115.魔王グラン・ディアヴォルス②
ライナ達は魔王グラン・ディアヴォルスが待つ玉座の間へと歩み出す。
その背をヴァルゼルと、カイル、フェリアが見守る。
カイルがヴァルゼルに話しかける。
「あんた。本音はどっちに勝ってほしいんだ?」
ヴァルゼルは空を見上げ呟く。
「どっちも……かな」
フッと笑うヴァルゼルにフェリアは首を傾げる。
「意味わかんないんだけど」
「未来はどうなってるんだ?」
ヴァルゼルはフェリアの言葉を無視しカイルに問う。
「視えない。次元が違いすぎて未来にモヤがかかってる。先生なら視えたのかもしれないが、俺はまだ力不足だ」
俯くカイルにヴァルゼルは何も言わなかった。
玉座の間の扉の前に辿り着いた三人には嫌が応にも緊張が走る。
ついにここまで来た。
この先に魔王が待ち構えてる。
世界の命運がこの一戦にかかってる。
ライナがルミナとリリスに振り返る。
二人は頷き、ライナも頷き返し、重い扉をゆっくり開けた。
ギイイィィ……
玉座の間――静寂が、張り詰める。
対峙するのは三人と一人。
数では勝っているはずなのに、空間を支配しているのは明らかに“あちら”だった。
魔王グラン・ディアヴォルスは、ただ立っている。
それだけで、空気が歪む。
「数多の脅威を乗り越え、よくぞここまで辿り着いた」
ライナの握る神竜剣グラネシスが、低く唸る。
(ただ喋るだけでこの重圧……強い、なんてもんじゃない)
本能が告げていた。
それでも――
「行くぞ!」
魔王を前に問答などいらない。
床を蹴る。
一瞬で間合いを詰め、斬撃を叩き込む。
今まで幾度となく敵を屠ってきた、一撃。
だが――
「遅い」
魔王の腕が、わずかに動く。
それだけで。
――ガキンッ!!
金属がぶつかる鈍い音。
止められていた。
片手で。
グラネシスが、魔王の指先で受け止められている。
「なっ……!?」
押し込む。だが、びくともしない。
「その程度で、余に届くと思ったか」
次の瞬間、
「がっ――!?」
衝撃。
見えない力に弾き飛ばされ、ライナの身体が床を転がる。
肺から空気が強制的に吐き出される。
「ライナ!」
ルミナが即座に杖を掲げる。
「氷葬魔術――!」
氷葬竜の核を取り込み危機を乗り越え新たな力を得たルミナ。
空間が凍りつく。
無数の氷刃が魔王へと殺到する。
だが、
「……脆い」
魔王が一歩踏み出した。
それだけで。
氷が、砕ける。
触れてすらいない。
ただ“近づいた”だけで、すべてが崩壊した。
「そんな……!」
ルミナの顔が青ざめる。
そこへ、
「隙だらけですぅ」
リリスの指が竪琴を弾く。
音が空間を震わせ、不可視の波となって魔王を包む。
精神を侵し、感覚を狂わせる音魔術。
「……ほう」
魔王の足が、止まる。
初めての反応。
リリスの目が細まる。
「効いてるです」
しかし――
「悪くはない。少しの間だが余を近くで見ていた事だけはある」
その言葉と同時に、音が、消えた。
「え……?」
竪琴の弦は確かに鳴っている。
なのに、“届いていない”。
「空間ごと遮断した」
淡々とした説明。
「その程度の干渉で、余の意識を揺らせるなどと本気で思っておったのか?」
次の瞬間、リリスの身体が宙に浮いた。
「……っ!?」
見えない何かに掴まれている。
「きゃ――!?」
そのまま、壁へ叩きつけられる。
「リリス!」
ルミナが叫ぶ。
「くっ……!」
ライナが立ち上がる。
まだ始まったばかりだというのにもう全身が悲鳴を上げている。
それでも、剣を握る。
「まだだ……!」
再び踏み込む。
ルミナも同時に詠唱を重ねる。
「二人同時か……」
魔王は微動だにしない。
ライナの斬撃。
ルミナの魔術。
完璧な連携。
だが――
「無意味だ」
振るわれたのは、ただの手。
それだけで、斬撃は逸れ、魔術は霧散する。
「がっ……!」
「きゃあっ!」
二人同時に吹き飛ばされる。
床に叩きつけられ、動けない。
静寂。
三人とも、立てない。
息は荒く、身体は動かず、視界は霞む。
それでも魔王は、まだ一歩も本気で動いていない。
「終わりか?」
静かに問う。
その声には、失望が混じっていた。
「少なくともヴァルゼルが認めた勇者に関しては多少は期待したが……」
一歩、近づく。
足音がやけに大きく響く。
「この程度とはな」
ルミナが歯を食いしばる。
「……まだ……終わってないわ……」
震える声。
