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バベルの翻訳家〜就活生は異世界で出会ったモフモフと仕事探しの旅を満喫中!〜  作者: 天壱
Ⅳ.着地

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40.移住者は逃走し、


「ソーを返せ」

「おい!!お前さっき街で会ったエルフだろ!!」


淡々と告げるサウロが武器の刃先をエルフに向ける中、ルベンは空いている方の手でも指し叫ぶ。

別種族の顔など見分けも殆ど付かないルベンだが、一度腹が立った相手の匂いはまだ忘れていない。クンと鼻を鳴らすルベンに、サウロも嗅覚に一度意識を向けたが自分の返り血の匂いであまり認識できなかった。

しかし目の前にいるエルフが敵であることは歪みない事実だと再認識する。ルベンが言うことに疑う気もない。

あの時のエルフがソーを捕まえたということは、ずっと付け狙われていたのかと考える。


ズン、と。たった一歩部屋に踏み込むだけでも地鳴りのように響いた。

ただでさえ天井から先を失い建物としての支柱もバランスも壊された建物はいつ倒壊するかもわからない。そんな中で踏み鳴らす大男に、それだけでエルフ達の心臓は危うく鳴り汗を全身に滲ませた。


「近付くな」「こいつの命が惜しいなら」「まだ仲間達が来るぞ」「ぶっ殺されてぇのか」と牽制と脅しの言葉を繰り返すが、サウロとルベンにはただただ喚き散らす雑音にしか聞こえない。

唯一双方の言葉を理解するソーも、口を塞がれたまま通訳することができずに迫り来るサウロとルベンを見つめるしかできない。二人が来てくれたことにほっと息が漏れれば、その息が塞ぐ手の平越しにエルフに伝わる。

早くも安堵した様子のソーを緊張を発散させるように、反対の手で彼女の髪を乱暴にわし掴んだ。


前触れもなく当然髪を引っ張られ、安堵していたソーも甲高い悲鳴を上げる。力に加減など微塵もなく、頭皮ごと引っ張り上げられ、短い髪がブチブチと数本千切れた。


瞬間、ルベンが照準していたクロスボウを撃ち放つ。

さっきまでエルフの脳天に合わせていた先を、ソーの髪を掴み上げる手へと狙いを切り替えた。

同じ部屋の中、視力の良い狐族のルベンにとっては目と鼻の先に等しい距離にいるエルフの腕は一瞬で打ち抜かれた。

ぐわァアっ!!とソーの耳が壊れそうな声量で叫ぶエルフだが、左手の激痛と同時に掴んでいた手も両方手放す。左腕を半分以上貫通した矢を掴み、抜くべきかの判断もつかずに目を疑う。充分な脅しもした上で、ほんの少し引っ張っただけで腕を貫かれるなどとは思いもしなかった。

「イカれてんのか!!」と息巻き、痛みを吐き出すようにルベンとそしてサウロを血走った目で睨む。


「おい!ペットの躾もまともにできねぇのか!!殺すっつってんだよ!この女殺されたくねぇなら言うこと聞けってとわかんねぇのか!!マジでぶっ殺すぞ!!」

「何を喚いているのかはわからないが。……今だけは、心底思う」

サウロを同種族だと勘違いしているのだと、ソーは口を開こうとしたが今度は自分の所為で声が出なかった。

髪を引っ張られた痛さも忘れるほど、目の前に溢れる鮮血に息が止まる。今までの竜や魔物のような血と違う、人の形をした存在の血は全くの別物として心臓を危うく鳴らさせた。

髪と口を塞ぐ手から解放されると同時に突き飛ばされる。べたりと床に肩から倒れ込んだまま視線の先で、人型のエルフが腕から矢を貫通させ血を溢れさせている光景は、生々しく目を逸らしたいのに逸らせない。貫通する矢とドバドバと溢れる血に、呼吸まで浅くなる。

サウロの言葉どころか、エルフの言葉も耳に今は入らない。止血方法など考える余白も脳にない、ただただ非現実的な生々しさを目の当たりに釘刺さる。口が中途半端に開いたまま人形のようにかちりと固まった。

