29.希望
西門
白銀の光と黒き刃が激突する。
「くッ!」
エリオスは杖を振るい、未来を先読みして防御を繰り返す。
だが、その防御の合間を裂くように、ヴァルドの剣が迫ってきた。
「見えているはずだろう?なぜ防げぬ!」
ヴァルドが嗤う。
「確かに、見えてはいる。」
エリオスは息を荒げる。
未来視で軌道は理解できる。
だが、その速度が、視覚と肉体の反応を凌駕していた。
「予言魔術など、無意味だ!未来を見ても、その未来が追いつけぬほどに速ければな!」
黒刃が閃き、エリオスの肩をかすめる。
白衣が裂け、血が散った。
「ぐッ!」
大賢者と呼ばれた男の瞳が鋭さを増す。
彼は理解していた。
ルミナ達は、まだこの領域に届いていない。
最終修練で挑ませた攻撃では、技は打ち破れたが自分には届きえなかった。未来視の壁を破るほどの速さはなかった。
だからこそ今、この力を超える一撃を弟子達が持ち得ていないことを痛感する。
「守りきらねばならぬというのに・・・!」
エリオスの額に汗が滲む。
その時、西の空が赤黒く光り、轟音が響いた。
「・・・っ、これは・・・!」
彼の未来視に、もう一つの戦場が映る。
北門広場
イルシアが率いる混沌の使徒の一団が、結界を穿ち都内へ侵入していた。
巨大な亀型魔獣《ガルロス=タートラ》が都市の建造物を踏み砕き、イルシアの放つ古代魔術が街路を焼き払っていく。
「止めろ!これ以上は・・・!」
応戦する魔術師達の声は、炎の轟きにかき消された。
「ふふ・・・やはり、都市の心臓部は美しいわね」
イルシアの笑声が都に響く。
エリオスは奥歯を噛みしめた。
「二正面・・・!」
西門のヴァルド、北門広場のイルシア。
彼は一瞬でも援護に飛ぶことを考えるが・・・。
目の前で黒刃が迫る。
「よそ見をするなよ、大賢者ァ!」
「くっ!」
結局、エリオスは一歩も動けず、ヴァルドの剣圧に縛り付けられる。
その間に、混沌の使徒の影が都市の中心へと迫っていた。
西門
黒き閃光が、白衣を裂いた。
「・・・ぐッ・・・!」
エリオスの身体がのけぞる。
次の瞬間、ヴァルドの魔剣が腹部を貫いていた。
「これで終わりだ」
ヴァルドの瞳が冷たく輝く。
エリオスは一瞬で理解した。
この刃は、ただの武器ではない。
魔剣に宿る呪いが、肉体を焼き、回復の術を封じていた。
どれほどの癒しを重ねても、この傷は塞がらない。
「なるほど・・・これは・・・未来視の通り、か。」
血が滴り、口元が笑みに歪む。
ヴァルドが眉をひそめた。
「・・・何がおかしい」
「いや・・・この痛みも・・・すでに知っていた」
エリオスの声は掠れながらも揺るぎなかった。
「私は、すでに視ていたのだ。この瞬間を・・・そして、この先も」
その頃
都市の中央通り。
ガルロス=タートラが大地を揺らし、森の暴威をそのまま街に持ち込んでいた。
巨体が建造物を押し潰し、尾が石畳を粉砕する。
その背に立つイルシアが、悠然と手を掲げた。
「燃え上がれ《古代魔術・灼獄炎柱》」
黒炎の柱が天を突き、魔術師達が次々と倒れていく。
悲鳴と瓦解する建物の音が重なり、都市は地獄と化していた。
「・・・ここまでか」
一人、血を押さえながら天を仰ぐエリオス。
その瞳は静かだった。
「いや。まだだ」
未来視の中に、確かに見えたのだ。
西門へカイルが駆けつける姿を。
中央通りへルミナとフェリアが立ちはだかる姿を。
それこそが、この瞬間まで戦い続ける自分の存在意義。
彼は未来のその場面まで、ただ時間を繋げばよい。
「ヴァルド・・・私がここに立ち続ける理由を、教えてやろう」
腹を貫かれながらも、杖を掲げ、再び魔力を解き放つ。
「弟子達は、必ず来る。」
ヴァルドが剣を振り上げた、その瞬間
西から、疾風が吹き抜けた。
「師匠ッ!!」
駆けつけたカイルの叫び声が、絶望の闇を裂いた。
同時刻、中央通りでは
ルミナとフェリアが瓦礫を蹴散らし、黒炎に挑む。
「ここから先は、行かせない!」
ルミナの瞳が燃え、短杖が光を帯びる。
エリオスの口元に血混じりの笑みが浮かぶ。
「・・・ああ・・・これだ・・・。この未来を・・・私は望んでいた」
「師匠ッ!」
駆け込むカイルの声が、血に染まった戦場を震わせた。
地に膝をつくエリオスは、ゆっくりと彼を見上げる。
「・・・来てくれたか、カイル。」
「今、治癒を!」
カイルが必死に回復魔法を施す。だが、何度繰り返しても血は止まらない。
魔剣の呪いが癒しを拒絶していた。
「無駄だ・・・。私はもう長くはもたん。これは決まっていた未来だ」
エリオスの手が震えながらも、カイルの胸に触れる。
その瞬間、彼の意識に奔流のような魔力と膨大な情報が流れ込んだ。
「これは・・・未来が・・・視える・・・?」
カイルが目を見開く。
「そうだ・・・私の《予言魔術》だ。私だけの力・・・いや、今日からは・・・お前のものだ」
エリオスの声は穏やかで、どこか誇らしげだった。
「先生・・・なぜ・・・」
「弟子達が未来を紡ぐのを・・・私はずっと視ていた。お前になら・・・託せる。どう使うかはお前次第だ。だが慣れん内は多用するな。ここぞとういう時に使うのだぞ」
彼はわずかに口元を緩め、最後の力でカイルの額に触れる。
「頼んだぞ・・・カイル・・・」
そのまま、光が消えるようにエリオスは崩れ落ちた。
カイルの瞳から、熱い雫が溢れた。
「ありがとうございました。・・・必ず・・・必ず守ってみせる!」
ヴァルドの影が迫る中、青年は新たな力を継ぎ、立ち上がる。
中央通り
「行くよ……!」
フェリアが剣を抜き、巨大な影へと駆ける。
森を揺らす災害級魔獣ガルロス=タートラ。
城壁を越える巨体の首が振り下ろされた瞬間、フェリアの魔剣が閃光を描いた。
ズバァッ!
