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茶番はいらない(アリシア視点)

私の主であるミランダ・フィル・ラロヴィア第三王女殿下はまさに高嶺の花である。それも国内だけの話ではなく、世界的な、高嶺の花。

まずその美しいお姿。豊富な魔力の持ち主の証である鮮やかな空色の髪は艷やかで柔らかなウェーブを巻き、長い睫毛に覆われたアメジストのような瞳はどんな宝石よりも美しい。雪のように白い肌とスラリと伸びた手足、女性らしい身体付きに反して華奢な骨格……。あまりにも幻想的で、そして蠱惑的。



第二に、その魔力と知識。幼い頃から魔力が有り余っていらっしゃる。歩くのもままならない赤子の頃、歩行が面倒になったのか魔法を使って宙に浮いてきゃっきゃと笑っていたところを王妃様とご兄弟がお気付きになり王宮内に悲鳴が木霊したのは有名な話だ。そして、その魔力に対して胡座をかいたりはたまた振り回されるようなことは決してなかった。ミランダ様は魔法を心から愛し、その探究に身を捧げたのだ。それこそ、恋する殿方を前にした乙女のように魔法に真摯に向き合い、自らの能力を磨いていった。

そうして生まれたのが魔力の結晶を加工した魔法道具。それまでは結晶に宿る魔力が複雑かつ豊満すぎて危険が伴うため加工はほぼ不可能だとされてきたが、ミランダ様は採掘された後に数日間月の下に晒せば加工が可能であると発表した。

これによって真夜中でも魔術師の手を借りることなく強い明かりを灯すことが可能となり、移動が馬車よりも安全且つ快適、そして迅速となった。他にも衛生面や食事面……生活水準が格段に跳ね上がったのだ。

魔術師の職先を奪ったかと思えばそんなことはなく、むしろ魔法道具の加工には魔力を多く有した者が適していることから彼らも仕事は楽になれど食い扶持を潰されるようなことはなく平和に過ごしている。

とはいえ、この発表は世界を震わせた。更にミランダ様は加工の方法について次々と無駄のなく最善な手法を開発していくのだから、未だに世界はあのお方から目を離すことが出来ない。



第三に、王家の反応である。神話に登場する女神かのようにお美しく、そして今や世界が注目する才能の持ち主であるミランダ様。けれどそのような容姿や肩書は関係なく、彼女はご家族である王家の方々に愛され……否、いっそ溺愛されている。

末の姫君だということもあり、兄君や姉君からは目に入れても痛くない、といったご様子の愛され方をされており、皆様その涼やかで麗しいご容貌をデレッデレに溶かして甘やかすのである。挙句、ミランダ様も他のご兄姉への愛情を素直で大っぴらに伝えるものだから日々加速している。

母君である王妃様の前では幼子のような面を強く見せ、入浴後に髪の手入れをにこにこと無邪気に笑ってお願いし、「仕方ないわねえ」だなんて甘い笑顔と共に膝に乗せられる始末。

父君である陛下は自分だけは唯一厳しく接しようとお思いのようだけれど……ミランダ様に対して妬みを見せて『女性の割にはでしゃばり過ぎなのでは?』と他国の王族に言われて『なるほど、では今後はでしゃばりな娘の発明した魔法道具や展開式は一切其方には流通させないこととしよう』と笑顔でぶちギレ、本当に当時開発したばかりの魔法道具の輸出を止めてしまった。結果、相手側は泣きを見て政権交代まで追い込まれ、死ぬ気でラロヴィアとミランダ様に謝罪したとかなんとか。



……とまぁ、そういったわけで今や私の主は世界的な高嶺の花なのだ。

誰しもが伴侶にと求めたいのだろうが、あらゆる視点から見てそれは困難となる。何より、ミランダ様は恋愛に対して殆ど意欲がない。ご本人曰く、『だって研究の方が楽しいし……お父様やお兄様方のご命令とあらば嫁ぐつもりですが』とのほほんとお答えなさる。

そして先述の通り、ミランダ様のことを溺愛なさる家族がご本人が乗り気でない婚姻を望むとは到底思えない。

本来ならば王女として国内の高位貴族や他国の王族と婚姻を結ぶのは務めなのかもしれないが、それをしなくても主は充分過ぎるほどに国に貢献なさっている。寧ろ、その才能故に安易に嫁がせる事が出来なくなった、という方が正しい。