溢れ出るサウロ達の殺気にも、人外そのものの眼孔にも気付けるわけがない。



「お前達と同種ではなくて良かったと……!!」



ゆらりと、振り上げたままの斧が角度を変える。

さっきまで盾にされていた状態とは違う。床に倒れ込んだソーと、足を崩したエルフだ。このまま建物ごと胴体を横半分にしてしまおうと決めたサウロの意思は、誰の目にも明らかだった。

おい誰か止めろ!!とエルフ達も喚き、武器をやっとサウロへ向ける。しかし投げ放とうと振り下ろそうと、サウロの固い皮膚にはびくともしない。

手下の一人が手から射ち放ったスキルの氷礫が、サウロではなくルベンの耳を銃弾のように掠めた。「うわ!」と耳の傍で声を漏らすルベンに、サウロも振り下ろした腕が僅かに逸れた。座りこんだままのエルフから手元が狂い、その真横の壁がまたまるごと斜めにそぎ落とされた。


二度目の轟音と、風が大きく全身へ吹き抜けたことにソーもハッと我に返る。

首の動きだけで振り返れば、腰を抜かしたエルフとその真横から窓でもないのに風が吹き抜け外の景色まで見通せた。

上体に力を込め見上げれば、斧を振り下ろした構えのままのサウロと、片耳を押さえ血を滴らせるルベンが同時に目に入った。

呆けていた時間も忘れるほど、高速に頭に血が巡る。このままでは殺し合いが始まると遠くない結果に目が回り急き立てられた。二人へ意識が集中するソーは今度こそ味方に向けて喉を張り上げた。


「サウロ!ルベン!!もう良い!もう良いよ!!逃げるだけで良いから!!」

連れてって!!と、そう人間族の言葉で叫びながら、縛られた両足でエルフの胸を蹴飛ばした。

片腕を負傷して止血もできない相手に恐怖も薄れ、足蹴にした分床を滑りエルフから距離を取る。テメェ!と叫ばれたが、今度はエルフも反対の手は出なかった。伸ばそうと過ったところでそれよりもつい先ほどの激痛が頭に過る。

目を向ければ、やはり血を耳から垂らした狐が自分へクロスボウを構え牙を剥いていた。


ソーの呼びかけに、サウロは斧を片手で構えたまま今気がついたように大股で彼女に駆け寄った。

今まで森で生きてきた生活が敵の息の根を止めるまでと決まっていたが、必ずしも今そうしなければならないのではないのだと理解する。長い腕を伸ばし、ソーを脇から持ち、抱え上げた。自分の手で首を握りつぶせる距離にまでエルフに距離が詰まったが、ソーを確保した途端どうでも良くなる。

縛られたままの彼女を胸の中で丸めるように抱えたまま、手負いのエルフなど視界にも止めず踵を返した。一瞬飛び降りようかとも考えたが、最上階の高さは流石にサウロも無事に着地できる高さではなかった。

邪魔な物をなぎ払うように無造作に斧を横に振り、エルフ達を牽制しながら廊下へ出る。


「ッなんでだよ!!ソー捕まえた連中全員ぶっ殺さねぇとまた狙われるぞ!!」

「異種族の法律だってあるでしょ!!異種族殺したら私達まで犯罪者になるよ?!」

「馬鹿!!人攫いする奴らが死んでも誰も困らねぇだろ!!」

「そういう問題じゃないの!!!そんなことよりルベン止血!!ハンカチ……あーーー!バッグ!!」

キシャーッ!!と毛を逆立てながらサウロの肩で地団駄踏むルベンに、ソーは両耳を押さえながら自分もまた叫ぶ。

すぐにサウロから「取りに行くか」と尋ねられたが、断った。今はそれどころじゃない。

元の世界から持参した物を失うのは苦しいと思うが、持ち金は手持ち用の一握りだけだ。主な荷物は服屋や宿に置いてきたままなのだからと自分に言い聞かせる。それよりも今は殺し合いをしないことの方が先決だった。

