26.迫り来る危機と最終試練
ルミナ達が修練に勤しんでる裏で二つの陰謀が動き出そうとしていた。
魔王城、謁見の間。
ギルデッド・スターズの一角に座すセレネアの前で、一人の青年が跪いていた。
鋭い瞳を持ち、冷たい光沢のある黒衣に身を包む、彼はセレネアの側近の一人、ヴァルド・クロイツ。
「・・・ミスティアを揺さぶる準備が整いました。魔術師どもを無力化すれば、世界を覆っているあなた方の力を抑えている結界が破壊され、我らが勢力図も変わる」
セレネアは扇を口元に添え、妖艶に笑った。
「ええ。貴方に任せるわ、ヴァルド。働き次第では、あなたを正式にギルデッド・スターズへ迎えることを魔王様に進言してあげるわ」
ヴァルドの瞳が光を増す。
「必ずや期待に応えてみせましょう」
彼の任務は叡智の都を落とし、セレネアにその価値を証明すること。
一方その頃、月明かりに照らされた荒野。
黒衣のフードを纏う女性がと混沌の使徒のリーダーが、崩れた祠の前に立っていた。
「目覚めろ、眠れる巨亀《ガルロス=タートラ》。都市を踏み潰すために」
地の底から、低い振動音が響いた。
次の瞬間、森の奥で大地が盛り上がり、甲羅に山のような結晶を背負った巨躯が姿を現す。
それは災害級魔物、亀型巨獣《ガルロス=タートラ》。
動くだけで地響きが起こり、森が根こそぎ倒れていく。
女性は紅い瞳を細め、静かに呟いた。
「さあ・・・混乱の序章を、始めましょう」
「くっくっく、任せたぞ【イルシア】。ミスティアに混沌を」
大図書院の裏手、広大な訓練場。
すでに何度も汗と魔力がぶつかり合った場所だが、今日の空気はどこか違っていた。
ルミナ、カイル、フェリア三人は互いに視線を交わし合い、張り詰めた気配を纏って立つ。
数週間前、ここへ来たばかりの頃の自分たちが思い出せないほど、彼らは変わっていた。
肉体は鍛えられ、魔力の流れは研ぎ澄まされ、技は磨き抜かれている。
その三人の前に立つのは、都市最強の魔術師、エリオス・ヴァルディア。
白銀の杖を手にし、静かに目を閉じるその姿には一切の隙がない。
「・・・ここまでよく鍛えたな」
エリオスの低い声が響いた。
「だが、最終試練は甘くはないぞ。今日、お前達三人は同時に私を倒してみせろ」
フェリアが目を見開く。
「三人がかり・・・それってお師匠さんでも危ういのでは?」
「いいや。むしろそれくらいでなければ意味がない」
エリオスは口元にわずかな笑みを浮かべた。
「加えて、私は予言魔術を用いるのは知ってるな?」
カイルとフェリアはごくりと喉を鳴らす。
ルミナが小さく息を呑む。
「未来を・・・読む魔術・・・」
「そうだ。私だけに許された異能。お前達の動きを読む程度、造作もない」
その言葉と同時に、エリオスの周囲に薄い光の環が浮かび上がる。
それは円盤のように回転し、未来の可能性を映し出す、不可視の「時の眼」。
「さあ来い。未来を覆す力があるなら、証明してみせろ」
エリオスの声が終わると同時に、空気が一変した。
ルミナの杖に光が集まり、カイルの詠唱が始まり、フェリアの剣が赤熱する。
三人同時の全力が、一斉に師へと向けて解き放たれる。
だが次の瞬間、エリオスの杖が一閃し、彼らの攻撃は未来を先読みしたかのように悉く受け流される。
まるで数秒先の戦闘を知っているかのように。
「これが・・・予言魔術・・・!」
カイルが驚愕の声を上げる。
「来い、ルミナ!カイル!フェリア!その程度では私の未来は揺るがんぞ!」
師の叫びは挑発のようであり、同時に愛弟子たちを試す激励でもあった。
三人は一瞬で互いに視線を交わし、次なる一手を練る。
未来を読む師を、どう凌駕するのか。
最終修練の幕が切って落とされた。
訓練場に張り詰めた空気が漂う。
ルミナ、カイル、フェリアの三人は一斉に踏み込んだ。
