37.対価
「お願いを聞いていただくための対価は払います」
「ほう、対価……」
ローレンスは値踏みをつけるような視線をアマンダにむける。
「私とマイルズを減俸処分に。この先十年間、給与の半分を損害の補填にあててください」
意思のこもった力強い瞳で彼を見つめかえすアマンダ。
彼女はそもそも臓器販売のことは知らなかったし、それはマイルズも同じだ。
会社の最高機密であり、なおかつ本日をもって解雇される二人にそれを伝える理由はない。
しかし、招集した二人を前に激昂したルイス所長が、つい口を滑らしてしまったのだ。
「君は正しく損害額を把握できているのか?」
そう問われて、口ごもる彼女。
「では、十五――いや、二十年では……?」
「君はたしかに優秀だ。しかし、二十年先まで会社に利益をもたらしてくれる保証がどこにある?」
アマンダは視線を落として完全に沈黙する。
しばし、空白の時が流れた。
そしてローレンスが重苦しく口を開く。
「今しか、今の君にしかできない償いはなんだね?」
それを聞いて彼女が思いだしたのは兄弟のように育ってきた愛しい男の背。そして言葉。
「行動で示せ、それがあの人の口癖じゃないか」
――私も行動で示すんだ!
目をつむるアマンダ。何かを決心するかのように、もしくは自身に暗示をかけるかのように。
無言のままスーツのボタンをはずし、上着を足元に脱ぎ捨てる。
眩しいほどに白いブラウスが顕になった。
ついで胸元のリボンタイをスルスルとほどき、空中に投げ捨てる。
震える手を胸元に伸ばし、ゆっくりと上からボタンを外していく。
頬が上気して朱く染まっていた。耳元を流れでた汗が首筋をつたい、胸元へと流れ落ちていく。
飾り気の少ない淡いブルーのブラジャーがブラウスの隙間からのぞく。
すべてのボタンをはずしきると、白くなめらかで手に吸いつきそうな肌と、それでいて贅肉など一切ないスリムな下腹が見え隠れする。
アマンダは一瞬、ローレンスへ上目遣いに視線をおくる。
彼は何も言わず、口元に片手を置いてことの成り行きを静観しているように見えた。
――きっと彼は私の決心を試しているんだ。
彼女はつづけて、スカートのファスナーに手をかける。
もう迷いはなかった。一気にファスナーをおろそうと力をこめる。
そのときだった。
静観していたローレンスがファスナーにかけた彼女の手を上から強く握り、止めた。
そして言ったのだ。
「もういい」
彼はひどく悲しそうだった。
うつむき、首を振る。
「君はもっと賢い女性だと思っていたよ。幼い、あまりにも幼すぎる」
アマンダも予想外のことにどうしてよいかわからない。
ごめんなさい、ポツリとそう言うのがやっとだった。
慌てて床におちた上着を拾い、全身を隠すように蹲る。
目から涙があふれてきて止まらなかった。
嗚咽するように泣きだす彼女。
尊敬するローレンスの期待を裏切ってしまったことへの罪悪感、愛する人を助けることができなかった自責の念、そういったものが眼の前をふさぐ巨大な壁となって、突如立ち塞がったように思えてならない。
文字通り眼の前が真っ暗になっていた。
「だが――」
再び顔をあげたローレンスが、子供のように泣きじゃくる彼女に言う。
「だが、君の覚悟はわかった。二つ条件をだそう」
アマンダが交渉を終えたその頃、一台のタクシーがサウス・フェニックス・リサイクルの正門前へ到着した。
タクシーから怒鳴り声をあげながら降りたのは、一人の中年女性。
彼女はトランクからスーツケースを取りだしている最中も、大声で運転手と揉つづける。あげく、中指を立てた腕をリアガラスごしに見せつけて、発進しようとするタクシーのバンパーを蹴りあげた。
そして声高らかに叫ぶ。
「ファック!」
タクシーの運転手もそれに応えるように中指を立てた手を窓から突きだし、クラクションを派手に鳴らしながらさっていく。
怒りの収まらない彼女はスーツケースを蹴り飛ばし、ぶつぶつと文句を言いつづけながらショルダーバックから携帯電話をとりだした。
「キャスリーン・ヘイウッドよ、門のまえについたわ。誰か迎えによこしてちょうだい、今すぐに!」
相手の言葉を待つこともなく一方的に電話をきると、眼前の建物に両手を腰へあててむきなおる。
「ケネス、待ってなさいよ。今度こそ、息の根をとめてあげるわ」