だからこそ国内外問わず、その容姿にしろ才能にしろ、王家の繋がりにしろ、ミランダ様を求める殿方は皆、その壁の高さにある者は諦め、ある者はご本人の心をを射止められるよう努力し、ある者は策を張りめぐらせ……と、様々な反応を見せている。そう、ミランダ様を求めるのは決して珍しいことではない。ない、のだけれど。



「………花の精霊がいる」


「女神がいる………」


突然場に割って入ってきた上で口をぽかんと開いて呆然としている男二人と例の小娘の姿にミランダ様は笑顔でご挨拶をされたが、それに答えることなく男二人が最初に呟いた言葉がコレである。今すぐはっ倒したい。


「っ……ちょっと!シュード様!グレウ様まで!」


それを咎めるのは例の男爵令嬢の小娘だ。

ええ、知人以上の関係としては咎めるのも自然だけれどね。……問題は、彼女の表情。

初日に見た、敗北を知って悔しさを隠さない表情。そこに更に上乗せされた嫉妬と憧憬と屈辱感。 


そうでしょうね、初日お会いしたミランダ様の美しさで王太子を骨抜きにされ、かと言って文句のつけようのない美しさに、影で見苦しく無理のある言いがかりをつけるしかなくて、しかもそれを碌に相手にされないどころか、それをきっかけに見限られてしまって。

そして今。花を舞わせて微笑むミランダ様のお姿はあの日より更に幻想的で美しく、癪ではあるけど男二人の言った通り。……その二人は先程まで「エイデン殿下を誑かし、アリスを傷付けた第三王女に抗議せねば」と息巻いていたと、騎士から聞いた。………この国、これくらいの年頃になると脳に蛆が沸く奇病でも流行ってるのかしら?だとしたら一刻も早くミランダ様をお連れして避難したい。


「あ……お、俺はシュード・ブラングと申します、騎士団長の息子です」


「わ、私はグレウ・マグヴァンと申します。宰相の息子です」


ようやく名乗った二人に私は思わず舌打ちをしたくなる。

この国の中枢を担う家系の息子じゃない。本当に教育はどうなってるのよ。


けれどミランダ様はにこにこと笑顔を崩さない。


「お初にお目にかかります、ミランダ・フィル・ラロヴィアです。お会い出来て光栄ですわ」


ミランダ様が美しいカーテシーを見せれば、男二人はでれっとした表情を隠さない。

そうして今まで口を開きたくとも開けない、そんな男爵令嬢にミランダ様は微笑みかける。


「あら、貴女様はエイデン王太子殿下と一緒にいた……」


「っ、アリス・ヒルムートと申します!」


目を釣り上げて怒鳴る姿はまさに威嚇だ。もっとか弱く振る舞わないと。男共がびっくりしてるわよ。


「体調は如何ですか?あの日はひどくつらかったのでしょう?」



しかし、ミランダ様はそんな事では怯まない。眉を下げて心底心配しているように彼女に問いかける。こうなれば彼女も無闇に噛み付く事は出来ないので、ぐ、と言葉に詰まらせた。


「………お気遣いありがとうございます、無事回復いたしました」


「まぁ、良かった。大切なお身体です、どうかご自愛下さいませ」



安心したように息を吐いてたおやかに微笑むこのお美しい方を、誰が悪く言えようか。

その姿を恍惚とした表情で見つめる男共。例の男爵令嬢すら一瞬、嫉妬やら怒りを忘れて見惚れている。


「そ………そんなことより!エイデン様に何をされたんですか!!」


しかしそんな事で萎れるような女ではないようで、私は男爵令嬢をあらん限りの力を込めて睨みつけた。


「あ、貴女がエイデン様に関して変なことを言ったり、周りの人を騙して陥れたんじゃ………!!」


「アリス!やめろ!」


「いけません、アリス!」


慌てて男二人は止めにかかるし、第二王子は息を呑んで謝罪を口にしようとしてくる。

私以外のラロヴィア側の人間も怒りと殺気に満ちていた。

もう良いのでは?こんな国との国交いらなくない?といった空気で満たされるが、それを切り捨てたのは他でもないミランダ様本人だ。


「………なんてお可哀想な方……」



ぽつり、と呟いたミランダ様の儚いお声に、私を含めた全員がそちらに意識を奪われた。


苦しげに眉を寄せ憂い顔を見せながら、胸に手を当てて見せる姿はこちらまで胸が苦しくなる。現に男二人が我が主に近寄ろうとするので私はするりとその間に入った。させるわけ無いでしょう。