「ウインド・バレット!」
ルミナの詠唱が終わるよりも早く、圧縮された風弾が幾つも生み出され、矢継ぎ早にエリオスへと放たれる。
「火よ、槍となれ!!フレイム・ランス!」
簡易詠唱が出来るようになったカイルから放たれた紅蓮の槍が、風弾の隙間を縫うように突き進む。
「炎烈斬!」
フェリアの剣が炎を纏い、跳躍とともに頭上からエリオスを叩き斬らんと迫る。
三人の動きは息が合っていた。
訓練で培った連携。まるで三方向から同時に狩りを仕掛ける獣のような、鋭い一手。
・・・だが。
「見えてるぞ」
エリオスの声が低く響いた瞬間、彼の杖の周囲に浮かぶ光環が淡く輝く。
未来を読む魔術、予言魔術が発動する。
次の瞬間、エリオスは半歩横へ。
風弾の群れがすべて空を切る。
その直後、杖を軽く振り抜くと、紅蓮の槍は軌道をずらされ、地に突き刺さった。
頭上から落ちてくるフェリアにすら、エリオスは視線を上げない。
杖の先端で空をなぞるだけで、フェリアの刃は虚しく地を裂いた。
「・・・ッ!? 今のを全部・・・!」
フェリアが振り返るが、そこに立つ師の背筋は微動だにしていない。
「三人の動き、すべて把握している。次にお前たちがどこに踏み込み、どの魔術を放つか全てな」
エリオスの声音は冷静だが、その奥には熱い試練の意志が込められている。
ルミナが奥歯を噛みしめる。
(これじゃ・・・全部読まれてる!どうすれば・・・!)
三人の顔に焦りが浮かぶ。
だがエリオスは微笑を浮かべ、杖を構え直した。
「さあ、もう一度だ。未来を超えるのは、“工夫”と“意志”だぞ。」
光環が再び回転し始める。
予知された未来を覆す戦いが、ここから本番を迎えようとしていた。
光環が回転し、エリオスの瞳が三人の「次の未来」を読み取っていく。
まるで全ての可能性が掌にあるかのように。
「さあ来い。お前達の動きはすべて視えているぞ」
静かな声とともに杖を掲げるエリオス。
だがルミナは、これまでと違う動きを見せた。
杖を構え、大きく息を吸うと
「フレア・アロー!」
火の矢を放つ詠唱を叫ぶ。
光環が輝き、エリオスの視線がその軌道を追う。
だが、次の瞬間火の矢は放たれない。
「・・・詠唱を・・・途中でやめた?」
エリオスの眉が僅かに動いた。
ルミナはすでに次の詠唱に移っていた。
「ウインド・バレット!」
虚を突かれたエリオスへと、風弾が連射される。
「なるほど・・・フェイクか」
未来を読む前提をずらす、その一手。
その瞬間、カイルの声が重なった。
「炎よ・・・否、雷よ!サンダーレイ!」
彼はあえて詠唱を崩し、二属性を混ぜるような手法で詠唱の完成点をずらした。
未来が読みづらい“ブレ”が生じる。
「くっ・・・!」
エリオスの光環が一瞬鈍る。
そこに飛び込んだのはフェリア。
だが彼女も以前とは違う。
「勘じゃない・・・研ぎ澄ませ、力を!」
炎を纏う剣をあえて抑え、足運びと間合いを計算し、仲間の動きに合わせて踏み込む。
頼りすぎていた感覚を捨て、理性と技で剣を振り下ろす。
「・・・!」
三方向から襲いかかる、未来の幅を広げられた攻撃。
エリオスは光環を煌めかせ、辛うじて受け流すが・・・。
杖の先端が弾かれ、砂塵が舞い上がった。
「・・・ほう」
初めて、エリオスの口元に本気の笑みが浮かぶ。
「未来を、歪ませたな」
ルミナは額の汗を拭いながら、真っ直ぐに師を見据えた。
「私達はあの頃の私達じゃない!」
カイルが続ける。
「未来を読むなら、その未来ごと狂わせてやる!」
フェリアが剣を構え直し、燃える瞳で叫ぶ。
「さあ、お師匠さん!次はこっちが押し切る番だ!」
訓練場の空気が震える。
予言魔術に挑む三人と、それを迎え撃つ師。
未来を賭けた最終試練は、いよいよ激化していく。