リリスも、壁に手をつきながら立ち上がろうとする。
「勝手に終わらせないでほしいですぅ……」
ライナは、ゆっくりと膝をつく。
それでも、顔を上げる。
魔王を睨む。
その目だけは、死んでいない。
魔王は、その視線を受けて――
わずかに、口元を歪めた。
「……ほう」
興味が、戻る。
「まだ折れていないか」
その瞬間、空気がさらに重くなる。
「ならば――」
低く、響く声。
「もう少しだけ、絶望を見せてやろう」
三人の背筋に、冷たいものが走る。
ここまでが、遊びだったと。
そう、理解してしまった。
玉座の間に、重苦しい静寂が落ちる。
満身創痍の三人。
対して魔王グラン・ディアヴォルスは、ただ静かに立っていた。
その視線が、ゆっくりと三人を見下ろす。
「……では」
低く、響く声。
「次はこちらから行かせてもらおうか」
その一言だけで、空気が張り詰める。
ライナが歯を食いしばり、剣を構える。
ルミナは杖を握り直し、詠唱の準備に入る。
リリスも竪琴を胸元に引き寄せ、指を弦にかける。
ライナ達の攻撃を跳ね返した時と同じで魔王はゆっくりと、手を上げた。
たった、それだけの動作。
そして、軽く、払う。
その瞬間。
「がっ!?」
空間そのものが弾けた。
見えない衝撃が三人をまとめて飲み込み、後方へと吹き飛ばす。
床を滑り、壁へと叩きつけられる。
轟音。
石壁に亀裂が走る。
「っ……ぁ……!」
息が、できない。
何をされたのかすら分からない。
ただ、圧倒的な力に“弾かれた”。
だが――
「立て……!」
ライナが無理やり身体を起こす。
膝が笑う。視界が揺れる。
それでも剣を支えに、立つ。
ルミナも歯を食いしばりながら立ち上がる。
「まだ……まだ……」
リリスもふらつきながら笑う。
「これくらいで倒れてたら、話にならないですぅ……」
三人同時に、踏み出す。
反撃。
だが――
魔王は、小さく息を吐いた。
「……ふぅ」
それだけ。
それだけで――
「――ッ!!」
“何か”が直撃した。
目に見えない、しかし確実な衝撃。
三人の身体が、まるで地面に叩きつけられたかのように沈む。
骨が軋む。
内臓が揺れる。
今まで受けてきたどの攻撃とも違う。
質量でも速度でもない、“圧そのもの”の暴力。
「がはっ……!」
ライナが血を吐く。
ルミナは声も出せず、その場に膝をつく。
リリスの指から竪琴が滑り落ちる。
「どうした」
魔王の声が、遠くから響くように聞こえる。
「攻めてこないのか?」
嘲りですらない。
ただの確認。
それが、余計に残酷だった。
「……っ、まだ……!」
ライナが、再び立ち上がる。
身体はボロボロだ。
それでも、前に出る。
ルミナも魔力を振り絞る。
リリスも竪琴を拾い、震える指で弦を弾く。
三人、最後の意地。
だが――
魔王が、わずかに腕を動かした。
それだけで。
「――ッ!!」
再び、叩きつけられる。
床に。壁に。空間に。
何度も、何度も。
立ち上がるたびに、軽く払われ、軽く弾かれ、軽く潰される。
そのすべてが、“致命的”な一撃だった。
「くっ……!」
「ぁ……っ……!」
「……っ、ふざけるな、です……!」
抗う。
だが届かない。
何度繰り返しても――
一度も。
一度も。
魔王に“触れる”ことすらできない。
やがて。
三人は、再び地に伏した。
もう、すぐには立ち上がれない。
呼吸は乱れ、意識は朦朧とする。
それでも――魔王は。
ただ、そこに立っているだけ。
一歩も動かず。
息一つ乱さず。
悠然と。
圧倒的な存在として。
ライナは、かすむ視界の中でその姿を見上げる。
(……なんだよ、これ……)
手が、震える。
剣を握る力が、抜けていく。
(どうすればいい……?)
頭が回らない。
考えようとしても、答えが出ない。
(どうしたら……届く……?)
隣ではルミナがうつ伏せのまま動けない。
リリスも、かすかに呼吸しているだけ。
三人で戦っているはずなのに。
まるで――
一人で、世界そのものに挑んでいるような感覚。
「どうした、勇者」
魔王の声が、降りてくる。
「その程度か」
その言葉が、心に突き刺さる。
ライナの瞳が、揺れる。
(……勝てない)
その言葉が、脳裏をよぎる。
(無理だ……こんなの……)
心が、折れかけた。
「……どうしたらいいんだよ……」
かすれた声が、零れる。
答えは、ない。
ただ、絶望だけが――
静かに、三人を包み込んでいた。




