104.ライナVS ヴァルゼル②
圧倒的な実力差を見せつけるヴァルゼルにライナは手も足も出なかった。
中庭の空気が震えた。
ヴァルゼルがただ一歩踏み出しただけなのに、地面が低く鳴る。
ライナは息を整え、剣を握り直した。
その姿は満身創痍。
それでも目は折れていない。
(来い・・・!)
ヴァルゼルの黒銀の剣が、寸分の無駄もなく振り下ろされる。
踏み込みの音すら消えた“無音の斬撃”。
視線で追える速度ではない。
ガッ!!
ライナは直感だけで剣を掲げ、受け止める。
火花が散り、腕が悲鳴を上げた。
その一撃は、剣越しでも骨に響くほど重い。
「ほぅ・・・今のを受けるか。やはり貴様は“勇者”と呼ばれるだけの素質はあるな」
褒め言葉なのに、まるで死刑宣告に聞こえる。
「・・・褒められても嬉しくねぇよ!」
ライナは力を込めて押し返すが、ヴァルゼルの剣は微動だにしない。
重い。
剣が岩みたいだ。
押しても、まるで動かない・・・!
次の瞬間、ヴァルゼルが軽く手をひねる。
バキッ!
ライナの姿勢が崩れ、視界が揺れる。
「脆い」
そのまま横薙ぎの斬撃が襲いかかる。
ライナは転がるようにして辛うじて回避した。
切っ先がかすめた空気が耳を切るように鋭い。
(ヤベぇ・・・一撃、一撃が致命傷レベルだ・・・!でも、負けられねぇ!)
ライナはひと息で間合いに飛び込み、渾身の連撃をヴァルゼルへ叩き込む。
左へフェイント、右へ跳ぶ。
剣を斜めに振り上げ、その反動で横へ回り込む。
ライナの得意な、読みづらいフットワークと変則的な攻撃。
だが・・・。
「浅はか」
ヴァルゼルはただ一度剣を振った。
金属がぶつかり合う音が三度重なる。
ライナの斬撃が全部、一本の剣で弾かれた。
(嘘だろ・・・!?全部・・・見られてる・・・!)
ヴァルゼルの動きは流れるようで、無駄がない。
速度そのものは爆発的ではないのに、重さと精度が異常だ。
ライナは体勢を立て直す間もなく、黒銀の剣が喉元に迫る。
「終わりだ」
その瞬間、ライナは足を滑らせた。
わざと。
姿勢を崩すことで、斬撃の狙いをずらし、紙一重でかわす。
地面に手をつき、そのまま逆手に剣を構え直し、跳び上がる。
「まだ・・・終わってねぇッ!!」
ヴァルゼルの顎下めがけて斬り上げた。
だが。
キンッ。
また片手で防がれた。
ヴァルゼルは目を細める。
「技と根性は認める。だが、それだけでは届かない」
圧倒的な力の壁が、ただそこにある。
絶望が形を持ったような存在。
ライナは受け止められたまま、歯を食いしばって力を込めた。
(クソッ・・・動け・・・!まだやれる・・・まだ倒れてたまるか・・・!)
だが、ヴァルゼルの剣が再び動く気配。
リリスが悲鳴を上げかけた瞬間
「はぁぁあああッ!!」
ライナが剣を離し、素手でヴァルゼルの腕を掴み、無理やり距離を潰した。
「・・・ほう」
ヴァルゼルが珍しく声を漏らす。
ライナは至近距離。
剣が振り切れない場所だ。
そしてライナは拳で殴りかかる。
勇者としては型破りな戦い方。
剣が通じないなら拳でも肘でも膝でも使う。
「オォォッ!!」
「無謀だ」
ヴァルゼルは手首だけでライナの拳を逸らした。
それでもライナは止まらない。
何発も、何発も拳を叩き込む。
当たらなくても構わない。
動きを止めさせないためだけの、魂の連撃。
(当たれ・・・一発でいい・・・当たれ・・・!オレは・・・倒れねぇんだよッ!!)
周囲の空気が震え、床の紋様が光る。
ライナの中に溶け込んだ神竜グラウ=ネザルの力が、極限状態で脈打つ。
ヴァルゼルは初めて、眉をひそめた。
「・・・しぶとい」
「勇者なんでね!!」
ライナは渾身の体当たりを叩き込む。
ヴァルゼルは押し返すが、その一瞬、“わずかに後退”した。
庭の空気が張り詰め、リリスも思わず息を呑む。
届いた!
ほんの一瞬でも、勇者の力が“堕天の騎士”を動かした!
ヴァルゼルは静かに視線を上げた。
「・・・ならば、こちらもほんの少しだけ本気を出そうか」
黒銀の剣が、深い深い闇色に染まっていく。
ライナの背筋を冷たい汗が伝った。
(ここからが本番か・・・!)
