45.新たな門出
リリスが仲間になると決めた夜。
ライナはベッドで上体を起こし、リリスは椅子に座って静かに寄り添っていた。
そこへノックの音が響き、扉が開く。
入ってきたのは、銀の髪を揺らす男、騎士団長シリウスだった。
見舞いに来た彼は、ライナの姿を見ると安堵の色を浮かべたが、すぐに視線をリリスに移し、その表情は硬くなる。
「悪いと思ったが立ち聞きさせてもらった・・・ライナ。お前、本気なのか?」
「・・・ああ。本気だ。リリスを仲間にする」
ライナは迷いのない声で告げる。
対してシリウスは眉間に皺を寄せ、深く息を吐いた。
「俺は・・・正直、納得はしていない。あれだけの罪を犯した女だ。だが……お前がそう言うなら、俺は渋々だが従おう」
リリスは驚いたように目を瞬き、言葉を失った。
リリスにとって、それは「騎士団長が見逃してくれる」というだけでなく、ライナの意志が尊重されている証でもあったからだ。
だがシリウスはすぐに現実的な声で続ける。
「・・・だが、騎士団の連中や他の団長達は絶対に納得しない。ギルデッド・スターズのリリス・アーディアは、人類の敵として討たれた、ということにするしかない」
ライナとリリスは同時に言葉を飲んだ。
シリウスの視線は鋭く、そこに妥協はなかった。
「じゃあ・・・ここにいるリリスは・・・?」とライナ。
シリウスは短く答える。
「名を伏せろ。顔はフードで隠せ。絶対にリリス・アーディアだと気づかせるな。全く無関係の少女だと言い張る」
「・・・それ、さすがに無理があるんじゃないか?」
「そうですぅ」と、ライナとリリスは同時に返す。
シリウスはやれやれと頭を抱えた。
「ライナ、お前無茶を言ってるの分かってるか?」
ライナはシリウスからバツが悪そうに視線を逸らした。
シリウスは腕を組み、深く考え込むようにしてから言った。
「確かに、長く滞在すればボロが出るだろう。だが、明日にでも出立すれば問題ない。『ライナは新しい旅に出る。その旅に、一人の少女が同行している』・・・それだけだ」
ライナは目を見開き、リリスもまた息を呑む。
短期間であれば、確かに誤魔化しは効くかもしれない。
やがてライナは苦笑を浮かべ、リリスに視線を向ける。
「・・・だってさ。どうする?」
リリスは小さく俯き、唇を震わせた。
「・・・リリスは大丈夫ですが、ライナは大丈夫なのですか?」
「まだちょっと痛むが問題ないし、これは選んだ結果だ。お前を仲間にするって決めたのは俺だ」
ライナのまっすぐな言葉に、リリスは再び顔を赤くし、黙って頷いた。
シリウスは二人を見て、ふっと目を細める。
「・・・その通りだ。痛いからまだ療養させてくれと、ここで甘さを見せれば、どちらも生き残れないぞ。明日、すぐに出発しろ。俺は・・・それ以上は手助けできない」
厳しい声だったが、そこにはどこか信頼と期待が混じっていた。
ライナは真剣な表情で頷き、リリスもまた小さく頭を下げた。
こうして三人の間にだけ交わされた密約、それが、翌日の旅立ちを決定づけた。
翌朝
王国の訓練場には、すでに多くの騎士団員たちが集まっていた。
昨日の密談のことなど知るはずもない彼らは、異世界の勇者ライナの新たな旅立ちを祝福するために列を成していた。
「勇者殿、どうか道中のご武運を!」
「次に戻った時は、いい知らせを期待してるぜ!」
豪快な声と笑顔に包まれながら、ライナは照れ臭そうに手を振る。
鍛錬の日々を共に過ごした団員たちの表情には、別れの寂しさと誇りが混じっていた。
その横に立つ少女は、深くフードを被っていた。
誰もその顔をはっきりと見ることはできない。
彼女はただ小さく頭を下げ、無言でライナの後ろに立ち従う。
(・・・これが、リリスの選んだ道です・・・)
リリスは胸の奥でそう呟いた。
本当は自分がかつて恐怖と混乱を振りまいた存在だと知られれば、この場は血で染まるかもしれない。
だが、ライナとシリウスの言葉が、彼女をここに立たせていた。
騎士団長達も姿を現す。
シリウスが一歩前に出て、いつもの冷徹な表情で告げる。
「勇者ライナよ。お前は我らの手を離れ、再び世界の大地を行く。だが忘れるな。我らは常にお前の戦いを信じ、背を押す者達だ」
「・・・ああ。今までありがとう」
ライナは真剣に答え、胸に手を当てて深く頭を下げた。
団員達の間から拍手が湧き上がり、見送りの声が訓練場に響き渡る。
その時、リリスは横目でシリウスを見た。
彼は彼女に一瞬だけ視線を送ると、何事もなかったように背を向ける。
(……あなたがくれた猶予、必ず無駄にしません。リリスは……償うために、この人と歩んでみせます)
そう心に誓いながら、リリスは深くフードを被り直した。
そして、旅立ちの準備が整う。
ライナは仲間達へ笑顔を向け、声を張り上げる。
「行ってくる!必ずまた会おう!」
歓声と拍手に送られ、ライナとリリスは城門を抜け、王国を後にした。
多くの人々がただ「勇者の旅立ち」と信じて見守る中、その隣には、誰にも知られぬまま人間へと戻った元魔族の歌姫が、静かに歩んでいた。




