第三話
リア・クレストの中心部。
町の中でもひときわ大きな建物があった。
冒険者ギルド――この世界の冒険者たちが集まり、仕事を請け負う場所。
ギルドの扉を押し開くと、ざわめきと喧騒が押し寄せる。
酒場のように活気に満ちた空間。カウンターの前には依頼を求める冒険者たちが列をなし、テーブルでは討伐の戦果を語り合う者たちがいる。
まるで"それが当たり前"であるかのような空間。
(……ゲームの世界だ)
このリアルな風景も、NPCたちの流れるような動きも、すべては"作られた世界"。
それが分かるのに、"どこか作り物とは思えない感覚"があるのが奇妙だった。
(まずは情報を集める)
無造作にギルド内を歩き、掲示板を眺める。
【討伐依頼】
▶ ルポルカニス・ネオフルスの群れ討伐
▶ フェロピテクスの巣の掃討
▶ "霧の森"の探索
【素材収集依頼】
▶ 魔法草の採取
▶ 鉱石の発掘
(……"依頼"がメインのシステムか)
冒険者たちはこの依頼を受け、任務をこなして報酬を得る。
それを繰り返しながら、世界を広げていく――そういう仕組みらしい。
(なら、この世界で"生きる"ためには、冒険者として活動するのが自然か)
無計画に動くのは得策ではない。
まずは"このゲームの世界の基盤"を知る必要がある。
「そこの君、新規登録か?」
声をかけられ、カウンターの奥にいた受付の女性を見る。
長い金髪をきっちりと結い上げた、凛とした表情の女性。
胸元にギルドの紋章が刻まれたバッジをつけている。
「……そうだ」
「では、お名前をお願いします」
「ストレイ」
即答した瞬間、自分で違和感を覚える。
それは"俺の名前"なのか?
――分からない。だが、他に名乗るものもない。
「では、ギルド登録を行います。クラスは……?」
「クラス?」
「冒険者の職業ですね。通常は初回ログイン時に自動で設定されますが……」
受付嬢が水晶のようなプレートを取り出し、それを俺にかざした。
光が走り、俺のステータスが映し出される。
「……?」
受付嬢の顔がわずかに曇る。
「……クラス未設定、ですか?」
(クラス未設定?)
「通常、新規の冒険者には最低限のクラスが付与されるはずなのですが……」
周囲の冒険者たちが、興味深そうにこちらを見ている。
(やばいな)
俺が異常な存在であることを、これ以上知られたくない。
「何か問題があるのか?」
「……いえ、クラスを持たない冒険者は珍しいですが、いないわけではありません」
受付嬢は少し考え込むが、すぐに表情を戻した。
「登録は問題なくできます。基本的に、ギルドの活動には影響ありませんので」
(助かった……のか?)
俺はギルドの登録カードを受け取り、そっと手のひらで撫でる。
名前の部分には、しっかりと「ストレイ」と刻まれていた。
この世界に、俺の"存在"が登録された証明。
(……本当に、"俺"は存在しているのか?)
その疑問は、まだ答えの出ないまま。
だが、何も知らずに動くよりはマシだ。
(まずは、この世界の"ルール"を知る)
このゲームの仕組みを理解することで、"何か"が見えてくるかもしれない。
俺はギルドの掲示板を見上げ、初めての依頼を探し始めた。