伯爵家親子の苦労
約一時間後、お茶会の延長を望む王太子をのらりくらりと笑顔で躱してから数多の魔力の結晶が眠る鉱山に向かった。
鉱山内は魔力の源であり、その力から元々魔力をあまり身に宿していない人間は目眩や吐き気を催してしまう。ここ、シープル王国の人々はあまり魔力を持たない為にここはつい最近まで誰もが立ち入らなかったとのこと。
だからこそ魔力を持たない人間でもほぼ同等の力を持つことの出来る魔法道具の開発や普及に力を入れたいのだろう。先々代の国王は「魔法は悪魔の使う術」と堂々と主張し、我が国をはじめとした魔法を使役する国々から強い糾弾を受けて国力を一気に弱めてしまった。
元々そこまで大きな力を持っていたわけでもないのに、何故そんな暴挙に出たのかはわからない。資料によれば先々代の国王は各国にその言葉を必死に弁解し泣いて詫びる余生となったとのこと。まぁ、口が滑ったということかしら。
先代はその火消しや、その後国内が安定せず起こってしまった内乱を治めるのに必死だったそうだし、現在の国王陛下は遅れた発展を取り戻すために私をこうして招いたというところでしょう。……本当に大変ねえ、この国。
とはいえ、私個人としてはこの状況を案外楽しんでいる。
ラロヴィアでの魔法に関しては数百年以上前から存在し、世界でも一、二を争う魔法大国として名を馳せていた。だからこそ私も魔法道具の開発や研究を良い環境でさせてもらえたし、そのおかげで成果も出せたのだ。
ただ……整い過ぎた環境に身を置いた私としては、ここまで魔法の研究が進んでいない国を見るのは新鮮でわくわくする。まるで子供の頃に初めて魔力の結晶を加工した頃のようだ。
「如何でしょう?」
私に声をかけるのは赤い髪を持つ国王陛下と同じ年頃の男性、宮廷筆頭魔術師のジョエル・シャレット伯爵。そしてその隣にいるのは同じ髪色の息子のクレス・シャレット伯爵子息。クレス様はラロヴィアへの留学経験もあり、私も何度か彼と話したことがある。
ちなみに鉱山内には先述の吐き気や目眩の症状が見られるため、シープル王国側の人間はこの親子二人のみとなる。もし鉱山内で問題が発生した場合の証人が必要なためにその人員配置は大変ありがたい。
私は微笑んで魔力の結晶に手を当てた。周囲は藤色に輝き、その中心に近付くにつれて深い青色に変わっていくそれはどんな宝石よりも美しい。
「ええ、これならば問題なくどんな魔法道具も作れることでしょう」
「それは何よりです」
「ただ、問題は採掘方法ですわね。この国ではこの場に立っているのも苦痛な方が多いでしょう?万が一結晶に触れてしまえば呼吸困難を引き起こし、最悪後遺症を残してしまいます」
「なるほど……」
私の言葉に伯爵は眉間に皺を寄せて顎に蓄えた髭を親指で撫でる。
「この国では魔力を多く有している方は他にどれ程おりますか?」
「貴族の中では我々シャレット家の者と、一部のキューサス侯爵家の者ですな」
「平民の中では?」
「いえ、そのような確認は国として調査しておりませんでしたので」
……なるほど。そもそも魔法に頼るという考えが薄かった国だ。彼らは私達よりも屈強な身体を有していたので魔法を使わずに文明を進めてきた。だから、王族や貴族ならまだしも平民まで魔力を測定するような真似はしない、といったところか。ただ、この国でも魔法道具を流通させるとなればそうはいかない。
「近々、検査をしたほうが良いでしょうね。採掘をする為にここの鉱山に立ち入ることの出来る人材を確保しなくては他国から買い取りをしなくてはなりません」
「鉱山での採掘となると、女性には難しいのでしょうか?」
伯爵令息の言葉に私は微笑んで首を横に振る。
「そんな事はありませんよ。魔力の結晶はとても脆いのです。……ほら」
岩肌から牙のように伸びた結晶を指先で摘み、少し力を入れると温室で育てられた花のように簡単に採取できた。
