第9話「断罪の神殿と、祈りの声」
――煌めく霧が、空を覆っていた。
神域と呼ばれるダンジョン『断罪の神殿』は、かつて数多の高レベルパーティが挑んでは帰らぬ墓標となった最上級エリア。攻略のためには、神職の“祈念術”と、聖遺物と呼ばれる特殊なアイテムが不可欠だ。
「……ここ、本当に入るの? マジでやばくない?」
ミリィがゴクリと喉を鳴らす。大剣の柄を握るその手にも、珍しく緊張の色があった。
「大丈夫、ユウがいるなら。……でしょ?」
リアがさりげなく横目でユウを見る。淡々とした口調の中に、どこか頼もしさと――微かな期待。
「行くしかない。ここの最深部にしかない『祈導の勾玉』が、エリナの真スキル解放に必要なんだ」
ユウの眼差しはいつになく真剣だった。断罪の神殿でしか手に入らない祈導の勾玉。それは、神職スキル“再生の祈り”の封印を解くための唯一のキーアイテムだった。
「……私のために。ありがとう、ユウ」
エリナが小さく微笑んだ。だがその笑みの奥には、自分の非力さを悔やむ翳りがあった。
「俺たち、パーティだろ。誰かが必要なら、それが全員のためなんだよ」
そう言ってユウは、ノービスのまま装備できる“バグ武器”の短剣を構える。『祈り殺しの刃』。光属性の攻撃に極端な耐性を持ち、聖域でのみ真価を発揮するという――攻略Wikiにも記載のない、完全なレアドロップバグアイテムだ。
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神殿の第一層。
そこは巨大な回廊のような迷宮で、祈りの音が風に乗って反響していた。
「うわ……なにこれ、敵が……祈ってる?」
無数のホーリィスケルトンたちが、白骨の指を合わせて祈るようなポーズで立ち尽くしていた。だが、侵入者を察知すると、白骨の隙間から光の矢を放ってくる。
「くっ、来るわ! マジで! 殺意ましまし祈り系!」
ミリィが大剣を構えて前衛に立つ。スケルトンの光矢を弾きながら、間合いを詰め――
「裂閃・一刀両断ッ!」
彼女の斬撃が、前衛の3体をまとめて粉砕した。だが――
「……再生してる。っ、回復スキル?」
リゼが冷静に観察し、呟いた。確かに、砕かれた骨が光に包まれて再構築されている。
「この層、神職系の敵が自己ヒール持ってるみたいね。無限湧きじゃ、消耗戦になるわ」
「だったら、まとめて仕留めるしかない」
ユウが前に出た。
「“バグスキル:祈り拒絶”」
彼の持つスキルは、通常プレイヤーでは取得できない隠しステータスに依存するバグ技。その発動と同時に、敵スケルトンたちの再生がピタリと止まる。
「今だ――!」
ミリィ、リア、リゼの三人が連携して一斉攻撃。火炎魔法と雷撃がスケルトンたちを消し飛ばし、第一層は突破された。
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【神殿第二層】
この層には“裁定の天使”と呼ばれる中ボスが待っていた。
「……あれがボス?」
白い羽を持ち、銀鎧を纏った天使型モンスター《ジャスティア》。彼女は神殿を侵す者に鉄槌を下す断罪者だった。
「侵入者……神罰を受けよ」
「来るわよ!」
瞬間、空中から裁定の光槍が降り注ぐ。
「くっ、ミリィ下がれ!」
ユウがミリィの前に立ち、短剣で光槍を受け止めた。その瞬間、祈り殺しの刃が光を呑み込み、爆ぜるような衝撃が走る。
「こっちは……神殺し用に来てんだよ!」
反撃。ユウの斬撃がジャスティアの防壁を裂き、続けざまにリアとリゼの魔法が交差した。
「リゼ、解析は!?」
「あと5秒……今!」
「エリナ、回復頼む!」
「“癒しの環”!」
全体回復が展開され、チームの動きが一段ギアアップする。
「――“裁きの聖槍”!」
ジャスティアが最大攻撃スキルを発動。聖なる光が一直線に全員を貫こうとする。
「ここだ――っ、“祈り拒絶”発動!」
ユウのスキルが発動し、ジャスティアの詠唱が中断される。その隙を突いて、ミリィが突進。
「みんなを傷つけるなああああっ!!」
豪快な一撃がジャスティアの胸を貫いた――
次の瞬間、ジャスティアは微笑んで光となって消えた。
「認めよう……そなたらの絆、しかと見届けた」
宝箱が解放され、目的の“祈導の勾玉”が現れる。
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「ユウ……ありがとう。本当に、あなたがいなければ……」
エリナが、そっとユウの袖を掴む。
「別に、大したことしてないよ」
「でも……わたし、あなたに守られてばかりで。次は、わたしが守れるように……」
彼女の視線は真っ直ぐで、微かに潤んでいた。
それに気づいたリアとミリィも、言葉にこそしないが、それぞれユウの隣にそっと座る。
そしてリゼも、眼鏡を直しながら呟いた。
「……鈍感、ね。あなたって、ほんと」
焚火の灯りに照らされ、彼女たちの表情はどこか柔らかかった。
