悩ましい話題
「国へ帰って国王陛下に直訴すべきでは?」
朝食の時間、我が国の宰相の子息であるニール・フルグロッドの言葉に遠い目をしながら食事を進める。あー、果実がおいしー、なんて現実逃避をしているくらいに今の私の気持ちは重い。
「………とはいえ、実害がないのはねえ」
「当たり前ではありませんか」
「実害等ありましたらとっくにあの小僧の首を切り落としていますよ」
最早怒りを通り越して無表情で静かな声のアリシアと、吐き捨てる護衛騎士……白銀の髪を束ねたユーリスの言葉にそれはそうだけど、と苦笑して誤魔化した。尚、この部屋にはお約束の防音魔法をかけているので盗み聞きの心配はない。
「何故ミランダ王女殿下はそこまでエイデン王太子に甘いのです」
「甘いかしら?……うーん、なんだかあそこまで無邪気に振る舞われていると……五歳くらいの男児に見えない?」
そう、我が国の王宮で稀に見る貴族令息。『しょうらいはミランダさまをおまもりするきしになります!』とか『きょうもおうつくしいですね!』とか拙い声で一生懸命貴族として振る舞おうとする小さな男の子は本当に可愛らしいのだ。
「──調べたところ、あの王太子は既に愛人の男爵令嬢と身体の関係を持っています」
すん、とした表情で私を見つめながらニールはぶった切る。本当に彼は優秀で容赦がない。私だってあの王太子がそんな純粋無垢な存在じゃないことくらいわかってるわ。だからそんなに強く言わなくてもいいじゃない。
そんな抗議の意を込めて睨み上げるが全く怯んでくれない。
「……申し上げにくいのですが、王女殿下。殿下は夜這いの未遂を、あの王太子に受けたのです」
「──言いたいことはわかるわ」
そう、例の王太子は一昨日の夜からずっと、私の部屋を探していたらしい。しかも、それは夜限定。更にラロヴィア側の使者に声をかけて部屋を聞き出そうとするものの、要件は言わずに自分が王太子であると立場でゴリ押ししようとしたらしい。更に更に言えば自分は護衛など付けずに部屋を抜け出しているのだから疑ってくださいと言っているようなものだ。
食事を終えて片付ける様子を眺めつつ額を片手で押さえた。
ニールの言う通り、他国の王女が小国の王太子から夜這いをかけられそうになった、と言うのは国際問題もいいところ。すぐにでもこの国を出てラロヴィアに報告しなければ我が国の面子に関わる。
…………ただねえ。それだとシープル王国は大変なことになるでしょう?
ただでさえ先々代の発言が未だに世界に残り国交の際には他国に見下される節があり、そこに内乱が始まって、それを何とか終息させたといえど土地はがっつり荒れてしまって。その土地を戻し後々には他の国に追いつくためには魔法道具に頼るしかないと動いたはいいけど、その技術も知識もない。それを受けるために頼ったラロヴィアから来た王女にそのようなことをしたなんてバレたら……本当に、今度こそどの国にもそっぽを向かれてしまう。ついでに我が国から牙を剝かれるのだから、それは巻き込まれた方々があまりに気の毒というもの。それに。
「……こんな、発展途上どころか生まれて間もないような国、潰してしまうのは勿体無いわ」
ほう、と息を吐いてここ数日の事を思い出して感慨に浸る私に皆表情には出さないものの呆れたような表情を浮かべた。
いえ、魔法以外の文化は他国に引けを取らない程素晴らしいのよ。シープル王国の国民は身体が頑丈で、更にその身体能力は他の国の人間より優れている。だからこそ、生活は全てその力と頑丈さで文明を開拓してきた。
……まさかたった数日程度で人間の手であそこまで深く穴を掘って井戸を作り出し生活の水を確保したり、たくさんの人材を確保したとしても城を腕力だけで組み立てるだなんて。
子供の時にそのことを知って、本当に驚いた。火打ち石を使った火の起こし方を過去に試してみたけどなかなかな上手くいかなかった私には、きっと彼らのような暮らしは決して出来ない。魔力を殆ど持たない故にそれ以外の力と工夫で発展させてきた歴史は、尊敬に値するのだと心から思う。
……そんな国が、一から魔法について触れようとしているのだ。魔法という観点から見れば、昨晩生まれた赤子が粗相をしたからと殺すようなもの。
「勿論お父様に報告はするわ。でも、大事にしないように一筆入れておいたの」
「……大切なご息女の受けた仕打ちに、大事にしないでおけますでしょうか?」
「お父様は冷静だわ」
勿論、万が一………億が一でも私が傷物にされたならば話は変わるでしょうけど、今回は未遂も未遂。部屋に辿り着くことすら出来なかったのだから。逆に今後の交渉に使えそうだと言えば苦い顔をしながら頷くでしょう。
「………お兄様やお姉様は違うでしょうけど」
末っ子故か割と愛されている私のこの危機に、お兄様やお姉様がどう出るか、考えただけでも恐ろしい。その辺りは父が黙って下さる事を願おう。
「国王陛下はご存知なのかしら」
「ええ、劣化の如く怒り狂い、王太子を一時的に自室で軟禁しているそうです」
「そう、事を大きく見てもらえて何よりだわ」
「そして王女殿下には謝罪の為に時間をいただきたいと」
「ええ、謹んでお受けいたしますと伝えて」
「はい」
……それにしても、国王陛下は苦労なさってるわね。ただでさえ内乱で荒れた国を復興しつつ祖父の後始末をしなくてはならないのに、世継ぎの方が他国の王族相手にやらかしているんですもの。というか、あんなに常識人で苦労人な陛下のご子息がどうしてあんなに奔放なのかしら?
「幼い頃は病弱で、甘やかしてしまったのだと耳にしました」
「なるほど、今は健やかに過ごされているようで何よりだわ」
私の言葉に皆複雑そうな表情を浮かべる。皮肉ではない。何事も健康が一番ですもの。
「………ミランダ殿下は、思うところがないのですか?」
おずおずとユーリスに問われて私は苦笑してみせた。
「先程も言ったでしょう?五歳くらいの男児に見える、と」
身体は大きくとも、そして女性との関係を持ていたとしても、私の中ではそういう認識なのだ。
「そんな幼子に怒っても仕方ないわ。それに……多分、これだけやらかしていただけたなら、こっちも油断しなくて済むもの」
ユーリスをはじめとした護衛騎士は絶対に間違いのないよう進めてくれるだろうし、アリシアやニールも同じだろう。そして、私も。
「魔法を使う相手を無力化させる研究も成されていないようだし。多分、億が一のことがあれば思う存分ふっ飛ばしてしまうわ、私」
「たった今幼子扱いをされましたのに……」
アリシアのボヤキに微笑んだ。だって実害があるのとないのとでは話が別なので。