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47.超えられない壁

ライナが制止の声を上げるより早く、ルミナは杖を構え、魔力を込めて詠唱を始めた。


「《光槍連陣〈ルーメン・ランサーズ〉》!」


杖の先端から放たれた光槍が幾十も生まれ、雨のようにリリスへと降り注ぐ。


だがリリスは竪琴を軽く爪弾いただけで、周囲の空気が音に震え、光槍は弾かれて四散した。


「っ・・・!」


 ルミナはすぐさま杖を振り上げ、次の詠唱に移る。


「《閃光収束砲〈フラーレ・キャノン〉》!」


杖先に光が凝縮し、巨大な閃光が一直線に撃ち放たれる。


しかしリリスが竪琴の弦を一撫ですると、響き渡った旋律が光そのものを解きほぐし、眩い砲撃は空気に溶けるように掻き消えた。


「な、何で・・・?詠唱も、魔力制御も・・・全部完璧なはずなのに・・・!」


ルミナの頬を汗が伝う。


それも当然だった。リリスはまだ詠唱すらしていない。


自然律制御と魔力共鳴を、呼吸のように無意識で行っている。


一方ルミナも無詠唱はできるが、どうしても無詠唱の時は魔術を発動するたびに頭で術式を組み立て、魔力の流れを調整する必要がある。そして威力が分散する。リリス相手にそれは愚策。


そのわずかな「考える時間」が速度の遅れとなり、威力の差となって現れていた。

「そんなに必死に頭で考えて・・・詠唱して・・・。リリスは、心臓が鼓動するのと同じように魔術を操れるのですぅ」


リリスは余裕そのものの声で告げる。


そして竪琴を再び鳴らす。


低く、重く、地を揺るがす和音。


ドォン――!


音の奔流が爆風のように押し寄せ、ルミナの杖ごと防御の障壁を弾き飛ばした。


彼女の身体は宙を舞い、背中から地に叩きつけられる。


「ぐっ・・・ああっ・・・!」


肺の空気が押し出され、視界が揺らいだ。


カイルやフェリアとの必死の鍛錬の日々が、無残に打ち砕かれる。


その努力が無意味だったと突きつけられる絶望に、胸が締め付けられる。


「・・・これが現実。あなたの限界なのですよ」


リリスは竪琴を片手に、冷然と見下ろした。


「リリスはもう“人間”に戻って、力は落ちているですぅ。それでも、あなたじゃ勝てない。お荷物は要らない。ライナの隣に立つ資格もないのですぅ」


冷酷な宣告は、刃よりも深くルミナの心を切り裂く。


震える手で杖を支えながらも、立ち上がれない。


ルミナの瞳には、涙がじわりと滲み始めていた。


胸の奥が張り裂けそうだった。


私は・・・無力なの?


守りたいって思っても、結局は誰かの足を引っ張るだけ・・・?


涙が視界を歪める。


それでもルミナは、ぎゅっと杖を握りしめた。


「・・・っ、まだ・・・終わってない!」


声が震えても、心だけは折れていなかった。


脚はがくがくと震え、身体は重い。けれど、地面を押し、よろめきながらも立ち上がる。


「ルミナ・・・」


ライナが息を呑む。


リリスは薄く笑い、挑発するように竪琴を鳴らした。


「まだやるつもりなのですかぁ?・・・惨めに這い上がっても、また倒れるだけですよぉ?」


「・・・っ、それでもいい!何度だって立ち上がる!」


ルミナの声が、震えを越えて力強さを帯びていく。


「私は、ライナと並んで戦いたい。足手まといなんかじゃないって証明する!」


杖の先に、再び光が集まり始めた。


その光は、涙に濡れた瞳の輝きと重なる。


リリスが余裕の笑みを浮かべたまま呟く。


「魔術師のくせに根性論みたいな事言うんですねぇ・・・いいですよぉ。じゃあ証明して下さいよぉ。お荷物じゃないってことを、その細い腕で♪」


竪琴の音色が空気を震わせる。


杖と竪琴、再び魔術師同士の激突が幕を開けた。


杖を握りしめたルミナの魔力が大気を震わせ、連続する魔術が火花のように夜空を彩っていた。


炎弾を撃ち込み、地を裂く風刃を飛ばす。展開の速さはかつての彼女からは考えられない。


幾度もの死戦をくぐり抜けた証だ。


ライナは黙って見守っていた。


ルミナの眼差しは強く、動きは研ぎ澄まされている。


だが、それでも彼は心の中で冷静に断じる。


(・・・まだだ。俺が望む「到達点」には程遠い。これでは・・・リリスに勝てない)


その言葉を証明するかのように、リリスは竪琴を鳴らしながら、まるで遊ぶように全てをいなしていく。


炎は音の壁に散らされ、風刃は指先一つで弾き飛ばされる。


ルミナの焦りが増すほど、リリスの表情は余裕に満ちていった。


「・・・そんな程度で、ライナと肩を並べられると思ったんですかぁ?」


竪琴の弦がひときわ高く鳴り、振動がルミナの杖を痺れさせる。


それでもルミナは諦めなかった。


(正面からじゃ・・・届かない!)


