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17.虚無の裂け谷2

結晶獣を退け、さらに奥へ進んだライナ。


進むごとに谷の霧は濃くなり、視界は数歩先すら霞んでいく。


「・・・なんだか、おかしいな」


ライナが足を止めた。


「さっきから、同じ場所を歩いている気がする」


確かに、見覚えのある赤黒い結晶の岩が何度も目に入っていた。


その時――霧の奥から、人影がゆらりと現れた。


「ん?」


ライナは息を呑んだ。


そこに立っていたのは、ライナ自身だった。


漆黒にほんのり青を帯びたショートヘア、瞳は深い金色、ロングジャケット風のコート、下はブーツとスリムパンツ姿の男が霧の中でこちらを見つめている。


「俺?」


ライナは剣に手をかける。



「俺の心を写して……敵に仕立ててる」


幻影は素早く動いた。


ライナは自らの影と剣を交える。金属音が響いた瞬間、幻影の瞳が一瞬揺らいだ。


怒りでも憎しみでもない、空虚な光。


ライナは剣を押し返した。


互いに剣を構え、沈黙の中で視線が交錯する。


「俺を試す気か・・・なら、望むところだ」


ライナは深く息を吸い込み、力を解き放つ。


「閃斬!」


一閃。


だが幻影も同じ技を繰り出し相殺される。


「やるな”俺”」


ライナは幻影に向かって突進し、攻撃を立て続けに繰り出す。


幻影は表情一つ変えず淡々と受け流し、ライナの隙を突き反撃に出る。


ライナはギリギリで避け、体勢を立て直す。


「自分自身と戦うなんて前の世界でもなかったな。これはいい経験だぜ。自分自身を客観的に見れることなんてまず無いからな」


ライナは剣に魔力を込める。幻影も魔力を込める。


「さあて、じっくり観察させてもらうぞ!」


ライナは攻撃を仕掛けた。剣どうしがぶつかり合い互いに一歩も引かない。


押し合いを制したのは幻影。ライナは驚いた表情を見せた。


幻影は畳み掛けるように剣を振り続けた。


あちこち斬り刻まれ、ライナは防戦一方を強いられた。


(マジか。瘴気の影響が思ってた以上に効いてる。こんな長い間、瘴気があるとこにとどまった事無いからなぁ。どうしたもんか・・・)


ライナが打開策を考えてると昔、まだ駆け出しだった頃に剣を教えてもらった師匠の言葉を思い出した。


『呼吸だ、ライナ』


(何かじじいが言ってたな。確か・・・)


ライナは幻影の攻撃を弾き返し、後ろに下がり静かに目を閉じた。魔力と一緒に深く息を吸い込んだ。吸気とともに全身を駆け巡る熱が、筋肉を強靭にし、骨を鋼のように締め上げる。息を吸うたびに魔力が肺から全身に巡り、吐くたびに澱んだ気配が霧散していく。ライナの周囲の空気が爆ぜ、圧力が地を揺るがした。身体が軽くなっていくのをライナは感じとると同時に力が高まっていくのも感じた。


「閃斬!」


先程とはスピードも威力も段違いに上がった閃斬は幻影を一刀両断した。


霧を裂く光が奔り、幻影は抵抗する間もなく霧散した。静寂が戻り、濃かった霧が嘘のように晴れていく。


「・・・はぁ・・・心臓が止まるかと思った・・・。でもおかげで新しい戦闘法が身についたぜ」


ライナは呼吸を少し整え、さらに谷の深部へと足を進めるのだった。


霧が晴れた先には、静寂に包まれた広大な洞窟が広がっていた。空間は天井すら見えぬほど高く、壁一面に赤黒い結晶が張り巡らされている。


そこで待ち構えていたのは紅の洞窟にいた血晶巨獣グロマルス。


グロマルスは圧倒的な存在感を示すが、ライナは臆する事なく平然と立っていた。


「お前が神屍竜?・・・違うな。お前は”ちょっと強い魔物”だ」


ライナはさっき会得した呼吸法を使い、グロマルスのごく太い首をあっさり斬り落とした。


「ああ、核を斬らないとまた再生するんだったか・・・」


ライナは核を探知魔術で探りあてグロマルスの核を粉々に砕いた。


「まださっきの俺の幻影の方が幾分かマシだったな」


ライナはグロマルスの最期を見届けることも無く更に先に進んだ。


「ここが、最深部」


ライナは最深部に到着すると同時にその瞳は固い決意を宿していた。


床を覆うのはまたもや結晶化した大地。


踏みしめるたびに、かすかな音が広がり、それが洞窟全体に反響する。


まるでライナの足音すら、何者かの眠りを揺さぶっているかのように。


中央に辿り着いた瞬間・・・。


「あいつは・・・」


ライナが剣に手をかけ、低く呟いた。


そこに横たわっていたのは、山脈にも等しい巨大な骸骨だった。翼は半ば崩れ落ち、頭蓋の片側は失われている。


だが残された骨格の一部はなおも結晶に覆われ、光を帯びて脈動を続けていた。


「こ、これが神屍竜!」


ライナは直感で危険だと感じた。


「死んでいるはずなのに生きてるみてぇだ」


その通りだった。


死した竜は静かに眠っているかに見えたが、骨の奥底から漏れ出す瘴気は、今も大地を蝕み続けていた。


洞窟全体が、竜の心臓の鼓動に呼応して脈打っている。


「・・・とんでもねぇ化け物だな」


ライナは額に汗を浮かべ、剣を握り締める。


「こいつが本格的に目を覚ましたら、国一つ消し飛ぶぞ」


ライナは一歩前へ進み、その巨躯を見上げる。


「これだ」


ライナの声は低く、しかし確かな響きを持っていた。


「俺が求める剣を生み出すには、この竜の“遺骸”に眠る力が必要だ」


その瞬間、竜の頭蓋の奥から鈍い光が走った。


空洞全体を揺るがす轟音が響き、足元の結晶が一斉に震え出す。


「・・・ッ!起きる・・・!」


ライナが剣を抜いた。


「竜が!!」


次の瞬間、竜の胸骨の奥で巨大な結晶核が鼓動を打った。


ドクンと大地が震え、洞窟の天井から無数の破片が降り注ぐ。


ライナは剣を構えた。


「来い!!」


轟音と共に、神屍竜の瞳孔に当たる部分が紅の光で満たされる。


神屍竜グラウ=ネザルが、静かにその眠りから目を覚まそうとしていた。

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