1 男は退屈な日々を生きる
日常が『楽しい』だなんて、そう思えなくなったのはいつからだろうか。
自ら『癒し』と『刺激』を求めて行動しないと『自由』があると思えなくなったのはいつからだろうか……最近はこんな事ばかり考えるようになっていた。
一般的な家庭のニ男坊として僕は生まれた。
それからずっと優秀だった兄と比べられる毎日だった。中学校を卒業するくらいまでは、両親から兄と比べられるのはなんら苦ではなかった。
むしろ何でもできる兄のことを尊敬していた。しかし兄は難関高校に入学したが、僕は受験に失敗し地元の皆んなが通う普通の高校に入学した。
ーーこの時期から俺の歯車は狂い始めた。
運動も勉強も、何をやっても兄には敵わず、両親や同級生には「兄ができるのだからお前もできる」や「なんで同じ腹から生まれた兄が出来るのにお前は出来ないんだ」等と言われ続けて心が摩耗し擦り切れる日々を送っていた。
そんな日々を過ごしていた高校2年生の帰り道、家に帰りたくなくてたまたま入った本屋で、たまたま見つけたライトノベルにどハマりした。
ラノベを読んでる時だけは心踊る物語の主人公に自己投影することで、自分が兄より劣っているということを忘れられるからだ。
その結果、自宅の自分の部屋には漫画やそれ以上にライトノベルが山のように積まれ、足場がないくらい未だに増え続けている。
(もし異世界に行けたら何しようかな……)
そんなたわいもない馬鹿げた妄想に浸りながら高校を卒業して、将来の夢を持っていたわけでもなく周囲が進むから俺も周りに合わせて大学に進み、大学で何をするでもなくラノベを読み漁る4年間を過ごして卒業した後、一般企業に就職出来たまでは良かった……が、ここからが更なる地獄の始まりであった。
(朝の出勤は午前6時30分で、10分とない昼休憩を挟んだらそのまんまぶっ通しで午後10時30分まで働くとか……どれだけブラックなんだよ!)
これで賃金さえ高ければ多少は頑張ろうと思えただろうが、毎日これだけ働いているのに悲しきかな手取りで月収10万円そこそこである。
(最近はラノベも読めてないし、あぁーコンビニ寄って夜飯買わないと……)
俺こと鬼武 英雄は劣等感にまみれた人生を、人生の大半を働くだけの日々を…そんな地獄のような生活を送っていた。
歳は本日で24歳の誕生日を迎えたが祝ってくれるような友人や同僚、恋人は全くといっていない。
(俺って…ほんと何のために生きてんだろうな……)
家族と連絡を取り合ったのもどれくらい前か分からない。どっちにしろこれだけ身体を酷使していれば早死にするのも時間の問題だろう。
俺はいつもと変わらない帰り道をいつものようにフラフラと歩いていた。
すると、前方の街灯の下に学校の制服の様な服を着た一見して中学生くらいの10代の少年がこちらの方を向き、下を俯いて佇んでいた。
(……ん?こんな時間に子供が何してんだ?)
疑問には思ったが、幽鬼のように佇む姿が気持ち悪かったのと、早く帰宅したいという一心で僕は少年のことを特に注意することなく、足早に少年の横を通り過ぎようとした。
「あ"あ"あ"あ"ぁ"ぁ"」
その時、突然少年が右手に持っている何かを強く握って、奇声を上げながらこちらに向かって走って来た。
「なっ」
少年の右手にはよく目を凝らすと、包丁が握られていた。
「痛っ!」
俺は咄嗟に包丁を回避する為に身体を動かそうとしたが、疲れた身体では回避が間に合わず…気が付いたら冷たいコンクリートの地面に横たわり下腹部に鋭い痛みと熱さ、生命の源である熱い血が助からないくらい溢れる音がした。
(くそっ…俺…何も出来ねぇまま死んじまうのか……まあそれでも良いか、こんな世界で生きてても希望なんてねぇし、来世は絶対に何の柵も無く『自由』に生きたいな……)
さっきまで死ぬほど熱かったお腹も、手足の感覚も徐々に無くなっていった。
死ぬという感覚はこんな感じなのだろう。
(……まぁ、死んじまう事に後悔があるといったらこれだな…うん……彼女いない歴=年齢で死ぬことくらいかな…………)
家族には悪いが兄貴がいるから鬼武家が根絶することはないし、まぁ大丈夫だろう。
こうして僕の……いや俺こと鬼武 英雄の自由が無い…後悔ばかりの人生は、大団円とは言えないまま幕を下ろした。