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王太子のすっぽかし

「ああ、よくぞいらしてくださった」


玉座に座る銀髪のその人は、私に向けて深々と頭を下げる。年齢にして四十程度のその人はこの国の頂点に立つ者、即ち国王陛下だ。

そんな方が低姿勢に私のような小娘に挨拶をするのだから、国勢というのは恐ろしくわかりやすい。

ここはシープル王国。そして私は隣国の第三王女、ミランダ・フィル・ラロヴィア。現在は外交の為に短期滞在をしている。


「ミランダ・フィル・ラロヴィアです。こうしてお会い出来て光栄ですわ」


にこり、と笑ってドレスの裾を摘みカーテシーをしてみせる。ここまではいつも通りだ。

そうして顔を上げた先にいる面々を確認する。第一に声を上げたのがシープル国王のハヴィエン陛下、その隣にいる黒髪で凛とした佇まいの女性が正妃のエメラルダ様。そしてその斜め後ろにいる、利発そうな銀髪の少年がナイジェル第二王子。……さてはて、王太子殿下はどこに行ったのやら。それはその場の全員が気付いているのだろう、彼らは冷や汗を掻いてその表情も少し強張っている。

……シープル王国は我がラロヴィア王国に比べて小国だ。しかも二十年以上前に内乱で国が荒れていた頃にラロヴィアの援助を受け、借金も作ってしまった歴史がある。加えて、今回私がこの国を訪れたのは我が国の魔法道具を伝授させるためだ。だから向こうとしては私の扱いは厳重にしなければならないのだろう。


「……そ、の。我が息子、エイデンもすぐに学園から戻るはずです。ミランダ王女殿下にお会い出来るのを楽しみにしておりました故」


「まぁ、嬉しい」


私の側近のじとりとした眼差しに気付いたのか、王太子がいない理由をしどろもどろに口にする国王に、私は素知らぬ顔で応える。

学園、ねえ。こんな日にまで通わせるのは些か不自然に感じるけれど。

私としてはどうしても会いたい、という事では決してなく、それでも立場上、所謂『嘗められる行為』は見逃すわけにはいかないので会いに来ることが当然といった態度を見せておく。面倒だけれど仕方ないわ。


とはいえそのまま待ちぼうけを喰らうのはごめんなので国王に案内されて魔法研究所に向かうことにした。

ラロヴィア王国は昔から魔法道具の開発に熱心に取り組み、こうして他国から技術の伝授を求められることも多い。勿論見返りは頂く。今回の場合は道具を作成するのに必要な魔力の結晶だ。この国はまだまだ開発が進んでいないものの、それ故に必要な資源は潤沢にあるのだ。

それを楽しみに国王と言葉を交わしながら廊下を歩いていると、奥から何やら騒がしい人影を見つけた。


「アリスを連れて何が悪い!」


「ですから今回はラロヴィアの王女殿下がいらしているのです……!」


「それがどうした、彼女は俺の最愛だぞ!相手が大国の王女だとて関係はない!!」


黒髪の青年が側近らしき者と言い争っている。その腕に絡みついているピンクブロンドの少女は小動物のように青年の背中に隠れていた。

何とも王宮の廊下に相応しくないやりとりを見た途端、隣の国王は顔を青白くさせた。……ああ、なるほど。彼が王太子。


「エイデン!お主何をしている!!」


国王の怒鳴り声にこちらに目を向けた青年、もといエイデン王太子殿下は、一瞬だけたじろぐがすぐに背筋を伸ばした。


「父上、遅参をお許しください。アリスの体調が優れず……」


いや……無理じゃない?そんなキリッとした顔をしても、腕に絡みついた少女がいるんだもの。そもそも言い訳がちょっとよくわからない。というか、彼女は王太子の何なのだろう?婚約者……ではないわね。王太子の婚約者の行動じゃないもの。もし万が一そうだとしたらすごい勇気よ。他国としては国交の姿勢を悩むぐらいには。だとしたら……愛人?どちらにしても今の体勢はどうかと思うけど。

ふと、王太子の言葉が切れた事に気が付いてそちらを見れば目が合う。彼は小さく口を開き呆けた表情を浮かべ、それを見た腕に絡みつく女性は面白くなさそうに顔を歪めた。他国の王女を睨むなんて随分度胸のあるご令嬢だわ。