ルミナは一瞬、杖を振る動作を見せながら、もう片方の手を外套の内側へと滑らせる。


そこには、魔術ではなく、鋭く光る短刀が隠されていた。


意表を突く一撃。


魔術師としての彼女を熟知する相手ならこそ、この不意打ちは決め手になるはず・・・。


だが、その刹那。


「・・・浅はか」


冷ややかな声と共に、竪琴の弦が弾けた。


響いた音の衝撃が、ルミナの手を強かに打ち据える。


「・・・っ!」


短刀が手を離れ、宙を舞った。


太陽を反射して煌めいた刃は、乾いた音を立てて地面に転がる。


リリスの瞳が射抜くようにルミナを見下ろす。


「その程度の工夫・・・リリスに通じるとでも?」


次の瞬間、弦が爆ぜるような衝撃波がルミナを直撃した。


防御する暇もなく、身体は宙に浮き、土煙を上げて地面に叩きつけられる。


杖が手から滑り落ち、荒い息だけが喉から漏れた。


全身は痺れ、指一本動かすのもやっとだった。


リリスはゆっくりと歩み寄り、地に伏すルミナを見下ろす。


「・・・やっぱり、ただの足手まといですね」


その冷たい断言に、ルミナは悔しさで歯を食いしばる。


だが、力はもう残っていなかった。


ライナは一部始終を見届け、深く息を吐いた。


草原に風が吹き抜ける。


地面に伏していたルミナは、肩で荒く息をしながら、悔しさに濡れた目を閉じた。


全身に痛みが走り、杖を握る手は震えている。だが、心は折れていなかった。


(・・・負けた。惨めなくらい完敗・・・。私一人じゃ何もできない。でも、それでも・・・まだ終わらない)


ゆっくりと上体を起こし、泥に汚れた頬を拭う。


リリスはそんな彼女を冷ややかに見下ろしていた。


「ほらね?あなたじゃ足を引っ張るだけですぅ。ライナと旅するなんて、十年早いですぅ。もう少し一人旅をして修行しなおしてきたらどうですかぁ?」


突き刺さる言葉に、ルミナは歯を食いしばる。反論したい。だけど今の自分では・・・ただの強がりにしかならない。


そのとき、沈黙を守っていたライナが一歩、前に出た。


「・・・リリス。俺はルミナを連れていく」


真っ直ぐな声。ルミナの心臓が高鳴る。


「ラ、ライナ……」


ライナはルミナに視線を向ける。


「正直に言う。今のお前は、俺が思い描いてた強さにはまだ届いてない。リリス相手にもう少し健闘して欲しかったのが正直な気持ちだ。けど・・・だからこそ、このまま一人で鍛えるんじゃなく、俺とリリスと一緒に戦い、鍛えるべきだと思う」


その言葉に、ルミナの胸の奥に熱が広がっていく。


自分の弱さを認められても、なお必要としてくれる、そのことが何より嬉しかった。


「・・・私は・・・必ず強くなる。次は負けない・・・! だから・・・一緒に行かせて」


ルミナは泥だらけのまま、真剣な眼差しでライナに向き直った。


すると、リリスが小さく鼻で笑った。


「・・・二人の方がいいんですけどねぇ。でも、ライナがそう言うなら、従います」


彼女は肩をすくめて、竪琴を軽く鳴らす。


その音色には承諾の響きがあったが、続く言葉は鋭かった。


「ただし、勘違いしないでくださいね。何度も言いますが、リリスはライナの仲間になっただけです。あなたを仲間だなんて、これっぽっちも思ってませんから」


リリスの宣告に、ルミナの胸はズキリと痛む。


悔しさ、寂しさ、そして負けん気がない交ぜになって押し寄せた。


それでもルミナは目を逸らさない。


(・・・認めさせてみせる。必ず、ライナに・・・リリスにだって)

 

複雑な気持ちを抱えながらも、ルミナは立ち上がる。


こうして三人の旅は、再び始まろうとしていた。


(・・・やはりまだ届かない。だが、倒れる姿を見ても、ルミナの心は折れてはいない。だからこそ・・・)


リリスに完敗し、立ち上がることすらできないルミナ。


その悔しさが、次の歩みに繋がることをライナは信じていた。

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― 新着の感想 ―
 今はリリスとルミナの圧倒的な実力差があるのは分かるし、リリスの性格上そうなるだろう ……というのは分かるんだが、ギルデッド・スターズとして散々暴れ回ったケジメも付けてないのに ライナの仲間のルミナに…
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