親子はそれを驚いたように目を丸めて見つめたが、すぐに首を横に振る。
「では、すぐにでも検査を義務付けましょう」
「ええ、新たな職種となるでしょうから慎重に進めると良いでしょう」
魔法道具に頼る文明を築こうとするのならば、報酬に不満を抱いたり環境が劣悪で使い捨てのような扱いをすれば、それは国を傾ける事になりかねない。
真剣な表情で頷く親子を見て、恐らく大丈夫だろうと安心した。
説明を終えて鉱山の入口へと向かう途中、伯爵は眉を顰めながら重々しく口を開いた。
「………その、王女殿下におきましては我が国の王太子が大変ご迷惑をおかけしまして……」
王太子、という単語に苦笑する。
「驚きましたけれど、特にこれと言った問題はございません」
「ですが、その、ここに来るまでにも……」
「ええ、一時間程前にお茶会に招かれましたが」
息を呑む令息と、頭を抱えそうになる伯爵に同情する。相手のスケジュールに割り込む、しかもその理由は火急のものではないとなると、それはまぁそこそこな無礼な行為だ。実際おかげで食事を食べ損ねた。……ただ、こんなことで大きな問題にしたくないのよね。悪意とは真逆な態度だから断りにくいというのもある。
「……重ね重ね、申し訳ございません」
「何とお詫びすれば良いのか……」
ここは魔力の結晶の影響で外の気温より何度も低い鉱山だというのに、お二人の冷や汗はとても酷い。声も掠れて喉が張り付くように乾いているのが他者からでもわかる。
……でも、そうねえ。私の指導抜きではこの国は魔法関連の発展は見込めない。何せ、【魔法大国であり魔法道具の発展に長けた王女が匙を投げた】というレッテルはそう簡単には外れない。きっと他の国も協力を拒むだろう。そもそも、万が一戦争や圧力をかけられたら簡単に沈む小国だ。だからこそ私のような小娘でも丁重に扱わなくてはならない。本当に難儀だわ。
「どうかお気になさらず。ご本人に悪意がないのは承知しておりますから」
苦笑して答えると、親子は揃って力を抜いた。本当に、お疲れ様です。
その日の夜、髪を乾かすアリシアはその丁寧でゆったりとした手付きとは裏腹に、やはりぷんぷんと怒っていた。
「本当に………本っっっっ当に!有り得ませんわ!!」
伯爵家の令嬢たる彼女がここまで声を荒らげるのは珍しい。しかも他国の王族相手になのだが、防音魔法をかけているので今日も良しとする。そもそも私の為に怒ってくれているのだからあまり強く言いたくはない。
「あの男!お忙しいミランダ様の邪魔をし、あろうことかその御身に断りもなく触れようなどと!」
「驚いたわねえ」
「しかもあの女は勝てないからって意味のわからない噂を吹き込もうとして!!」
「でも相手にされていなかったわよ?」
その場にいなかったから何とも言えないけれど……恐らくその、アリス様は悔しくて私に侮辱されたと王太子に訴えたのよね?でもその肝心の王太子は、それを信じるどころか私に対して失礼だと逆に非難した模様。いえ、まぁ立場的にはそれは当然であるし、彼女の主張する現場にいたのは彼本人なのだからそもそも主張が無理があるのだけれど……外交をすっぽかしてまで愛でていた女性であったから少し意外だった。
「それはまぁ……ですが自分の生み出した怪物の世話ぐらいちゃんとして欲しいところです。そもそもそんな汚らわしく愚の骨頂な話をミランダ様のお耳に入れないでほしいわ」
ふん、と鼻を鳴らすアリシアに苦笑する。髪の手入れはいつの間にか終わり、私は彼女にお礼を伝えてベッドに潜り込んだ。
ところで、私達の部屋の扉は暗殺等の危険が無いように魔法で隠している。窓も然り。完全なる密室で、何かあれば外にいるラロヴィアの者が魔法で連絡してくれる手筈だ。
だからこの時の私達は、夜な夜な王太子が私達の部屋を探して城を歩き回っているなど、知る由もなかったのだ。