第2話 隠されたノービスの真価
ユウがスライムを倒したあと、奇妙な石を拾った。
名もなき初期ダンジョン。薄暗く、じめじめした湿気に満ちている。壁は苔に覆われ、床には水が溜まっていた。だが、ユウはもうその空間すらまともに認識できていなかった。
「……これが、“封印された職業スロット拡張石”? なんだそりゃ……」
アイテムの説明文が、まるで冗談のように目の前に表示されている。
---
【封印された職業スロット拡張石】
分類:ユニーク(この世界に1つ)
効果:使用者がノービスの場合、
・職業スロット+1
・封印された第二職業を解放
・ノービス系隠しスキルツリーを開放可能にする
備考:このアイテムは通常のドロップテーブルに存在しません
---
「存在しません、って……いや、存在してるし……」
この世界のシステムに干渉してくる、異質なアイテム。
だが、ユウにはわかっていた。
これは、ただのバグでもバランスブレイカーでもない。ノービスという“育成失敗職”に、たった一つだけ与えられた「抜け道」──“最強”へのルートだ。
「──使うしかねぇよな」
その瞬間、ユウの周囲の空間が揺れた。
空気が震え、目の前が白く染まる。
---
【システム解析中……】
【適性職業取得:第二職業を付与】
【ノービス系隠しスキルツリーを開放します】
【スキルを習得しました──】
《ドロップ改変》
《データ書換》
《エラー結合》
---
体が熱くなる。いや、意識の奥底に、未知の感覚が流れ込んでくる。
これはただのレベルアップではない。認識の変化。
世界を構成する“規則”そのものを、覗き見たような感覚。
「これが、バグ職……いや、“システム外”の職業ってことか」
ステータスウィンドウが変化する。
職業欄に“ノービス(覚醒)”と“ドロップクラフター”の二つが並ぶ。
その横に、うっすらと赤文字で警告が表示されていた。
【注意:あなたの現在の状態は管理対象外です。監視フラグが立てられました】
だが、ユウは眉ひとつ動かさない。
「いいじゃん。見てろよ、この“失敗作”がどこまでやれるか」
---
◆◇◆
ルインズ坑道の奥、ダンジョン中層。
地面から生えた結晶が微かに光を放ち、足元を照らす。
雑魚敵──鉱石スライムが二体、ユウの前に立ちはだかった。
スライムの中でも、防御に特化したこの種は、初心者狩りの象徴でもある。物理攻撃はほぼ無効、魔法も通りづらい。
「……ふーん」
ユウは構えすら取らず、手持ちの錆びた短剣を片手に、ふらりと前へ出た。
「まずは……《ドロップ改変》」
視界に半透明のメニューが展開される。
敵スライムのドロップ一覧が表示された。
【鉱石スライム】
・錆びた鉱石 ×20%
・粘性体液 ×30%
・低確率:鉄鉱石(5%)
・極稀:マナ結晶の欠片(1%)
「この“5%”を、強制変更──っと」
ユウは“錆びた鉱石”を消し、代わりに“鉄鉱石”を確定枠に入れた。
「よし。準備完了。あとは──やるだけだ」
スライムが飛びかかってくる。ぷるりと膨張し、粘液を撒きながら──。
その瞬間、ユウは足元を滑らせるようにステップを踏み、すれ違いざまに短剣を突き立てた。
──グジュリ。
刃先が、内部の核に届く。
倒れたスライムの上に、鉄鉱石が確定ドロップとして出現した。
「──完璧だ」
続けて二体目も同様に撃破。
そのドロップも、ユウの手で“マナ結晶の欠片”に書き換えられていた。
「これ、普通に国家級のチートなんじゃ……?」
彼の新たなスキルは、ただレアを狙えるだけではない。
欲しい素材を“確定で狙える”というだけで、鍛冶屋、錬金術師、商人、すべての生産職にとって圧倒的な価値を持つ。
---
やがて、坑道最深部──
そこに、巨大な影がいた。
体長三メートル。鋼鉄の鎧に包まれた、無機質な巨人。
【ダンジョンボス:《鉱山のヌシ・ガルバイト》】
Lv:20
属性:岩/金属
弱点:火属性、打撃
通常では、レベル10前後の初心者では歯が立たない強敵。
だが──
ユウのレベルは今、たった“7”。
「やれるか? いや──やるしかない」
ゆっくりと短剣を構える。
初めて見る真正面からの死闘。
それは、ユウという“最弱職”が踏み出す、覚醒の一歩だった。
巨大な影が、ゆっくりと動き出す。
ガルバイト──ダンジョンボス《鉱山のヌシ》。その足取りは、地響きすら伴っていた。
「このレベル差……普通なら、詰みだな」
ガルバイトのレベルは20。
対してユウは、たったの7。
だが──この戦いにおいて、レベルは決定的な要因ではなかった。
「まずは、“情報”を取る……《エラー結合》」
ユウが放ったスキルは、バグ職特有の解析系能力。
敵のステータス、耐性、ギミック行動などを一時的に読み取る。
---
【ガルバイトの挙動解析中……完了】
・最大HP:14,000
・現在HP:14,000
・攻撃パターン①:踏み潰し(範囲)
・攻撃パターン②:岩槌叩き(前方直線)
・ギミック:HP50%以下で“鉱山崩落”を使用
・物理防御:極高/魔法耐性:中
・核部位:背中の鎖結晶(破壊で防御大幅低下)
---
「背中か……やっぱり核があるのか。しかも“防御デバフ”付き。これは狙うしかない」
だが、どうやって?