広間を満たす空気が重く沈む。
ヴァルゼルの次の一撃は今までと“次元”が違うのを感じる。
ただ振るうだけで、世界が軋む。
黒銀の剣に深い闇色が満ちていく。
その気配は、空気そのものを変質させるほど濃い。
まるで、“重力”がひとつ増えたようだった。
リリスは思わず膝をつきそうになり、
手で地面を押さえた。
(今までどんだけ力を抑え込んでたんですかあ?)
リリスは共に過ごしていた時を思い出しながらヴァルゼルを見る。
(それに多分、まだ実力の半分程度・・・。正真正銘の化け物です!!)
ヴァルゼルは剣を軽く持ち直し、静かに言った。
「・・・これで五割。貴様を侮っていたわけではないが、どうやら“本当の壁”を知るには、この程度は必要らしい」
ライナは息が浅くなるのを自覚した。
胸が締めつけられ、肺が圧されるように苦しい。
(空気が・・・重い・・・!剣を握る手まで震えてくる・・・ッ)
ヴァルゼルは歩き出す。
ただ、それだけ。
しかし踏み出すごとに、地面が低く“うなった”。
黒い剣が軽く横に振られる。
その一閃は、斬撃というより空間が裂ける音だった。
ズンッ!
斬撃が届く前に衝撃波が襲い、ライナはたまらず横へ飛んだ。
さっきまで彼がいた場所に、床が深く抉れて沈み込んでいる。
リリスが息を飲んだ。
(ただの一振りで・・・地面が消えた・・・!?)
ヴァルゼルはライナの回避先をまるで知っているかのように追い詰める。
「速さは悪くない。だが、読みやすい」
黒い剣が縦に振り下ろされる。
ゴウッ……!!
重力が一点に集まったような圧。
ライナはとっさに剣で受けにいくが瞬間、視界が白く弾けた。
ギィン!!
剣越しに腕ごと持っていかれそうな衝撃。
立っているのがやっとだ。
(ッぐ・・・ありえねぇ・・・!受けるだけで、立つだけで精一杯・・・!)
ヴァルゼルは表情を変えない。
「勇者よ。まだ歯を食いしばって立てるか?」
返事をする間もなく、連撃が襲った。
横薙ぎ→ 逆袈裟→ 軽い突き→ 足払い
すべてが死角から、寸分違わぬ軌道で流れるように繋がる。
ライナは必死に躱す。
腕で受け、剣で逸らし、転がって距離を取る。
しかし……。
一回避するたびに、身体のどこかが悲鳴を上げる。
(ダメだ・・・本当に全部が重い・・・!回避しても、受けても、ただ振られただけなのに体が削られていく・・・!)
ヴァルゼルが一歩進む。
その気配が、さきほどより明確に“圧”として迫ってきた。
「そろそろ理解したか?私と貴様の力の差を」
リリスは震えた。
(ここまでとは想定外です・・・。原始竜の試練を乗り越えてもまだこんなに実力差が・・・。この後に控えてる魔王にリリスたちは本当に・・・)
これより先は考えない様にした。
もし考えてしまったら心が折れるのを感じた。
ライナは血の味を感じながらも、剣を握り直した。
「知るかよ・・・!」
歯を食いしばり、足を踏み込み、一撃に全てを込めて斬りかかる。
渾身の一撃。
今持てる全ての技と力を詰め込んだ斬撃。
だがヴァルゼルは剣を引くだけで受け止めた。
軽く。
まるで子どもの玩具を受けるように。
「力は悪くない。だが、それだけだ。それだけでは私の喉元には刃は届かん」
「……ッ!?何を!」
「あの二人のためでも、世界のためでもない。いま貴様を突き動かしているのは、“恐怖と焦燥”だ。それでは、私には届かない」
刹那。
ヴァルゼルの剣が霞んだ。
「終礼の時間だ」
黒い軌跡が走る。
風切り音すら置き去りにする速度。
(来るッ!!)
ライナは反射で剣を立てた。
だがヴァルゼルの一撃は“剣”ではなく、柄で打ち据える一撃だった。
ドッ!!
重い衝撃が腹に叩き込まれる。
地面を滑り、壁まで吹き飛ばされる。
肺の空気が全部抜けて、呼吸が止まる。
リリスが叫ぶ。
「ライナァッ!!」
ヴァルゼルは追撃しない。
ただ静かにその場で剣を下ろし、言い放つ。
「立てるなら、立て。本当に勇者ならば」
ライナの視界が揺れる。
身体は言うことを聞かない。
立つ足が震えて、力が入らない。
それでも、まだ意識は折れていない。
(・・・立つ・・・立つ・・・立てオレ・・・!こんなもんで・・・倒れてたまるか・・・!)
床に手をつき、爪が食い込むほど力を込めてライナは、ゆっくりと身体を起こしていく。
ヴァルゼルはまだ、“五割”なのに。




