21.神竜剣グラネシス
神竜剣グラネシスを手に入れたライナはバルドから最近ここらでは見かけない魔物がいると聞き、試し斬りにちょうどいいと思い、森に出向いていた。
森の奥深く。光さえ遮られる薄闇の中、異様な静寂が広がっていた。
木々のざわめきが止み、風が途絶え、ただ「巨木が軋む音」だけが響く。その木は、確かに大樹に見えた。だが次の瞬間・・・
ごうん、と地を揺るがす衝撃。
幹だと思っていた巨体がゆっくりと立ち上がり、深紅の双眸が闇に灯った。
「・・・来たか。」
ライナが息を吐くと同時に、巨大な熊の魔物が咆哮を放った。
グオオオオオオォォォォォォォッ!!!
その声は大気を震わせ、森を裂き、耳を突き破るほどの衝撃。木々が一斉にしなり、無数の鳥が逃げ惑う。
息を吐き、巨熊の前肢が振り下ろされた。
大地ごと叩き割る一撃――その軌道にいたなら、城壁すら粉砕されていたに違いない。
ライナは地を蹴り、刹那に間合いを外す。
大地が抉れ、巨木が薙ぎ倒される轟音を背に受けながら、手にしたグラネシスを構えた。
「でかいけど、”お前”に比べたら小さいな。そうだろ?」
ライナはグラネシスに話しかけた。
『ふん、獄森の暴熊か・・・。一応、この世界では災害級と呼ばれる魔物だ』
グラネシスの中にいるグラウ=ネザルは興味がなさそうだった。
再び振り下ろされる熊の鉤爪。ライナは軽々避けた。
「災害級?谷にも似たような気配の奴がいたな・・・」
ライナはグロマルスを思い浮かべた。
『グロマルスか。あいつも同じだが、バルガ・ベアの方が奴の何倍も強いぞ』
「あっ、そう」
閃光。
一閃の斬撃が唸りを上げ、巨熊の爪とぶつかり合った。
ガァァンッ!!!
衝撃波が森を吹き飛ばす。
熊の爪がわずかに弾かれ、樹皮のような毛並みに浅く傷が刻まれる。
赤き双眸と、ライナの瞳が交錯する。
「おい、普通に斬れただけだけど。これじゃあ試し斬りにならないんだが。どうせお前が力を抑え込んでるんだろ?グラネシスの全てを使わせろよ」
ライナは不満そうにグラネシスを見る。
『知ったことか、貴様が我を扱いきれてないだけだろ。貴様の実力不足を我のせいにするな』
「そうなの?」
『確かに抑え込んではいるが、それは貴様のためでもある』
ライナは首を傾げた。
『神竜剣・・・。こいつは貴様が想像してる以上の力を秘めている。』
「何か言い方に少し曖昧さを感じるんだが自分の事だろ?」
『我の干渉が及ばぬ部分がある。力の解放自体はできるが貴様の体がどうなるか分からん。いずれは我のものになる体。力を解放して滅びてもらっては困る。それと貴様にいいように使われるのはごめんだ』
「抑え込んでるのは最後が一番の理由だろ」
グラウ=ネザルは何も言わなくなった。
(グラウ程の実力者が躊躇するレベルの”何か”か・・・。まあ焦らずゆっくり解放すればいいか・・・)
グオオオオオオオッ!!!
