表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/6

次から次へと

朝食の後に広間に招かれて、シープル王国から正式に謝罪を受けた。

私は中央の椅子に座り、そこに向き合うように国王夫妻と第二王子が座っている。しかも、その背後にはこの国の高位貴族の主が軒並み揃っていた。

主が宰相であるマグヴァン公爵、キューサス侯爵家、シャレット伯爵家、そしてブラング子爵家。それぞれの当主は椅子に座ることもなく片膝をついて深く頭を下げている。私は私で顔が引き攣るのを何とか抑えていた。いくら国同士の規模に差はあれど、相手は国の主やその妻子、そして国の中心を担う貴族で私は第三王女、良い年をした大人と成人手前の小娘という立場。それが一斉に頭を垂れるのだ、辟易するなというのも無理な話。

でも、これが必要なことであるのも理解している。

向こうからしたらやってしまったことの重大さ、更にそれを相手側に勘付かれている以上、国として謝罪せざるを得ない。そしてそれを受け入れてくれないということは、許してもらえないということとなる。あまり国交が上手くいっていない力を持たない小さな国が、世界の大国に、だ。当然、それは二国の問題には収まらない。

対して、ラロヴィアとしても謝罪を受け入れないということは問題解決を必要としないと言っているのと同じだ。または、それだけラロヴィアの王女を蔑ろにしても問題ないと言っていることになる。……魔法道具の研究者として有名な王女を。

または、単純に国としてシープル王国を見限ったということに。此方は最悪戦争も視野に入れることになる。それはラロヴィアとの、ということではなく、どちらかといえば『ラロヴィアに見限られた小国は手中に収めやすい』と考えた他国に攻め入られる可能性だ。それはあまりにも夢見が悪すぎる。


──というわけで、謝罪の場を設けたわけである。


私は小さく苦笑を浮かべて「どうか楽になさってください」と告げる。顔を上げた方々は全員、死刑宣告を待つ罪人のようだ。


「………わざわざお越しくださったのに、このような……何とお詫びすれば良いのか」


国王陛下の声は重々しく震えている。……まぁ、そうよねえ。公務を妨害する程度に付き纏うくらいならまだ許されたのだけれど、夜這いをかけようとしていると両国から疑われるような真似をしたら王太子の首を差し出すように言われても文句は言えないもの。ただ、私としてはそんな血なまぐさい処分は求めていない。


「今回は未遂も未遂、殿下とふたりきりでお会いした事は一度たりとも御座いませんので此方としてもあまり大事には致しません」



何人かの身体から力が抜けたのが空気でわかる。王妃殿下なんて気丈に振る舞っているけど目は僅かに潤んでいるのだから本当にお可哀想。……だけれど、ただこのまま解散!というわけにもいかないのでもう少し耐えてほしい。



「あの……エイデン殿下には婚約者がいるとお聞きしました」


「…………間違いございません」


重々しく返事をしたのはマグヴァン宰相。そう、調べたところによると彼の娘との婚約をあの王太子は結んでいるのだ。



「………そして、私が到着したその日、傍に侍っていたのは妾であると……」


「………その通り。恥知らずにも公務を投げ出して戯れておった。国王として、父として情けない限りだ」


項垂れた国王陛下は初日にお会いした頃より窶れて見える。お労しいが、お互いの為にも攻撃の手は緩めない。


「それで……私にはあのような対応をし、今回のような騒動を引き起こされたと……?」



何だったかしら……そう、ドン引き、という表情を浮かべて周囲を見れば、全員気まずそうに視線を逸らす。

他国としてはあまりこの国の方針について口に出すのはよろしくないが、このくらいの反応を見せれば良いだろうと心の中で溜め息を漏らす。

要は、たった今『王位継承に王太子はやめたほうがいいんじゃない?それ正気を疑われちゃいますわよー?』という空気を全身から放出したのだ。だって……ねえ?