「ああ、ごめんなさい。ご質問に返していませんでしたわね。本当に、私もわかりませんの。王太子殿下という尊いお方が何故……あのような恐ろしい真似をされたのか………」


そうして思い出したように顔色を青褪めさせて両肩を抱いて小刻みに震えるお姿は、誰がどう見ても暴行に遭いかけた儚くも美しい乙女だ。……まぁ、実際には今朝方、『次があるのならぶっ飛ばせば良いだけでしょう?』とおっとりと宣言した豪胆さとそれを行える実力の持ち主なのだけれど。


「婚約者がいて、尚且つ他国の王族に堂々と立ち向かってまでして助けようとする愛する女性がいるというのに、信じられません」


「な………」


「でも、どうかお心を強く持って殿下に接してくださいませ。どうしてあのような蛮行に出てしまったのかわかりませんが、あの方を理解し癒やし、そして導けるのはきっと──貴女様のような強い想いを抱いている方なのですから」


ね?と甘く微笑んで男爵令嬢を見て言い切る王女殿下に、彼女はぱくぱくと口を動かすが何も言えない。

恐らくミランダ様が否定するだけなら被害者面をして更に言いがかりをつけて少しでも周囲を味方につけようとしたのだろうけど、否定と共に同情をされて、挙げ句の果てに強い激励まで頂いてしまった。頼りの男共は彼女にとっての敵である女性に魅了されてしまって役に立たないし、これ以上噛み付こうとすれば間違いなく自分が悪者になってしまう。

そもそも、今のミランダ様は【他国を訪問中にその美しさが仇となり辱められそうになり、それでも周りを気遣う王女】だ。一体誰が彼女を悪者呼ばわり出来るだろう。


「………お二方は、殿下の側近の方ですか?」


「は、はい!」


「恐れながら、友としても扱われています」


ミランダ様に話しかけられた男二人は背筋を伸ばして答えてみせる。それにミランダ様はやはりお美しい笑顔を浮かべてみせた。



「まぁ、素晴らしい。では、どうか皆様で力を合わせてこの窮地を乗り越えてくださいね。陰ながら応援しております」



……暗に、勝手にやってろ、もう関わるな、と仰りたいのよね。当たり前の主張だけど。

でもそれを単純な励ましと捉えた男二人は何度も首を縦に振る。……ねえ、本当にこの国大丈夫なのかしら?この人たち国の中枢を担う貴族のご子息なのよね?


「………ミランダ王女殿下は例の騒動もあってお疲れです、もうよろしいのでは?」


そこで声を掛けたのはそれまで傍観していたナイジェル第二王子殿下だ。

意を決したように三人の前に立ちミランダ様を守るような形になるお姿に、ほう、と嘆息しそうになる。………ええ、まぁ、大丈夫かしら。少なくとも十に満たない年齢でありながら、こうした行動が取れる方が跡継ぎとなるのだから。

ミランダ様はその後ろ姿に微笑んで完璧なカーテシーをして見せた。


「ありがとうございます、ナイジェル殿下。……それでは皆様、失礼致します」





「………見事な完全敗北でしたわね、あの方」


中庭を出て廊下を歩きながらぽつりと呟けば、護衛騎士のユーリス様は苦笑してみせた。


「あの男達は彼女に何と言うのだろうな、まさか『君が王女殿下より魅力で劣っているから殿下が心変わりをしただけじゃないか』なんて言えるわけないだろうが」


「こら、お二人共。口が過ぎますよ」


ニール様に怒られて私もユーリス様も同時に謝罪する。そんな私達にミランダ様は相変わらずおっとりと微笑んでいらした。


「確かに。そういったことはあとで話しましょうね」


「申し訳ありません」


「失礼致しました。……でも、あのような茶番に付き合わされてご不快ではありませんか?」


私の問い掛けに殿下は困ったように眉を下げながらも笑って、ざっくりと切り捨てた。


「そうねえ……まぁ、新人の役者で固めたお芝居を見せられていると思えばそこまでは……」


───やはりというかなんというか、我が主はお強い方である。

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