、グラネシスの扱い方を示してやる』
剣身が淡く光を帯びる。
それは炎でも雷でもなく、純粋な“制御”の気配だった。
『勘違いするな。我はお前を認めたわけではない。利用価値が尽きぬ限り、仕方なく協力するだけだ』
ライナは小さく笑い、頷いた。
「上等だ。それでいい。・・・使いこなしてみせる」
焚き火の火花が舞い上がり、闇の中へ消えていった。
ライナの目は眠気の欠片もなく、ただ次なる戦いへの決意を宿していた。




