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7.本当の母親

 一週間前、カリフォルニア州サンフランシスコ。


 少年は部屋の明かりもつけず、ベッドでブランケットを頭までかぶって泣いていた。

 月明かりだけの薄暗い室内にすすり泣く声が響く。

 階下から聞こえる母の怒鳴り声に反応し、ときおりビクッと肩が震える。


「だれか助けて……」


 誰にともなく投げかけたその言葉に反応する者がいた。


〈ルーイ、どうかしましたか?〉


 それはベッド脇のテーブルに置かれたドローン『アルキメデス』。


「おいで、アルキメデス」


 声に気づいてブランケットから這いだした少年が、ヘッドボードにおかれたクッションに背中を預けながらドローンを呼ぶ。

 窓から差し込む月明かりにブロンドの髪が明るく照らしだされている。肌は暗がりでもわかるくらいに白くつややかで、シミ一つない。

 しかられて頬を涙にぬらしたその表情は、まだあどけない少年そのものだ。


 ふわりと浮かび上がったアルキメデスはゆっくりと時間をかけ、青く鈍い明滅を繰りかえしながら彼の腕の中に着地した。

 アルキメデスをいとおしそうになでながら、ルーイが話しかける。


「あんなの僕のママじゃない、本当のママはどこにいるの?」


 それは母親にしかられた子供が一生に一度は思う、ありふれた悪意のない問いだった。

 対して、アルキメデスは赤く明滅をくりかえしながら回答する。

 それは予想外の反応だった。


〈アクセスエラー。その回答のご提供には特級アクセス権限が必要です〉


 ルーイは驚きに目を大きく見開き、鼻をすするのも忘れてしまう。


〈認証方法を次の中から2つ選んでください、指紋認証、音声認証、虹彩認証……〉


「そんなの無理だよ、ママじゃなきゃ……」ルーイは残念そうに肩をおとす。


 少年の落胆ぶりを察したかのようにドローンは続けた。


〈認証登録をリセットする場合は、携帯電話の番号と、十六桁のパスフレーズを入力してください〉


 ベッドの上に置いてあった携帯電話が勝手に点灯し、そこにキーボードが表示される。

 母親の携帯番号はもちろん知っていた。しかし、パスフレーズまではわからない。

 携帯を手にとって番号を入力し、思いつく適当なパスフレーズをいくつか入れてみる。


〈認証エラー。パスフレーズが誤っています。再入力してください〉


 その度に赤く明滅するアルキメデス。

 母親と自分の生年月日を並べて入れたり、母親の好きなアーティストの生年月日を調べて組み合わせたりしたが結果は同じだった。

 アルファベット、数字、記号も組み合わせればパスフレーズの組み合わせは無限大だ。


「わかるわけない」


 再び落胆する少年。

 アルキメデスをベットの上に投げだし、仰向けになって寝転んだ。

 ルーイが諦めかけたそのとき、想像もしない提案をアルキメデスが告げる。


〈パスフレーズの自動解析を行いますか?〉


 少年の瞳に輝きがもどった。 


〈アリゾナ州テンピ市イースト・マーカス通り1289に、あなたの本当の母親が住んでいます〉


 ルーイが自分の指紋と声紋の再登録を済ませると、アルキメデスは青い明滅とともに回答を告げた。


「アリゾナ……」


 ルーイはベッドで再び仰向けになり、天井を見つめながらつぶやく。

 もう涙は完全に止まっていた。


「本当のママ……。僕の本当の……」


 そう呪文のように繰りかえしながら、微睡まどろみの中へ落ちていった。




 その頃、階下のテレビではニュースキャスターがその日のニュースを伝えていた。


『――次はAI搭載型ドローン、アルキメデスのリコール問題について、速報をお届けします』


 そして、ソファにすわりテレビを横目で見ながら携帯で話す一人の女性。


STORK(ストーク)カスタマーセンターです。キャスリーン・ヘイウッド様でしょうか?」

「えぇ、そうよ」

「お待たせして申し訳ありません、ヘイウッド様。二体の処分日程が決まりました。つきましては――」


 それを聞いた彼女が静かに笑みをこぼした。

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