 


「……父上、その、美しい方がラロヴィアの王女殿下ですか?」


「そうだとも、貴様が遅れなければすぐお会い出来たのに!」


真っ青な顔色を今度は真っ赤に染めて怒鳴る国王。子育てって大変なのねえと思いつつ、小さく微笑んだ。


「エイデン王太子殿下ですね、お会い出来て光栄です」


「え、王女?!」


叫んだのは隣の少女だ。私の事を足元から頭の天辺までジロジロと見てから非常に悔しそうに顔を歪めた。………何なのかしら。

とりあえず笑ってみせると益々その顔は険しくなる。あまりにも彼女の態度があからさま過ぎたのか、「その小娘を摘み出せ!」と国王の命令が飛び、騎士たちに引き剥がされそうになる。


「な……!いや!離して!まだ何もしてないじゃない!」


「あ、アリス!」


……いや、もうそういうのいいから。私はさっさと研究所に行きたい。



「陛下、構いませんわ」


「で、ですが」


小さく手を上げて伝えると、何かを言いたげに振り返る国王。まぁ確かに国交としては、しかもホスト側としては致命的なのだけれど、それ以上に時間が勿体無い。


「そろそろ参りましょう」


「わ……私がエスコートいたしましょう!」


にも関わらず、何故か名乗りを上げる王太子。……確かに、本来立場的にそうなってもおかしくないのだけれど扉はもうすぐそこだ。それに、その横に立っていて彼の傍以外行き場の無さそうな少女はどうするつもりなのだろう。


「ありがとうございます。ではもし次の機会がありましたらお願い致します」


「いえ、そんな」


「そちらの女性は体調が優れない、と先ほどお聞きしました。どうぞお大事になされてください」


驚きや戸惑いを笑顔で隠しつつ、王太子にはやんわりと断る。それでも恍惚とした表情で食い下がるので先程の言い争いを引き合いに出すと、はっと息を呑み今思い出しましたと言わんばかりの顔をする。最早ここまで来ると笑ってしまいそうだ。その様子を見て大きな瞳を更に大きく見開いて呆然とする彼女に悪いのでそんなことはしないけど。


それから研究所である程度の仕事を終えた私は来賓客を宿泊させる部屋へと通された。ベッドの端に座り防音魔法を張ってから、幼い頃からの付き合いでもある侍女の顔を見上げる。



「何だか変わった人たちだったわねえ」


「あれは無礼というんですよ」


鼻を鳴らして怒りを顕にする彼女に苦笑した。防音魔法を張ったので良いとするが、あまりにも率直な意見だ。


「落ち着いて、アリシア」


「だってあり得ませんもの!大国の王女との対談より愛人だか何だかの小娘を優先するだなんて!しかもいくらミランダ様がお美しいからって色目を使ってくるだなんて本っっ当に信じられませんわ、気持ち悪い!!」


「アリシア」


いくら力関係的にうちの方が上とはいえ、王族に気持ち悪いは……まぁ、防音魔法をかけているのを知っているからの言葉なんでしょうけど。

窘めるように名前を呼べば、不満そうな顔をして押し黙る。

それにしても色目、ねえ。呆けているとは思ったけど、そういう意味だったの?てっきり挨拶を済ませていない要人が目の前に現れたことで焦って頭が真っ白になっていたのかと。


「……あ、後ろの令嬢が私を睨んでいたのってそういう……?」


「ミランダ様……お言葉ですが、それは今更では?」


幼少期を共に過ごした侍女は呆れたようなため息を吐いた。そ、そんな顔しなくても。



「あの様子では随分王太子に甘やかされていたのでしょうね。それが自分の目の前で身分も容姿も何もかも勝てない女性に見惚れていたのですから面白くはないでしょう」


「なるほど」


「もっとも、一瞬でも張り合おうとした時点で身の程知らずもいいとこですが」



ふん、と鼻を鳴らして身支度を手伝ってくれるアリシアを再度宥めつつ、私もため息を吐いた。

……まぁ、こういう人間関係を見たり巻き込まれたりするのは初めてではない。それに私は今回魔法道具の伝授の為に来たのだ。王太子と関わることはそうないのだろう。



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