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所謂鈍感系というものですか?






翌日。魔法研究所で私は魔法道具の作り方を実践を踏まえて講義を開く。今回は医療器具に関するもので、体内に潜む病の検査、そしてそれに対して必要な治療を行うことの出来る魔法道具だ。それ故に数名の治癒士や医者も見学に来ている。それぞれの人が私の言葉や手法を必死に書き記しているのを見るに、有意義なものになったと思う。


「ミランダ王女!」


──講義を終えて次のスケジュールをこなそうと開かれた扉の先には、何故か王太子の姿があった。


「まぁ、エイデン王太子殿下」


にこりと笑ってカーテシーを見せる。……困ったわ。言葉が続かない。だって、『うわあ怖い』とか言えないもの。

自意識過剰でないのなら、この方私が出てくるのを待っていたのよね……?え。今日ってこの国の祝日やら休日じゃないわよね?じゃあなんでこの人昼間からここにいるの?学園は?


「………ふふ、驚きましたわ、今の時間は学園にいらっしゃると思っていましたので」


とりあえず愛想笑いで誤魔化しつつ、割と率直に聞いてみた。こちらのミスで、実はちゃんと予定があった?と軽く側近を振り返ってみたが、戸惑った表情で首を横に振る。……どうやら、本当に突然の訪問だったらしい。



「貴女に会いたくて参りました」



戸惑う私達に構わず、頬を赤く染めて彼は堂々とそう言ってのけた。


……うん。うん………?なんで?いえ、昨日のアリシアの発言を厚かましく真に受けるならば、彼は私に異性としての魅力を感じているらしい。そこまでは、まぁいい。これまでだって私の容姿を好んで婚約を望んでくださった殿方もいた。だから納得はいく。

問題は、他国の、しかも自分の国より大きな力を持つ国の王族に、何の前触れもなく、至急の用でもないのに関わらず、相手のスケジュールを気にせずに、自分の務めるべきことを蔑ろにして、私情を全面に出して、現れたこと。………すごい、まるで知らない世界だわ。

もしかしてこの国ではそういう文化だったのかしら?なんて一瞬思ったが、青白い顔をした国王と長い黒髪を一つに束ねた宰相が後ろから走ってきたのを見てどうやらそうではないと安心する。良かった、だとしたら私のとんだ知識不足だもの。



「エイデン!!おぬ、し、お主、い、一体何をしておる!!」


国王らしくない息切れを繰り返しながら叫ぶ声は悲痛だ。お身体に響かなければ良いのだけれど。



「父上?いえ、今からミランダ王女と親睦を深める為にお茶会に誘おうかと」


きょとん、とした表情で父親の焦り具合を見る王太子。多分国王陛下はここに私がいなければ、息子を殴っていたかもしれない。

その横で宰相……グレン・マグヴァン様は、何度も頭を下げてくる。


「大変申し訳ございません!ミランダ王女殿下は我が国の為こうして時間を割いているというのに……!」


「どうか頭を上げてください」


こんな小娘相手に大変ねえ、と呑気に思いながら本来のスケジュールを思い出す。

……この後、魔力の結晶が眠る鉱山を訪れて効率的な採掘方法を伝えるつもりだった。ただ、その前に一度昼食をとる予定でもあったのだ。そして目の前にいるのは、何が悪いかわかっていない様子で私に期待のこもった目を向けてくる王太子。……昨晩、アリシアは彼があの愛人らしき少女を甘やかしているといったけど、彼は彼で相当周りに甘やかされた口だろう。今の振る舞いはマナー教育を充分に受けきれず、自分の思い通りに物事が進むと信じて疑わない幼い子供そのものだ。

ただの幼い子供ならば微笑ましいが、この図体で癇癪を起こされては溜まったものではない。


「お茶会、ですか。お誘いいただき感謝致します。ただ、次の予定がありまして一時間程度になってしまうのですが、それでもよろしいでしょうか?」


私の言葉に表情を輝かせる王太子。驚いた表情を浮かべ、直後申し訳ないといった様子で顔を歪める大人二人に、私はにこりと笑ってみせた。

仕方ないわ。空腹と無駄な諍いどちらか選べと言われたら、前者の方がましだもの。




そうして通されたのは王宮の中庭。色とりどりの花が咲き誇り、池には白鳥が優雅に泳いでいる。

そうして椅子に座り語らうことは、……とてもじゃないけれど有意義とは言えなかった。

内容は主に彼の学園生活の様子。生徒の代表として生徒会長という座に着き、あれこれと眩い成績を残しているのだとか、他の生徒から憧れの眼差しを一身に受けているだとか。言ってしまえば純度100%の自慢話。まぁ、こちらとしても国家秘密を堂々とうっかり口にされるよりはマシだけれど。それに退屈な会話というのは、それだけ頭を使わなくて良いので楽といえば楽だ。恐らく今必要なのは腹の探り合いや穏やかな嫌味の応酬でもなく、笑顔でただただ彼を肯定すること。

