7.転移者は尋ね、
目が覚めたら夢だった。……なんてことはなかった。
朝起きて、ここが何処だったか少し混乱してから異世界だと気が付いた。
慣れない天井と部屋とベッドにげんなりしながら、朝の身支度を終えた私は朝食後に早速サンドラさんと港に向かった。
馬車で二時間ほど走らせて着いたそこは、本当に文字通りの港だった。結構大きな船もいくつか並んでいて、既に降ろし終えた荷台いっぱいの荷物が船の外に出されている。よくわからない肉や魚などの食料から、綺麗な細工の机や椅子などの家具まで様々だった。
「ここが貿易用の港。ここで定期的に取り引きしているもの以外はその場で交渉して買うの。貿易の為に異種族もよく来るのよ」
そう言ってサンドラさんは人や荷物が密集している一角に手を振ると「こっちこっち」と私の手を引いた。
確かに回りを見回すと、昨日のモフモフみたいに明らかに人外もいれば、ゲームやアニメで見たことのあるような格好の人もいる。でも、すれ違う言語は人語じゃない。
「ほら!船が帰っちゃう前に港連中に紹介するから!」
朝から元気いっぱいのサンドラさんは、その直後一気に足を速めて駆け出した。
サンドラさんの足が速いから私も必死で足を回す。こっちだって陸上部だったのに惨敗だ。
流石港だけあって潮風が強い。扇風機代わりに顔を扇って冷やしてくれるけど、同時にしんめり肌につく。
サンドラさんが紹介してくれた人達は、私のスキルを聞いてに「へぇ」「本当か」と言いながら、信じられないように私を上から下まで眺めた。
パッと見、漁船の乗っていそうな筋肉マッチョのおじさん達は親戚の子どもを見るような目で私をみた。多分まだ嘘か見栄だと思われているのだろう。
「どんな種族でも良いのか?」
口髭ををチクチクさせたおじさんの質問に、私は頷く。
すると一度港を見回した後に、貿易船と言うには少し小柄な船に私を案内してくれた。船の前には荷車いっぱいにスーパーで売っている米袋のような形の布袋が積み上がっていた。そしてその傍には緑色の肌をした……、……子ども⁇
「ゴブリンだ」
「ゴブリン⁈」
思いっきりオウム返しで声を上げてしまう。
あまりの音量にゴブリンと言われた緑色の子どもがこっちを向いて怪訝な顔をした。失礼しましたの意思を込めて急いで頭を下げると、合わせるようにぺこりと頭を下げ返してくれた。
あれが本当にゴブリン⁇なんかイメージと色々違う。
友達がやっていたゲームでも、確かに緑色ではあった。
けど、もっと凶悪な顔で涎がべチャベチャ垂れて腰に布巻いた半裸で有無を言わさず武器片手に襲いかかってくるキャラだった気がする。
なのに目の前でいそいそと積荷を船から荷車の上に積み上げているゴブリンは、緑色の肌とはわかるけれどちゃんと服も着ている。細くて小さい身体で、耳が尖ってはいるけれど顔付きは人間に近い。
顔の区別はあまりつかないけれど、むしろ町の子どもが全身にペンキ被っただけと言われた方が納得できる。おじさんが「小鬼族だ」と補足してくれるけれど、全く小鬼感もない。頭にツノも生えていないし。
「今朝初めてやってきたんだが、まず何を売りつけようとしてるのかもわからねぇんだ。中身を見せろと身振りで伝えても、袋の中を開けさせてすらくれねぇし。それどころか自分達の船に連れ込もうとまでするしよ」
小麦か何かだと思うんだが、と腕を組んで肩を竦めるおじさんは困り果てた様子だった。
通常こういう場合は何も買わずに取引も断るのが定石だし、実際もう交渉するつもりもなかったらしい。でも折角ならと、中身への興味も手伝って私に通訳して中身を見せるように説得して欲しいらしい。
説得……はわからないけれど、取り合えず何を売りたいのかは聞けるだろう。もし私までゴブリンに船に連れ込まれそうになったら絶対助けて下さいと約束してから、私は仕事を請け負った。
スキルの使い勝手もわからないし、作業中のゴブリンに取り敢えずは普通に声をかけてみる。
すみません、と最初は人語で声をかけると、荷車の周りにいたゴブリン全員がこっちを向いた。さっき大声をあげちゃったばかりだから少し気まずい気持ちになりながら、彼らの出方を待つ。
三秒くらい見つめ合っていると、荷車に新しい袋を積もうとしていたゴブリンが最初に口を開いた。
「もしかしてこの嬢ちゃん、買い付けに来たんじゃねぇか?」
あ、サンドラさんが紹介してくれたおじさん達とわりとニュアンス一緒の話し方だ。
