28.急襲
数日が経ち、都市は静けさに包まれていた。
最終試練を終えたルミナ、カイル、フェリアの三人は、限界を超えた疲労から深い眠りにつき、まだ目を覚まさない。
その間も叡智の都ミスティアは、古き塔の鐘が澄んだ音を響かせ、街路には魔力の光が満ちていた。
しかし、その静穏を破る影が、二方向から迫っていた。
一方は西。
荒野を越え、一人姿を現す。
魔王軍のセレネア直属の側近ヴァルド。彼の背に纏う気配は、ただの幹部とは違い、ギルデッド・スターズ昇格を目指す者にふさわしい覇気を帯びていた。
「この都市を陥とせば・・・六人目のギルデッド・スターズに」
その瞳には野心がぎらついている。
そしてもう一方は北。
暗き森を抜け、巨大な亀型の災害級魔獣が地を揺らして歩む。
その背に佇むのは、混沌の使徒の諜報役の女、イルシア。
その笑みは薄暗い月影のように妖しく、瞳には狂気の光が宿っていた。
「秩序の街よ・・・混沌に沈みなさい」
彼女は囁き、魔獣を進ませる。
二組の襲撃者はまったくの別行動。
だが奇しくも同じ時刻に、都市の結界に手をかけた。
鐘の音が乱れる。
街の空が軋みを上げる。
ミスティアの最外郭を守る魔力障壁が、二方向から同時に激しく揺さぶられた。
都市の魔術師たちが慌ただしく駆けつける。
「結界に亀裂が!二方向から同時に来ている!」
「これは・・・偶然なのか!?」
大図書院の高みからその様子を見下ろし、エリオス・ヴァルディアは目を細める。
「・・・ついに来たか。魔王軍と混沌の使徒。私が見た未来の通りだな」
白髪の髪を風に揺らし、杖を手に取る。
背後にはまだ眠る三人。
彼はその寝顔を一瞥し、静かに呟いた。
「まだ目覚めるには早い。ならば彼らの“師”として、私が立たねばなるまい」
エリオスが歩み出ると同時に、都市の魔術師たちが集結した。
大結界の修復に奔走する者、迎撃の魔法陣を展開する者、戦闘に備え魔装を纏う者。
ミスティアは今や、眠れる守護者を庇うために総力を結集しつつあった。
空を裂く咆哮。
大地を砕く足音。
そして、西と北から迫る二つの脅威。
その最前線に立つのはエリオス・ヴァルディア。
「弟子達よ・・・目覚める時が来るまで、この街は私が守り抜く」
魔力が解き放たれ、空が白銀に染まった。
西門
都市を覆う結界が大きく波打ち、亀裂を走らせた。
砕け散る光の欠片の向こうから、ゆっくりと一人の男が姿を現す。
屈強な鎧を纏い、肩には漆黒の外套。
その歩みに兵はなく、ただ一人。
しかし放たれる圧だけで、周囲の空気が重く沈んだ。
「・・・来たか」
結界前に立つエリオスが、杖を軽く掲げる。
その瞳は静かだが、鋭さを増していた。
「ふむ、迎えはただ一人か。都市最強の《白の大賢者》が直々に出るとは・・・誇り高きことだ」
ヴァルドは笑う。
低い声には余裕と自信が滲み、その双眸は狩人のように細められていた。
「お前を他の魔術師達に任せたら最悪の未来が見えたのでな。名を聞こうか」
「ヴァルド。ギルデッド・スターズ候補の一人にして、セレネア様の剣」
「・・・なるほど。野心を抱く者か」
二人の間に漂う魔力が、次第に激しさを増していく。
だがまだ、どちらも一歩も動かない。
沈黙を破ったのはヴァルドだった。
彼が足を踏み出した瞬間、爆ぜるように大地が揺れる。次の瞬間、ヴァルドの姿が掻き消えた。
「!!!」
エリオスは即座に杖を振るい、純白の魔力障壁を展開する。
刹那、障壁に黒刃が突き立った。
「ほう、防いだか」
ヴァルドは障壁を蹴り、後方へ軽やかに舞う。