「落ちろォッ!」
その一閃はあまりに鋭く、怪物の首を一瞬で断ち切った。
巨体が揺らぎ、血潮が大地を染める。イルシアはその様子をただ呆然と眺めていた。
が、次の瞬間不敵に微笑んだ。
ズズ……ズズゥゥゥ……ッ!
「なッ……!?」
切断されたはずの首が、黒い靄を纏いながら再び繋がっていく。
肉が蠢き、眼光が再び灯る。
「そんなのあり!?」
フェリアが唇を噛む。
後方でそれを見たルミナが、即座に声を張り上げる。
「フェリア! あの怪物はあなたに任せる! どこかに核があるはず。それを砕かない限り何度でも再生する。あなたの剣ならできる!」
「簡単に言ってくれるね。核の場所は分かるけどだいぶ骨が折れるよ。だからそっちは任せるよ!!」
ルミナの視線はすでに別の方向へ
瓦礫の上で悠然と立つイルシア。
黒衣を翻し、笑みを浮かべながら、再び古代魔術の詠唱を始めていた。
「もちろん!」
ルミナの短杖が光を帯び、魔力が溢れ出す。
フェリアは頷き、剣を構え直した。
「 こっちも何があっても止めてみせる!」
「任せた!」
ルミナが瓦礫を踏みしめ、魔女へと駆けた。
中央通り、二人の決意を境にして、地獄の戦場と化す。
西門
ヴァルドは血に濡れた魔剣を肩に担ぎ、余裕の笑みを浮かべていた。
「ふん……。ガキ一人で、俺を止められると思ってんのか?」
「思っているさ」
カイルの瞳が鋭く光る。
「なら証明してみろ!」
ヴァルドが一気に距離を詰め、黒剣を振り下ろした。
斬撃は地面を割る。
だが次の瞬間、カイルは杖を構え、魔法陣を瞬時に展開。
「フラッシュ・ボム!」
爆ぜる閃光。
ヴァルドは一瞬視界を奪われ、思わず剣を振るうのが遅れる。
その隙に、カイルの魔弾が横腹を撃ち抜いた。
「ぐッ・・・小癪な!」
ヴァルドが血を吐きながら後退する。
油断していた。
たかが小僧と思っていたが、確かな力がそこにあった。
中央通り
イルシアは黒衣を翻し、嘲るように呟く。
「あなたが私を止める?面白い事を言うのね。でも古代魔術の前では塵芥に等しいわ。」
彼女の指先から、虚空を裂く紅蓮の魔法陣が展開される。
「イグニス・チェイン!」
紅の鎖が大地を這い、ルミナを絡め取ろうと迫る。
しかし
「甘い!」
ルミナの杖から光の刃が迸り、鎖を一瞬で切り裂いた。
さらに彼女は即座に逆詠唱。
「ルクス・ジャベリン!」
光の槍がイルシアの目前に突き立ち、爆発する。
「なッ・・・!?」
イルシアの身体が宙に弾き飛ばされ、瓦礫に叩きつけられる。
血飛沫を吐きながら、彼女は目を見開いた。
「馬鹿な・・・たかが小娘に、古代魔術が・・・!これがリーダーが言ってた、ルミナ・セレフの力。面白い!!どこまで私を楽しませてくれるかしら!?」
ルミナとイルシアの戦闘のそばではフェリアと咆哮するガルロス=タートラが対峙していた。
怪物が大地を踏み割り、巨腕を振り下ろす。
「そんな鈍重な動き、何度でも切り裂いてあげる!」
フェリアが跳び上がり、魔剣を閃かせる。
巨腕を断ち切り、怪物を怯ませる。
ズシャァァッ!
しかし、再生は止まらない。
肉が盛り上がり、断ち切られた腕が再び生えてくる。
「しぶといッ……でも、止め続ける!」
フェリアは呼吸を整え、次の斬撃へと構え直す。
三者の戦いは始まったばかりだ。




