38.復讐の炎を纏う姫
ー魔王城ー
「もうすっかり良くなりましたね」
セレネアが呟いた。
深淵のような黒き空間に、ひとりの少女がゆっくりと立ち上がった。
ギルデッド・スターズの一角、《宵姫》リリス・アーディア。
その肌にはもう傷一つなく、瞳には凄絶な闘志が宿っていた。
長き療養と儀式を経て、魔力も完全回復。
いや、それ以上に彼女の魔力は淀みなく、研ぎ澄まされている。
「・・・もう二度と、取り逃がさない」
唇が冷たい笑みを形作る。
思い浮かべるのは、あの日、自分を打ち破った男、ライナ。
全力ではなかったとはいえ、あそこまで自分を追い詰め、忌々しく、しかし何より心を掻き乱す存在。
「今度こそ・・・あの異世界勇者を葬り去る」
リリスは黒衣を翻し、城の奥深くから立ち上る魔力の渦に身を沈めた。
その先にあるのは、復讐。
標的はただひとりライナ。
「今度は止めませんわ。あなたの今の力なら勇者が相手でも戦えますわ」
「”戦える”?」
リリスはセレネアを冷たい目で睨んだ。
その視線にセレネアは背筋がゾクっとした。
「勘違いしないで。リリスは勇者を一方的に殺しに行くだけ・・・。絶望する暇さえも与えない」
それを言ったリリスは闇の中に溶けて消えた。
(なんて魔力。以前の彼女とはまるで別人。復讐心はあそこまで人を変えるものなの?・・・野暮な疑問ね。そんな事、最初から分かってたはず。私達ギルデッド・スターズは・・・)
セレネアは窓の外を眺め物思いにふけた。
ーアルヴァレスト王国ー
数日が過ぎた。
王国の訓練場は、今日も鋼の音で満ちている。
そこに立つライナの姿は、わずか数日前の彼とは別人のようだった。
四方から迫る四人の団長達。
大盾を構える巨漢、迅速な双剣士、魔導と剣を兼ねる戦士、そしてシリウス。
全員が一斉に仕掛けてくる。
しかしライナの剣は揺るがなかった。
巨漢の大盾を踏み込みの勢いで弾き、双剣の連撃は力を殺して受け流す。
逆に魔導の一閃は風のような剣筋で断ち切り、反撃を繋げる。
一瞬の隙すらなく、攻めと守りが自然に繋がっていく。
「な・・・っ!俺の盾を押し返しただと!?」
「ついこの前まで力に頼りっきりだったあの豪剣だけの男はどこにいった!」
団長達の驚愕が声になる。
その中でシリウスだけは冷静に剣を構えていた。
「・・・なるほど。力の制御を学び、戦術を広げたか」
ライナは汗を滴らせながらも、力強く笑みを浮かべる。
「まだまだだけどな・・・でも、前みたいに翻弄されるだけじゃねぇ!」
シリウスの鋭い突きが走る。
それに対し、ライナも剣を走らせる。
金属がぶつかる。
地を割る衝撃音と共に、二人の剣は拮抗していた。
「ほう・・・ようやく、まともに受け止められるようになったか」
「俺は・・・剣士として強くなりたいんだ!英雄だとか称号はどうでもいい。ただ、もっと高みへ!」
シリウスは短く息を吐き、剣を押し返す。
「ならば来い。お前の剣がどこまで伸びるのか、この手で確かめてやろう」
再び剣戟が交わされる。
周囲の団長達が驚きと興奮を覚えるほど、ライナはシリウスとほぼ互角に渡り合っていた。
剛と柔を併せ持つ剣
それが、少しずつ形になり始めていた。
王国の大訓練場に、静かな余韻が残っていた。
シリウスとの激闘は結局決着がつかず、剣を交わしたまま互いに一歩も引かずに終わった。
剣戟の音が消えた後も、見守っていた団長達や兵士たちはしばらく息を飲んでいた。
高座からその様子を見下ろしていたアルヴァレスト王国の国王、アルディナス三世が、やがて深く頷く。
「よくぞここまで成長したな、ライナよ。そなたの剣は、すでに王国最強の騎士団長たちと並び立つに足る。その力は確かに本物であり、何よりその心根が良い」