ガルバイトの背後を取るには、素早さが絶対的に足りない。
まともに突っ込めば、踏み潰されて終わる。
ユウは懐から、さっきドロップした“粘性体液”を取り出した。
「使わせてもらうぜ、雑魚モンスターの素材ってやつをな──」
即席で床に塗り広げると、足元が異様に滑りやすくなった。
そこに合わせて、ユウはスキル《データ書換》を重ねた。
「《滑走:加速+80%/1秒》、付与!」
──次の瞬間。
ユウの体が、まるで氷の上を滑るように、床を這った。
スピードは一気に跳ね上がり、ガルバイトの足元へと潜り込む!
「──今だっ!」
跳ね上がり、背中の結晶部位へ短剣を突き立てた!
キン、と硬質な音。
だが、手応えは──あった。
---
【背中の鎖結晶に“ヒビ”が入った】
【防御力が20%ダウンしました】
---
ガルバイトが咆哮を上げる。
その腕が、ユウを薙ぎ払うように振り下ろされた。
「──くっ!」
間一髪、ステップで回避。だが、風圧だけでHPを大きく削られる。
(やっぱ……強ぇな、コイツ)
正面から戦えば一撃死は免れない。
その中でユウが取れる戦術は──“敵のドロップ情報を先に書き換える”という、バグまがいの手段だけだった。
「……《ドロップ改変》!」
ユウの視界に、ガルバイトのドロップアイテムが表示される。
---
【ガルバイト】
・確定:鉱山の破片 ×100%
・低確率:魔鉱石 ×5%
・激レア:“崩壊の結晶” ×0.5%
→効果:一度だけ対象の物理防御を完全無視する
---
「その“崩壊の結晶”……いただく!」
ユウは書き換える。“激レア”を“確定枠”へ。
──これで、撃破すれば確実に手に入る。
だが、問題はそこまでたどり着けるか、だ。
---
残HP:9,500。
ユウは結晶部位を狙い続けるが、動きが読みづらく、攻撃範囲も広い。
さらには──ガルバイトが、第二段階へと移行する。
【警告:ガルバイトのHPが50%を下回りました】
【ギミック“鉱山崩落”発動準備──残り5秒】
崩落は、一定時間後に天井から岩が降り注ぎ、強制的に戦闘不能にさせる超攻撃だ。安全圏は、ダンジョンの特定ポイントのみ。
「ヤバい……位置が分からねぇ!」
だが、その瞬間。
ユウの中で、“データ書換”スキルが発動する。
(……いや、書き換えじゃない──“読み取り”だ)
床の結晶の配列、壁の岩盤の強度、天井のひび割れ。
すべてが、数値として脳内に流れ込んでくる。
「……あった」
ダンジョンの右奥、微かに違う岩の質感。そこが──“安全地帯”。
「ッ──っしゃああ!!」
ユウは滑走スキルと体液の組み合わせで、再び高速移動。ギリギリのタイミングで、崩落を回避。
岩が降り注ぎ、煙が舞い上がる。
その中心で、ガルバイトの背中が無防備になっていた。
---
「これで終わりだ……!」
ユウの短剣がぬらりと鈍く輝く。
今繰り出せる最高の一撃が、ガルバイトの核を貫いた。
──ズギャアアアアアン!!
爆発のようなエフェクトとともに、巨体が崩れ落ちる。
---
【ガルバイトを討伐しました】
【レベルが7→12に上昇】
【スキル《疑似再現》を習得しました】
---
ユウは、しばらくその場に膝をついていた。
体力は限界、ポーションも使い切り、短剣もボロボロだった。
──それでも勝った。
“追放されたノービス”が、格上ボスを真正面から倒した。
「ハッ……なあ、元パーティの連中。見てるかよ……?」
誰に向けるでもない嘲笑が、静かなダンジョンに響いた。
---
【To be continued──】
(次回:第3話「出会いの予感──新たな仲間と、王都の動き」へ)