35.戦禍と対抗策
ガルロス=タートラを撃破しイルシアを退かせたルミナ、フェリア。
粉塵が収まり始めた頃、よろめきながらも歩み寄る人影があった。
杖を片手に支え、全身傷だらけで血の気の引いた顔、カイルだった。
「・・・ルミナ、フェリア・・・!」
その声に振り返った二人は、倒れ込むように駆け寄ってきたカイルを支える。
フェリアは真っ先に問いかける。
「カイル!無事だったんだね!お師匠さんは・・・?」
その名が出た瞬間、カイルの表情がわずかに陰った。
唇をかみ、答えるまでに一拍の間を置く。
「・・・師匠は・・・もういない」
沈黙。
ルミナもフェリアも言葉を失った。
都市を守り導いてきた存在の死は、胸を突くにはあまりに重い。
だがカイルは続けた。
「・・・でも、最後に・・・僕に魔術を託してくれたんだ。予言魔術を。そのおかげで……魔王軍の一人ヴァルドを倒すことができた」
震える声ながらも、その言葉には確かな誇りがあった。
フェリアは俯き、拳を強く握りしめる。
ルミナは目を閉じ、小さく呟いた。
「・・・エリオス様・・・」
三人はしばし無言で立ち尽くし、都市に吹く風の音だけが耳に響いた。
都市は戦火で大きな傷を負っていた。
建物は崩れ、街路は瓦礫に埋まり、負傷者の声が絶えない。
しかし、残った魔術師達と市民が力を合わせ、少しずつ立て直しが始まっていた。
カイル、ルミナ、フェリアは戦いの代償で深い疲労を抱えていたため、最初の数日は完全に休養に専念した。
傷が癒えるまで、彼らもまた都市の人々に支えられ、療養を余儀なくされた。
夜には静かな宿舎で、三人が肩を寄せ合いながら短い会話を交わす。
「・・・あんな戦いを、またすることになるのかな」
「でも・・・今度はもう、誰も犠牲にしたくない」
「師匠の思いを継ぐんだ。俺達で」
傷は完全には癒えていない。
だが数日の休養の中で、三人の決意はより強くなっていった。
やがて都市は最低限の生活を取り戻し、瓦礫の山も片付けられていった。
その頃、都市の上層部による会議が開かれる。
広間には魔術師団の指揮官や学者達が集い、その中央にカイル、ルミナ、フェリアの三人が座した。
「・・・まずは感謝を。君達がいなければ、この都市は完全に滅んでいた」
重鎮の一人が言葉を向ける。
しかしその直後、別の者が口を開く。
「だが・・・敵はまだ動いている。魔王軍も、混沌の使徒も。このまま防衛を固めるだけでは、次は持たないだろう。魔王軍の方に至ってはエリオス様が亡くなった事で結界が消滅し、奴らが本来の力で戦えるようになった」
会議の場に重苦しい空気が流れる。
三人は互いに視線を交わし、カイルが口を開いた。
「師匠が残してくれた魔術は、まだ俺の中で完全に扱いこなせていない。でも、必ず・・・力に変えてみせる。そしてルミナ、フェリア、俺達三人で、次に備えるんだ」
ルミナが頷き、静かに続ける。
「今度は都市だけじゃなく・・・世界全体を守るために」
フェリアもまた、剣を握りしめながら強く言い放つ。
「敵はどれだけ強くても・・・絶対に押し返す」
三人の決意は、会議の空気をわずかに変えた。
数日の復興作業を終え、都市の空気にはようやく落ち着きが戻り始めていた。
その中で開かれた小規模の会議。
出席者は、カイル、フェリア、ルミナ、そして数人の魔術師団幹部。
今後の行動を決めるための場だった。
ルミナは会議が終わりかけた頃、迷いを振り切るように口を開いた。
「・・・私はそろそろまた旅に出ます。元々その予定だったので」
静まり返る室内。
その瞳はまっすぐ前を見据えていた。
「この都市を守るのはカイルとフェリアに任せるわ。それに・・・あの時、イルシア相手に、私はほとんど何もできなかった。悔しいんです・・・!だから、もっと強くなりたい」
彼女は深く息を吸い、言葉を続ける。
「特に・・・古代魔術。あの力がなければ、イルシアの領域には届かない。危険なのはわかっています。でも、それでも・・・学びたい」
場がざわついた。
古代魔術、それは知識として伝わっているが、あまりに危険で封印扱いになっている術。
その意志を示すだけでも常軌を逸した決断だった。
だが、カイルはすぐに首を横に振った。
「駄目だ」
その声音は冷たくなく、むしろ必死さが滲んでいた。
「ルミナ・・・確かに君は強くなった。フェリアと並んで、都市を救った英雄だ。でも・・・古代魔術は代償が大きすぎる。まだ制御の術も確立されていない。無理をすれば、君が君でなくなる」
フェリアも腕を組み、同意する。
「そうだよ。私だって、あの戦いで見た・・・あれはもう、人が使うべき力じゃないよ。普通に見えたけどイルシアもまともだったかどうか」
ルミナの拳が震えた。
「でも・・・っ、悔しいよ!イルシアを前に、私だけが何もできなかった・・・!もし、もしまたあいつらが現れたら・・・!」
言葉は感情のままに溢れ出す。
「そんなの私だって同じだよ?私もあいつになす術がなかった。一度だけ古代魔術を打ち破れたけど、あいつは破られても何とも思ってなかった」
フェリアが必死に擁護した。
その二人の必死の叫びを見て、数人の魔術師団員も視線を交わした。
しかし彼らもまた、カイルの言葉に頷いた。
「今は無理だ」
「力を欲する気持ちは理解できる。だが、古代魔術はまだ研究段階だ」
「君が壊れてしまっては意味がない」
ルミナは唇を噛みしめる。
カイルはゆっくりと彼女に歩み寄り、真剣な眼差しで告げた。
「・・・約束する。僕が古代魔術を研究、解読し、リスクを最小限にできる方法を見つける。その時は、真っ先に君に連絡する。だから、それまで待ってほしい。そしてまた、この都市に戻ってきてほしい」
ルミナは目を見開き、そして俯いた。
胸に渦巻く悔しさと不安、そして仲間の想い。
沈黙の後、小さく頷いた。
「・・・分かった。でも、必ず呼んでよ。私も・・・準備して待ってるから」
その決意の声は震えていたが、確かに響いた。
フェリアが安堵したように笑みを浮かべ、カイルもまた小さく息を吐いた。
こうして、ルミナは旅立ちを決意し、カイルとフェリアは都市に残り、防衛と研鑽に力を注ぐことを選んだのだった。
彼らが背負った重荷は大きい。
だが確かに、新たな光が芽生えつつあった。