「まぁ」

「そうなのですか?知りませんでした」

「素晴らしいですわね」

「尊敬致します」

……を、繰り返すとわかりやすく機嫌が良くなる。それでいいのかしら。いえ、最初から会話を楽しみたいとは思っていないし楽をさせてもらってるから私はいいのですけれど。



「貴女が俺の傍にいる女性なら良かったのに」


熱の篭った目線を向けられ、手を取られそうになったので用意されたカップを手にすることでそれを躱す。

にこり、と笑顔を返しておいた。


「まぁ、恐れ入ります。でもエイデン殿下には既に素敵な女性がいるではありませんか」


言えば、彼の蕩けた表情が一瞬だけ強張った。何かしら、その表情。初対面であれだけの立ち回りをしておいて忘れているとでも?


「い、いや、それは」


「彼女は自分の最愛だと堂々と宣言なさっていましたね。とても驚きました。まるで御伽噺の名シーンのようでしたもの」


にこにこにこ、と笑顔で言い淀む彼を切り付ける。


「彼女がエイデン殿下の婚約者ですか?………あら、でもお名前が違いますわね。たしか聞いたところによると侯爵令嬢だったような……」


「…………アリスは、男爵家の者です」


「まぁっ」


すっとぼけてみせる私に絞り出すような声で答える王太子は冷や汗を掻いている。私は貴方の婚約者ではないのだから、別に浮気を尋問されているような顔をしなくても良いのに。そんな気持ちを隠して私は驚いたと言わんばかりの声を上げる。


「身分違いの恋ということですか?本当に物語のようですね」


表面上は悪感情を抱いていないという態度をしてみせると、彼は困ったように視線を下ろした。本来なら鼻高々に彼女との馴れ初めを教えてくれそうなところだけれど……アリシアの昨晩の言葉を鵜呑みにするなら、惹かれている私にそう思われているのは都合が悪いのかしらねえ。


「…………間違いだったのかもしれません」


「はい?」


これだけ、所謂【脈無し】の態度を見せたら流石に引き下がるだろうと考えていた私を思わぬカウンターが襲った。私が小さく首を傾げると、彼は何かを決意したかのように顔を上げて私を見つめる。


「アリスは、俺の思うような女性ではなかったのです」


「………はあ」


「昨日、ミランダ王女と別れてすぐに彼女は言いました。王女だからって男爵家の娘の自分を馬鹿にしたと。あんな人と関わりにならない方が良いと」


絶句である。

……馬鹿にした、ってどこでそう思ったのかしら?彼女に笑いかけたぐらいしか接触はしていない。まさか挨拶もせず名乗らなかったからとか?え?そんなこと罷り通るの?これでも一応他国の王族なのだけれど。そもそも、周りの反応からして高位貴族ではないと予測は出来ても彼女が男爵家ということまで知っているはずがないのだけれど。

軽く側近を振り返ると目が据わっているので首を微かに横に振った。こんなくだらないことで大事にはしたくない。



「そうでしたの?そんな勘違いをするほどに失礼なことをしてしまったのかしら……」


「いえ!まさか!あれはアリスが悪いのです!!」


困惑と申し訳なさを滲ませた表情を作り、眉を下げながらか細いため息を吐けば、即座に王太子が力強く否定する。

……というか、貴方も貴方よ。身内が影で他国の王族の陰口を叩いたとして、それをわざわざ本人の前で言う必要がどこにあるの?しかも自分の国が簡単に踏み潰される可能性があるというのに。現に彼の護衛たちは顔を真っ青にして私の顔色を伺っている。振り回されてお可哀想に。


「ミランダ王女はアリスの身体を心配して俺のエスコートまで断ったというのに……なんて恩知らずな!」


断ったのは普通に口実でしたけどね。

とは勿論言わずに苦笑を浮かべた。


「その後の具合はどうでしたか?」


「問題ありませんでした、ただの疲労だったようで」


「そうでしたか、……でも良かったです。恐らく体調不良で気持ちも落ち着かなかったのでしょう。どうか私の事はお気になさらず、彼女をあまり責めないで下さいませ」


本当に、私の事は気にせず最愛の方を大切にしていただきたい。婚約者は別にいる?それはまぁそっちで上手いこと解決していただいて。


「………ミランダ王女………ありもしない因縁をつけた女にまで何とお優しい……」


頬を赤らめる彼の呟きに心の中で地の底を這うようなため息を吐いた。

駄目だわこの方、なんっっっにもわかってない。


                                                               

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