第八話
【リア・クレスト / 冒険者ギルド】
「もうこんな時間か……」
ギルドの大時計が深夜を告げる。
テーブルの上には飲みかけのマグが転がり、俺たちはまったりとした空気の中にいた。
「今日はこのへんで終わりにしようか」
エリスが伸びをしながら言う。
「だな。明日も続けるなら、ちゃんと休まないと」
レオンも頷く。
「じゃあ、明日の夜また集合ね!」
セリアが笑顔で手を振る。
「了解」
俺も自然に頷く。
――その瞬間。
パシュンッ
光の粒子が舞い、エリス、レオン、セリアの動きが止まる。
数秒後、彼らの目の色がわずかに鈍くなる。
「……APCモードへ移行しました」
先ほどまでの活気は消え、妙に機械的な彼らがそこにいた。
(これが……APC?)
「お、新入りか? 初めてAPCを見たのか?」
隣のテーブルでくつろいでいた男が話しかけてきた。
ギルドに慣れたベテランらしい。
「……知識としてはあるが実際見たのは初めてだ」
「オートプレイヤーキャラクターのことだよ。プレイヤーがログアウトした時に、その代わりに動くやつだ」
「じゃあ、今ここにいる彼らは……?」
「もう本人じゃないな。記憶は持ってるが、システムが動かしてる"代行キャラ"だ」
俺はログアウトした仲間たちを見た。
確かに、普通に動いている。
だが、目の奥にある何かが違う。
「APCって、プレイヤーと何が違うんだ?」
「基本的には変わらない。ただ、APCは死ぬと"プレイヤーがログインするまで復活しない"ってのが大きな違いだな」
「……どういうことだ?」
「プレイヤーは死んでも教会で復活できるが、APCは"本体"がログインしない限り消えたままってことさ」
――つまり。
(死んだら、"ログインするまで存在が消える"……)
(もし俺が死んだら……?)
試したことがない。
だから分からない。
――でも、俺には"本体"がいない。
もし死んだら……復活できないんじゃないか?
(……俺は、死ねない)
俺はそっと拳を握る。
(死んだら、どうなる?)
それを試すことはできない。
(絶対に、死なない立ち回りをしないといけない)
だが、仲間たちは違う。
彼らはログインすれば復活する。
だからこそ、戦闘にリスクをあまり感じていない。
(……このままだと、危険なクエストに巻き込まれる)
仲間たちは俺がいることで**「難しいクエストでも大丈夫だろう」と思っている。**
だが、俺にとってそれは"致命的"だ。
(死なずに仲間をサポートできる手段……)
俺はギルドの壁にある"アイテムショップ"の看板を見つめた。
(――アイテムを使う。俺が直接戦うより、そっちのほうが確実だ)
仲間が無謀な戦いに挑もうとするなら、
俺は死なないための「サポート役」にならなくてはならない。
(……とにかく、今は"普通のプレイヤー"のフリをするしかない)
俺は立ち上がり、ゆっくりとギルドを後にした。
町の夜は静かだった。
ログアウトしたプレイヤーたちのAPCが、淡々と歩いている。
だが、俺は違う。
――俺は、"本物の俺"としてこの世界に残っている。
(……明日、またみんなが戻ってくる)
それまでの間、俺は何をすればいい?
アイテムの活用法をもっと学ぶべきか?
それとも……この世界のルールを、もっと知るべきか?
いずれにせよ。
俺は死ねない。
絶対に、死ねない。
――そう強く思いながら、俺は夜の街を歩き続けた。