エルフの腕の血を見ただけで全身が凍り付いた自分には、とてもこれ以上の殺し合いは堪えられない。味方でも敵でも怪我の大小も関係ない。そういう世界に自分は生きてこなかったのだから。

敵を殺すどころか、返り討ちにする覚悟すらただの就活生だったソーは持ち得ない。

ここで争いが起きれば、自分は役に立たないどころかどちらの怪我も見ていられない。お荷物どころか助けにきてくれた二人の足を引っ張ることになる。逃げるしかもう道はない。

ルベン達に武器を買い与えた時とはわけが違う、人間に近い存在を傷付けることが怖くて仕方が無い。ぎゅぅっと、サウロの腕の中で自分からを身体を丸く固めるソーの顔色の悪さにルベンもフン!と鼻を鳴らし一度諦めた。


「こんなのかすり傷だろ!」

血が流れる耳ごとブルブルと首を振る。

目を尖らせたままサウロの肩からソーの腹へとぴょんとルベンは飛び移った。怒りのままに自分の牙でソーの両手足の縄を噛みちぎる。

その間にもソーから「店に置いてきた荷物は?!」「服は?!」ともっとどうでも良いことを聞かれるから余計に腹が立つ。邪魔な荷物など全て店に置いてきたに決まっている。

しかしそれを言い返す前に、階段を降りようとするサウロを今度は完全武装した手下達が追いかけてきたことにルベンは匂いで気がついた。

再びサウロの肩へと飛び移り背後を確認する。武器庫から補充した弓矢、槍、剣に斧と凶器を掲げ無防備な背中に突き立てようとしているエルフ達に「そら見ろ!!」と再びクロスボウを構えた。

更には先ほど自分の耳を撃ち抜いた氷礫のスキルのエルフまで追いかけてくる。手を構えられ、慌ててルベンは耳も全て隠れるように身体を引っ込めた。銃弾のように鋭く放たれた氷礫はサウロの背中にはぶつかったが、分厚い皮膚に負けて跳弾のように跳ね返った。

隙を見てサウロの肩からクロスボウだけを出したルベンは匂いと礫の方向だけで狙いを定め、撃ち放つ。

途端に氷礫の攻撃が止んだのを、背中の感触で理解したサウロは「すごいな」と独り言のように呟いた。サウロに褒められ、得意げに笑うルベンは再び彼の肩に両足を乗せてから新たな弓を装填する。


階段を駆け下り、下の階、さらに下の階へと他の部屋には目もくれず降り続ける。サウロの影に隠れるようにソーは身を屈めるが、全く背後の状況がわからない。

進行方向へと瞬きを忘れて凝視しても、倒れたエルフ達に血が見えれば今度はぎゅっと目を瞑ってしまう。自分を助けに来る時に倒した相手だろうとすぐに理解はした。


「ねぇ!二人とも大丈夫?!殺してないよね?!!絶対!!」

「エルフだし簡単には死なねぇだろ。長寿で自己治癒能力高くてしかも繁殖力高くて無駄に増えるから別にここで百体くらい殺しても」

「駄目!!殺すのだめ絶対!!!!ルベンその考え方ヤバイから速攻直して!!!!」

なんだよヤバいって、と。混乱のあまり言葉が乱れるソーにルベンは眉を寄せる。

そんなことを言われてもここに来るまでに自分達も命を狙われた分、殺さない為の手心など加えていない。回復力が高いということは、その分回復したらまた追いかけられるということになるのだから。動けないように反撃した相手に関して、全員死んでないかなど保証まではできない。

異種族の法はあるが、先に自分達を殺しにかかってきたのはエルフ達だ。法を破った相手を殺すのだから問題ないと考えるが、今はそれをソーに説明する暇はない。自分達が命を狙われた確固たる証拠がないのも事実だ。

首を一人捻り、口を結んだその時。


「ッ?!吸うな!!!」


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