シリウスも剣を収め、肩で息をつきながら苦笑する。
「まだ荒削りだが・・・確かに一流の剣士だな。あとは魔王討伐までの旅の中で磨け」
ライナは真っ直ぐ立ち、拳を握りしめて頭を下げる。
「・・・ありがとうございました。学べることは学びました。次は、この剣を旅の中でさらに強くしたい。だから、俺は再び旅立ちます」
その宣言に、騎士団や団長達は口々に笑みを浮かべた。
夜、訓練場に大きな焚火が焚かれた。
甲冑を脱ぎ、肩を組み合い、豪快に酒を酌み交わす騎士達。
肉が焼かれ、笑い声が響き渡る。
「おいライナ!お前、あのシリウス団長相手に互角だったんだぜ?胸張れよ!」
「くっそ・・・オレも昔挑んでみたが、瞬殺だったよ・・・」
「シリウス団長は入団当時から既に周りとは一線を画していた。とんでもねぇ逸材だよ。そんな団長とたった数日で渡り合えるようになったんだ。お前もとんでもねぇ化け物だよ」
「次帰ってきたら団長の座も狙えるかもしれんな!」
豪放磊落な騎士たちの冗談に、ライナも苦笑しながら杯を受け取る。
「はは・・・やめろよ。俺はただ、剣士として強くなりたいだけだ」
その素直な言葉に、団長達の目にも仲間意識が灯っていた。
炎に照らされた光景は、まるで家族のような温かさだった。
「ところで、ライナは勇者なのか?」
団員の一人が酒で顔を赤らめた状態で聞いてきた。
「そういえば、事あるごとに勇者がどうたらこうたら〜って言ってたな」
他の団員達も興味津々にライナに寄ってきた。
ライナは少し困った様子を見せ、団員達に静かに語り出した。
「信じるかは個々に任せるよ。実は俺は別の世界から来た人間なんだ。その世界では俺は魔王を倒した勇者としてみんなに慕われていた。そしてある日、この世界に召喚されて、また魔王退治を頼まれたんだ」
ライナの話に全員真剣に静かに聞いていた。
団長達は妙に納得した顔をしていた。
「でも、別の世界の魔王を倒したってなら、あの強さも納得だな」
一人の団員がそう言うと他の団員達も次々と賛同し始めた。
「それに別の世界だからってライナはライナだ。俺達の仲間だ!!」
団員達がライナに次々と抱きついてきた。
ライナはもみくちゃにされながらも受け入れられたという実感が湧き心があったかくなるのを感じていた。
その様子を隅っこで見せられている神竜剣の中にいるグラウ=ネザル。
『・・・何者かがこちらに近づいてきてるな・・・。この調子なら・・・』
グラウ=ネザルは何かを感じ取っていた。
翌朝。
荷を背負ったライナは、城門前に立っていた。
鎧を纏った騎士団長達、そして数多の兵士が整列し、彼を見送っている。
「ライナ、気をつけてな!」
「またいつでも戻って来い!今度は俺が相手してやる!」
ライナは笑みを返し、静かに頷いた。
「ありがとう。・・・必ず戻ってくる」
そう言って一歩、外の世界へ踏み出そうとした瞬間・・・。
空が裂けた。
黒紅の魔力が奔流となって訓練場と城門を覆い尽くす。
空気が重く、兵士たちが思わず膝をついた。
「・・・っ、な、なんだこの魔力は・・・!?」
「来るぞ・・・っ!」
王国全土に響き渡るような嘲笑と共に、空間が歪み、漆黒の衣を纏った女が現れる。
「ようやく見つけたよ、異世界勇者・・・」
長い紅髪を揺らし、紅玉の瞳を光らせる少女。
ギルデッド・スターズのリリス・アーディア。
「リリス・アーディア!!」
完全回復したその姿は、かつての戦いの時よりも遥かに妖しく、美しく、そして恐ろしかった。
「今度こそ、お前を殺す」
冷ややかな声と共に、城門の大地が爆ぜ、紅蓮の魔弾が降り注ぐ。
兵士達が一斉に剣を抜き、団長達が前に立つ。
ライナは振り返らず、ただ剣を抜いた。
宿命の再戦が、幕を開けようとしていた。