てっきり「人間の娘が来たぜウヒャヒャ」みたいな言葉を想像して身構えていたのに、むしろ気の良い人達のように思える。
積荷を背負ったゴブリンの言葉に、今度は他のゴブリン達も次々と口を開いていく。
「いや、どうみても背後にいる親父の娘かなんかだろ」
「だが、あの親父はどう見ても貿易商に見えるぜ。さっきは買ってくれなかったが、娘が気に入ったら買ってくれるんじゃねぇか?」
「おーい、お前らぼったくるなよ。人間族は元々払いが良いのに一度騙したら一生取引してくれねぇぞ」
……娘じゃありません。
取り敢えず最初に思ったことはそうだった。なんだかペルシャ語みたいな響きで話す彼らは、少なくともまともに商売してくれるつもりではあるらしい。
でもならなんで中身を見せてくれないんだろう。
その後もポカンとする私を置いて「強気で出ねぇと人間族って大人はでけぇし」「いや獣人族よりはマシだろ」と会話が茶飲み話に転がっていく。
このままだとずっと置物にされそうだし、もう直球で聞いてしまおう。
コホン、と小さく咳払いをして喉の調子を確かめた後、私は彼らの言語で呼び掛けてみる。取り敢えず、今一番彼らに聞くべきことは
「『あのー……』」
ゴブリン達の会話に横槍するのは悪いけれど仕方がない。
思い切って声をかけてみると、会話が急停止した。ぴたっと止まったゴブリンは、全員が目を丸くして私の方に顔を向けた。
積荷を抱えているゴブリンも、積み直しているゴブリンも海図を確認しているゴブリンも小休止を取っているゴブリンも、全員だ。彼らの視線が集中したところで、私は決めていた問いを投げ掛ける。
「『後ろのおじさんと私、どこが親子に見えたんですか……?』」
控えめに尋ねた直後、ゴブリン達が完全に固まった。
手に持っていた海図が地面に落ちて、口があんぐり開けられた。瞬きの後もぐりんと開いた目だけが動いて、さっきのおじさん達の時と同じようにまた上から下まで確認された。少なくとも同じゴブリンには見えないだろう。
絶句したのか答えないゴブリン達に私は再度言葉をかける。
「『どこも似てないと思うんですけれど……。もし理由があったら教えてもらえますか?』」
ごめん、おじさん。取り敢えず先にこっちの方が要審議案件です。
だって背後にいるおじさんは髭チクチクで筋肉マッチョだけど体格も大きめで眉毛も太いし‼︎‼︎一応学生時代から体重に気を遣ってきた私からすれば色々不安になる。顔だって多分、いや絶対似てないし‼︎‼︎
胸の中が不満でいっぱいになりながらゴブリン達の答えを待つと、今度は海図を落としたゴブリンが私に向き直った。
眉を真ん中に寄せて、試すように私へ言葉を向ける。
「嬢ちゃん人間だよな……?なんで俺達の言葉わかるんだ?」
「『その前に質問に答えて下さい』」
いつまで経っても教えてくれないゴブリンに、思わず強めに返す。
笑顔は守ったけれど、それでも怒っていると思われたのかゴブリン同士が互いに目配せし合った。
ゴブリン達曰く、遠目からおじさんが女の人と並んでいて、私が一緒にいたから親子だと思ったらしい。……つまりサンドラさんが私のお母さん役だ。
サンドラさんの血縁者と思われたなら正直嬉しい。でもサンドラさん、あまり私と年変わらないのに。
話を聞くと、人間族の顔の見分けはついても年齢というのは彼らには掴めないらしい。……でも確かに言われてみれば、私も彼らの年齢はわからない。喋り方はさておき全員子どもに見えるし。私から見れば彼らが〝坊ちゃん〟だ。
質問に答えてくれた彼らに、私は自分のスキルについて簡単に説明した。
鳩が豆鉄砲食らったかのような顔で聞いて首を傾げていたけれど、最後は「すげぇな」と納得はしてくれた。興味深そうに瞬きを繰り返す彼らに今度こそ私は本題を投げかけた。
「『その積み荷の中身は何ですか?彼が貴方達の商品が何なのか知りたいと言っています』」
背後にいるおじさんを指で示した後、彼らが高々を積み上げているパンパンの布袋を指せば、またゴブリン達はお互いに目配せし合った。
「買ってくれるのか?」と期待がこもった声に私は商品がわかってから判断すると答える。
するとゴブリンの一人が地面に落とした布袋を手に、小休止を取っていたゴブリンへ目で尋ねた。やはり中身は秘密なのだろうか。
でも、中身がわからないなら買いようもない。
小休止のゴブリンは私を見ると、声を低めながら尋ね返してきた。