バルガ・ベアは咆哮を上げ、大地が割れ、巨腕が振り下ろされる。
一撃で砦すら粉砕する絶望の鉤爪。
「悪いな・・・」
次の瞬間、ライナの姿が消えた。
風が裂け、光が奔る。
白銀の閃光が森を貫き、瞬きの間に全てが終わった。
巨熊の咆哮は途切れ、振り下ろそうとした腕が空中で止まる。
その体を縦に奔る蒼白の斬光。
わずかな間を置いて、硬い毛皮ごと巨体が真っ二つに裂け落ちた。地鳴りのような轟音と共に、森に再び静寂が訪れる。
ライナは肩で息をつきながら、手の中の剣を見下ろした。
「刃こぼれ無し。少し本気を出した時の斬れ味も悪くない」
血に染まった大地に横たわるのは、二つに裂かれた獄森の暴熊の亡骸。
腐敗した巨体からは黒煙が立ち昇り、やがて空気に溶けて消えていった。
ライナは剣を収め、背を向けて歩き出す。
その足取りを暗い森のさらに奥から、じっと見つめる影があった。
「見た?」
女の囁き声。
木陰に潜むその姿は、闇に溶けるように判然としない。だが双眸だけが妖しく輝いていた。
「バルガ・ベアを・・・まるで草でも刈るように斬り捨てた」
低く笑う声。
鋭い瞳を持つ青年が、懐に潜ませた短剣を弄ぶ。
「噂以上の実力だな・・・。異世界の勇者」
二人の影、ローブをまとった人物が静かに言葉を挟む。
「いやいや、流石にやばいよ。災害級を意図も簡単に・・・。せっかくドボル王国にけしかけようとしたのに」
森を覆う風がざわめき、木々の枝が不気味に鳴った。
二つの影は互いに視線を交わし、やがて一人が口元を歪める。
「でも混沌を呼ぶには、ああいう英雄ほど都合がいい」
「そうだけど、何かするにしてもまずはリーダーに相談してからが良くない?立て続けに災害級がやられてるし」
沈黙ののち、ローブの人物が答える。
「確かに、災害級を使役するのも一筋縄ではないしな」
二つの影は、ライナを視界から外さなかった。
その直後、ライナは振り返らず剣を振り上げ二つの影の方に斬撃波を放つ。
「なっ‼︎」
斬撃波は二つの影の真横スレスレを通り抜けた。
「どこのどいつか知らねぇが、何か仕掛けるつもりなら容赦しねぇぞ」
ライナは剣を収めそれだけ言い再び歩き始めた。
「えぇ〜?魔力探知に引っかからないように気配を完全に消してたはずだよね」
女の方は冷や汗が流れた。
「わずかな揺らぎも見逃さないというわけか。さすが勇者。面白くなりそうだな」
二つの影は霧と共に姿を掻き消した。
ライナは歩みを止めず、森の奥へと鋭い視線をチラッと向け気配が消えたのを感じた。
ドボル王国に戻って事の顛末を話すライナ。
「さ、さ、災害級のバルガ・ベアを倒した・・・」
バルドは開いた口が塞がらなかった。
「バルド、バルガ・ベア・・・一文字違いか。ぷっ‼︎」
ライナは笑いを必死に堪えていた。
「何が面白いんだ」
バルドは呆れ顔でライナを見た。
「神竜剣の斬れ味は良好だったよ。これなら魔王達にも届く」
「当たり前だ。グラウ=ネザルの素材をふんだんに使ってるんだ。そうでなくては困るわ」
「でも、グラウが言うには神竜剣の真の力はまだ使えないみたいだ。俺が耐えれないだって」
「お前さん程の実力者でも扱いきれないとな。厄介だな。真の力を使わずに魔王達は倒せそうなのか?」
ライナは腕を組んで考えた。
「ギルデッド・スターズの全員の実力が分からないから、何とも言えないけど、少なくとも一人は無理だ。あいつは中途半端な力で勝てるような相手じゃない」
ライナはヴァルゼルを思い浮かべながら話した。
「じゃあどうするんだ?」
「相棒と合流するまでに考えるわ」
ライナはニコニコしながら答えた。
「そんな悠長にしててよいのか・・・」
「焦っても仕方ないしな。のんびりやるよ。それじゃあ俺そろそろ次の場所に向かうよ」
ライナは手を出した。
「そうか。もし剣に何かあればすぐ訪ねてこい。打ち直してやる」
バルドも手を出し握手をした。
「よろしく♪」
ライナは新たな場所を目指しドボル王国を後にした。