婚約者がいるのに妾をつくる。これは国によって意見が割れる。本来ならそういうのは結婚の儀を済ませてからだが、男尊女卑の国では稀にそれがマナー違反でないという判定になるから。

次に、その妾と戯れて公務を疎かにし、大国の王族を蔑ろにした。これに関しては結構な問題だ、なんと言っても国際問題になりかねない。王位継承者として見れば更に問題に輪をかける形になり、当然問題は浮き彫りになる。

最後に、その王族にわかりやすく色目を使い、挙句夜中に寝室に訪れ夜這いと取られても可笑しくない行動に出る。これが留めだ。上二つの行動までなら『将来暗君になり得る王太子』で収まっていたが、これによって『単なる色狂い』に成り果ててしまった。ギリギリ彼を支援する貴族もいたであろう状態から、それすら振り落とす行動なのだ。

………とはいえ、それを狙う貴族がいるというのも事実。何ならその方が傀儡となって良いと考える者も当然いるだろう。

そこで、私の出番。私がこうしてはっきりと、彼を異常者として扱い、大事にしないと言いつつも自分は危うく被害を受けるところだったと明言することでその勢力を総じて潰す。

傀儡が欲しいと言えど、その中に爆弾が仕込まれてているとなれば欲しがる人間などいるはずが無いのだから。


ちらり、と第二王子殿下を見れば、彼と目が合う。緊張した面持ちだが母君と同じサファイアの瞳は私から逸れることがない。それを見て私はにこり、と微笑んだ。


言葉のない仕草で相手の心理を読み解くのは、社交界では必須だ。そして、今の私と第二王子殿下のやり取りを見て……全員が息を呑んだ。

勿論、余所者の私にシープル王国の王位継承者を決める権利はないけれど、皆、今のやり取りで理解したのだろう。

『次の国王はエイデン王太子から弟君のナイジェル第二王子にほぼ決まった』と。



「……少し、お話するお時間はありますか?」


その場が解散となり私が退室すると、追いかけてきたナイジェル第二王子殿下に声をかけられて振り返った。……確かに、今日は午後まで時間に余裕はある。その表情には緊張と困惑、罪悪感……そして覚悟が見られて、私は小さく微笑んで頷いた。



案内されたのは以前王太子に誘われて訪れた中庭だ。相変わらず美しい中庭に設置された椅子に対面する形で座り、ある程度の話をしてから彼は深く頭を下げた。


「まずは……我が兄の愚行に心からお詫び申し上げます」


「先程もして頂きましたから、どうかお気になさらないで下さい」


確かに事は事だが、それは先程の場で一段落ついた。それに幼い少年に何度も謝罪されては私も心が痛むもの。



「……お兄様とは仲がよろしいの?」


「………いえ。昔は仲が良かったのです。でも、最近は………」


どうやら、最近の王太子の行動は例の少女との関係を抜きにしても目に余るらしい。

公務や鍛錬はサボる、自分の意見に反発するとすぐさま目の敵にする、そしてそれらに対して『弟君は素直で勤勉ですのに』と暗に言われ続けてその弟にですらきつく当たるように………。


……それは、今回の件がなくても、王にはなれなかったでしょうねえ。


「このような事になるとは思わなくて……私は、そんな兄上でも……いえ、そんな兄上だからこそ支えていくものだと思っていました」


対して弟君の健気なこと。眉を下げて俯く姿は何ともいじらしく、手を貸して差し上げたくなる。恐らく自分が国をまとめられるのか心配なのでしょう。


「きっとナイジェル様は素晴らしい君主となりましょう」


「そう、でしょうか」


「ええ。そうなれるよう貴方のお父君は頑張っておいでですし、微力ながら私もこうしてこの国に来たのです」


先程の場で、最後に見た国王陛下の表情は決意を固めたようだった。恐らく、突然後を継ぐ事になった第二王子殿下が即位するその日までに国と第二王子の立場を盤石とするおつもりなのだろう。

私は人差し指を立ててくるりと回す。

そうすると上から降り注ぐ檸檬色と藍白色の花弁に、第二王子殿下やそのお付きの人々は目を丸くした。何方もこの国を象徴する色。


「わあ……」


小さな嘆声を上げ、頬を赤らめて上を見上げる姿に思わず笑みが溢れた。彼は確かまだ十に満たない年頃。



「魔法とは美しいでしょう?どうかこの国を発展させ、共に高め合いましょう。その為ならば協力は惜しみませんわ」


「っはい!ありがとうございます!」





「………ですから、お引き取りください!」



何名かの騎士の声がして振り返ると、そこには二人の青年と例のご令嬢の姿があった。

三人はぽかんと口を開いていて此方を凝視している。

…………私、今結構いい感じに纏めようとしたのですけれど?


そんな気持ちを押し殺して微笑んでみせる。折角笑顔を見せてくれた第二王子殿下が焦っているのだからたった今応援していると言った年長者としては少しぐらい格好つけなくては。



「まぁ。ご機嫌よう、皆様」



ああ、また少し頭が痛くなってきた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