ただの斬撃ではない。刃に纏わせているのは、肉体そのものを蝕む瘴気。
障壁の表面が黒く腐蝕し、じりじりと崩れていった。
「・・・なるほど。魔剣の使い手か」
「魔剣。その一太刀に触れれば、生きる肉も骨も瞬時に朽ち果てる」
「恐ろしいことを」
エリオスは淡々と返すが、その杖先には既に膨大な魔力が集中していた。
「ならば問おう。お前の刃・・・未来をも断ち切れるか?」
杖が振るわれた瞬間、白銀の光が奔る。
エリオスが発動したのは予言魔術《白星の視界》。
時間の先を垣間見て、ヴァルドの動きを先読みする。
「試してみるか?」
ヴァルドが踏み込む。
しかしその動きに合わせるかのように、エリオスの魔弾が的確に撃ち込まれた。
「チッ・・・!」
辛うじて剣で弾くが、その軌道はすべて「動き出す前」から読まれていた。
「未来が見えている限り、お前に勝機はない。」
エリオスの声は冷ややかだった。
だがヴァルドは、笑う。
「甘いな」
その瞬間、彼の身体から紅炎が立ち昇る。
「未来が見えるなら、その未来ごと、呑み潰すまでだッ!」
黒き瘴気が渦を巻き、視界が濁る。
未来の軌跡が霞んでいく。
「・・・なるほど。視界を奪うか。」
エリオスの眉が僅かに動いた。
「予言に頼る魔術師が、己の目を閉ざされた時・・・どう戦う?」
ヴァルドが突撃する。
「まあ、私が見た未来だな」
エリオスが放った魔弾がヴァルドの肩を掠めた。
「!!!」
ヴァルドは後ろに飛び退いた。
「この程度の瘴気で私の未来を閉ざせると思うな!!」
「面白い!!」
結界外に響き渡る轟音。
白と黒、二つの光が都市の西門で激しくぶつかり合った。
都市の北門
大地が揺れる轟音と共に、地を這うような咆哮が夜を切り裂いた。
「な、なんだあれは・・・!」
門を守る魔術師達が声を上げる。
現れたのは、災害級魔獣《ガルロス=タートラ》。
山のごとき甲羅を背負い、歩くだけで地盤を砕く巨躯。
その足元に、漆黒のローブを纏った女が佇んでいた。
「ひぃっ・・・あれは・・・!」
「止めろ、結界を張れ!」
魔術師達が一斉に防御魔術を展開する。
しかし、女は一歩踏み出しただけで結界が軋む。
「混沌の使徒、イルシア。あなた方がいくら防ごうと、無駄よ」
その声は妙に落ち着いていたが、底冷えするような威圧を孕んでいた。
彼女が掲げたのは、古びた魔導書。
そこに刻まれていたのは、現代の魔術師たちが解読もできぬ古代魔術のルーンだった。
「《古代魔術:劫火の碑》」
呟いた瞬間、赤黒い火柱が夜空を裂いた。
都市を守る防御結界に直撃し、瞬く間に炎が広がる。
「ぐあああっ!」
「防御陣が焼き切られる!」
防御に加わった魔術師達が次々に吹き飛ばされる。
彼らが扱う通常魔術とは次元の違う、根源そのものを穿つような力。
「馬鹿な・・・あれは、古代魔術だと・・・?」
「伝承にあったはずだ・・・人が触れてはならぬ魔術だと・・・!」
「ええ、そうよ」
イルシアは笑った。
「けれど禁じられているからこそ、美しい。・・・そして、抗えぬほどに強い」
彼女が指先をひらりと振ると、ガルロス=タートラの巨躯が前進を開始する。甲羅を擦る音が地響きのように都市を揺らす。
「結界が・・・持たない!」
「全員、後退しろ!応戦は不可能だ!」
魔術師達は必死に魔法を放つが、イルシアが紡ぐ古代魔術によって悉く掻き消される。
火も、雷も、氷も彼女の前ではまるで小枝のように折れた。
「さあ、もっと絶望してちょうだい。それが混沌の美酒をさらに甘くするのだから」
燃え落ちる結界の中、イルシアの笑みが赤黒い炎に照らされて浮かび上がった。