夜が更け、断罪の神殿の外れ――薄明かりに照らされた野営地。
焚火の薪がパチ、と音を立てる中、ユウたちは静かに体を休めていた。
「明日で、いよいよ最深部だな」
ユウがつぶやくと、ミリィが火を見つめながら口を開いた。
「ね、ユウ。あたしさ……最初は『ノービス? 雑魚じゃん』って思ってたよ」
「……正直すぎるだろ」
「うん。でも今は違う。あんたがいたから、ここまで来られた。……それって、すごいことだと思う」
その言葉に、リアも小さく頷いた。
「私も……正直、ユウのこと、最初は“運だけの人”って決めつけてた。でも、ちゃんと見てると、そうじゃなかった」
「え?」
「仲間のことを真剣に考えて、どんな敵にも向き合って、自分の弱さも認めて。それって、すごく……ずるいよね」
リアは小さな声でそう言い、頬を赤らめてそっとユウから目を逸らした。
「……あ、あたしもっ!」
ミリィも負けじと叫び、慌てて続けた。
「だいたいユウってさ、すっげー鈍感だし、無駄にカッコつけるし、でも……それが、なんか……こう、ズルい!」
「あの……なんで怒られてるの、俺……?」
ユウが困惑していると、リゼがフッと笑った。
「女心ってのはね、説明するものじゃないのよ。特に君には」
「なにそれ!? お前ら全員、最近おかしくないか!?」
「“最近”じゃない。ずっと、よ?」
リゼの眼鏡の奥の瞳が、やわらかく揺れていた。
エリナは何も言わず、焚火の炎を見つめていたが……その手は、知らぬ間にユウの袖を再び軽く握っていた。
――そんな夜が明けて。
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【断罪の神殿:最終層】
そこは、まるで天上の聖堂のような空間だった。床は光る石畳で敷き詰められ、宙には金の鐘が浮かぶ。神域の最奥にして、最も強大な守護者が待つ場所。
「“裁定の鐘”が鳴る時、試練が始まる……か」
ユウが呟いた瞬間、金の鐘が無音で震え、光の奔流が空間を満たす。
現れたのは――《断罪天使アズリエル》。
漆黒の羽に金の鎧、そして瞳に浮かぶは審判の光。
「罪深き者よ……神の裁きを、ここに下す」
「来るよ! 今までのとは、桁違い……!」
ミリィが前衛に立ち、リアが魔法陣を展開する。
「ユウ、どうする?」
「エリナ、祈導の勾玉を使ってくれ!」
「――わかりました!」
勾玉が光を放ち、エリナの祈念スキルが一変する。
《真・再生の祈り》。全体持続回復+状態異常無効という、神職最上級の超スキル。
「回復は任せてください……! わたし、もう後ろには引きません!」
「なら俺たちは、前に出るだけだ!」
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戦闘が始まった。
アズリエルは“断罪の刃”という無詠唱の光剣を展開。直撃すればレベルに関係なく即死級ダメージ。
「避けろッ!」
ミリィが強引に横薙ぎの刃を受け止め、リアの雷撃でカウンターを狙う。
「私の雷を、くらえっ! “雷哭の槍”!」
アズリエルが後方へ一瞬飛び、間髪入れずにリゼの魔法解析が完了する。
「弱点:物理耐性低下時の足元、聖光ダメージ反転可!」
「よし――“バグスキル:聖転の刃”!」
ユウの短剣が闇から光へ属性を切り替え、足元を突く。
アズリエルが呻いた。そこに全員の一斉攻撃。
「これで終わりだああああ!!」
ミリィの斬撃が最後の一撃となり、断罪天使は崩れ落ちる。
「……審判、完了。導かれし者たちよ、次なる扉へ」
その言葉を最後に、聖堂に一筋の光が差し込んだ。
中央には、新たな聖遺物――『神髄の紋章』が。
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【神殿の外】
「ユウ、あの、わたし……今はまだ、言葉にできないけど」
エリナが恥ずかしそうに俯く。
「でも、あなたと一緒に戦えることが、すごく幸せ。そう思うのは、神職としてじゃなくて、ひとりの女の子として、です」
そう言ったあと、顔を真っ赤にして走っていった。
「……あれ、もしかして……今のって」
「うん。告白、だね。よかったじゃん、ユウ」
「リアまで!?」
「……でも、私はまだ、負けるつもりないから」
そう言って、リアも少しだけ、ユウの袖を引っ張った。
ユウはただ、焚火の光に目を細めて苦笑するしかなかった。
――まだまだ、試練は続く。でも。
このメンバーとなら、乗り越えていける。
確かな絆と、少しずつ芽生え始めた“それ以上”の感情と共に――。
【次回予告】
次なる舞台は、伝説の遺跡《静謐の庭》。
しかしそこには、過去にユウを追放した元パーティとの再会が待っていた――!?
裏切りと因縁、そしてバグ職の真価が暴かれる時!
『育成失敗扱いで追放されたけど、バグ職ノービスの真の姿を俺だけが知っている』
――第10話「静謐なる決別」に、つづく!